Life Over Online
Fructose
Prologue. 箱入り娘の挑戦
「VRMMOですか?」
《そうそう、新作のVRMMOが発売されるらしいんだよ》
梅雨を過ぎ、暑い日の続く7月。
天気は雲一つない快晴。
燦々と照りつける太陽が容赦なく地上の人々を攻撃し続ける中、
1人の少女はそれとは無縁の環境でその声を聴いた。
《月草も一緒にやろうぜ?》
「唐突ぅ……」
いい加減、この子の悪癖は治らないものか。
少女――三原月草は部屋の中、白色のリクライニングチェアに体重を預け、疲れたような表情を浮かべる。
電話先の彼女とはもう10年来の付き合いだが、付き合いが長ければ長いほど容赦がないのは知っていた。
「まあ一応VR機器は持っているので、可能と言えば可能ですが……」
虚空を見つめていた目を部屋の端、明らかに存在感を放つ異質な存在に向ける。
繭のような形状と言えばわかるだろうか。SF染みた楕円形の立体構造物がそこにある。
下半分はベッドのような構造。クッション材が敷き詰められて寝心地は良さそうだ。
上半分は透明なアクリルで構成された蓋が覆っていた。
《ああ、親父さんが買ってくれたって言ってたやつか?》
「ええ……前に写真は送りましたよね?アレです」
《すげえよなぁ。コクーンタイプなんて個人で買う物じゃねぇだろ》
VR技術が発達し、電子世界へのフルダイブが一般化した現在。
人々の生活においてVR機器は既に家電の域にまで到達しており、
『1人1つ持っていても不思議ではない』存在にまで浸透している。
その常識の中でも、彼女の部屋に鎮座しているモノは異常だった。
VR-COCOON-1290『こうのとり』。コクーン型VR機器の最高級品。
彼女の父親が去年の誕生日に贈ってくれたものだ。
発端は今まで使用していたヘッドギア型のVR機器が寿命を迎えてしまったことだが……
まさか誕生日にこんな高級品を贈られるなど誰も思わないだろう。
本来は医療機関などにレンタルされるようなものだ。
《クク……あの時は珍しく死ぬほどテンパってたな》
「当たり前でしょう……」
彼女の想定では前と同じヘッドギア型だろうと考えていたのに、
蓋を空けてみれば文字通りの最高級品をプレゼントされたのだ。
誕生会の後に自室に鎮座するそれを呆然と見ながら、電話先にいる親友に助けを求めてしまったのも無理はない。
まあ、仕方がないと言えば仕方がない。
父親からすれば最愛の娘が珍しくおねだりしてきたのだから。
テンションが頂点まで跳ね上がった彼は金に任せて一番良い物を用意したのだろう。
《で?どうする?やるか?》
「VRMMO……オンラインゲームというやつですよね?」
《おう。お前基本コンシューマーだけでソシャゲやらないだろ?
これを機にソシャゲデビューしようぜ!》
「うーん、正直あんまり乗り気じゃないんですが」
《というかお前SNSもやってねえから実質そのコクーン型持て余してんじゃねぇか》
「ウグッ……」
そうなのだ。
若者の定番であるSNSはなんとなく怖いし、ネット慣れしていないのにいきなりネット上で交流なんて出来るわけがない。
折角買ってもらったコクーン型も、ネット慣れしていない彼女が使用するのは酷く限定的で……
《そんな高級品使っててやることがパズルゲームだけってのはなぁ……》
「……流石に不味いですかね?」
《不味いっていうか、宝の持ち腐れだろ》
「ですよね……」
自覚はあるのだ。治す決心が出来ないだけで。
そう思いながら月草は割と焦燥感を覚えてきていた。
具体的には、流石に若者離れしすぎてないか私?と。
「……分かりました。私も覚悟を決めます」
《お?》
「やります。やりますとも。やってやりましょうVRMMO!」
《おお!やっと決心したか!》
月草は1歩踏み出す勇気を見せる。
その声を聞いて電話先では嬉しそうに立ち上がる音が聞こえた。
本当に直情的な親友だ。と微笑みながら月草は話を続ける。
「それで、1つ聞きたいのですが」
《おお!なんだなんだ?》
「そのゲーム、名前は何というのですか?」
《――Life Over Onlineだよ》
彼女達の物語は始まる。
炎天下の夏の中、冷たい電子の海の中で繰り広げられる物語。
「……あれ?このゲーム予約期間とっくに過ぎてますよ?」
《……マジで?》
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