十二月十日 FFM4みくまの進水

 冬の息遣いが聞こえそうなほど静かな造船所。その中のドックの一つが紅白の幕で彩られ、まだ海水を知らない艦の舳先には丸い花の蕾のような形の薬玉が吊り下げられている。今日は【もがみ型護衛艦FFM4】の進水式だ。


「【FFM4】準備はいいか?」

「今日は見物が多いけど、緊張してない?」

【ククリ】と【タマノ】、二人の【座敷童】が俺の顔を見て気遣ってくれるが、緊張も何も【艦霊】として意識が明瞭になったのは昨晩だ。そもそも『緊張する』ということがよく分かっていないのだ。

「大丈夫」

とりあえずこの場に適当だと思われる言葉を口に出せば、【タマノ】は相好を崩し、【ククリ】はほんの少し口元を緩めた。


「本艦をみくまと命名する」


艦名が告げられ、銀色に輝く斧で支綱が切られる。その半拍後に奏でられる勇ましい軍艦マーチと舳先に当たった瓶が割れる音が聞こえた瞬間、それまでなんとなく眺めていた世界が急に眩しく感じられた。薬玉が花開き風船が高い冬の空を水玉模様に彩れば、細めの八面体がドックに張られた海水を指した。

「おめでとう【みくま】。お前の行く航路みちに光があることを祈ろう」

「【みくま】、君が啓く航路みちを楽しみにしているよ。おめでとう」

「……ありがとう」


本格的な冬に至る少し前のこと、今年最後の艦が産声を上げた。

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