[6章3話-1]:静寂に響いた着信音




 2日目も天気はまずまずで予定通りの行程をこなすには問題は無い。


 夜のうちに佳織たちがいろいろな情報を分析して入ったメールを確認したけれど、特に予定を変更しなければならない情報は入っていなかった。


 朝から釜石線、東北線、北上線と乗り継ぐ。


 途中、列車の乗り換えの時間を利用して昼食をとっていた茜音。


 ローカル線どうしの接続は、朝晩の通勤・通学の時間帯をはずしてしまうと、極端に時間が空いてしまうこともある。


 そもそもこの空白の時間は、初日にスケジュールが遅れた場合を想定してわざと作ってあったものなので、前日を予定通りにこなしてしまった茜音には、ホームから周囲をのんびり見回す休憩時間になっていた。


「ほえぇ、誰だろぉ」


 周囲が静かなので、スマートフォンのバイブレーションの音も大きく聞こえた。ディスプレイを見ると、これまでに見たことの無い番号が表示されている。


「はい……」


「もしもし、茜音ちゃん?」


 電話の主は若い女性の声だ。


「はいそうです。……もしかして理香さんですかぁ?」


「そう、茜音ちゃん元気してる」


「はいぃ。お久しぶりですぅ」


 平川理香。昨年度の生徒会長だった坂口清人の幼なじみのお姉さんであり、今は清人と両家公認の交際中のはずだ。


 また、これまでにも中越や長野方面の情報を集めてくれた良きお姉さん格でもある。


「茜音ちゃん、もうすぐあの日だよね。場所は見つけられた?」


「それがまだなんです。今も探すために山形県にいるところですよぉ」


 事情を知っている理香に隠す必要はない。今回の予定を簡単に話した。


「そうなんだ。茜音ちゃん、それじゃぁまだ見つかってないのね?」


「はい。見つかるまでは帰らないつもりです」


 それは出発前から決めていたことだ。


「ならよかった」


 そこで理香の声は少し真剣になると、一息ついて続けた。


「茜音ちゃん、今の茜音ちゃんにどうしても会わせたい人がいるの。少し遠いんだけど、会いに行けるかしら」


「それはいいですけど……、今すぐですか?」


「ええ、茜音ちゃんが旅に出ているなら、少しでも早いに超したことはないと思う」


 そこまで言われて、気づかない茜音ではない。


「もしかして……?」


「ええ。そう思ってもらえればいいわ」


 これまでの茜音なら、すぐにそこに飛んで情報の真偽を確かめに行くところだ。しかし、今は状況が違う。


「でも、理香さん。わたし、今最後のチャンスなんです。佳織が最後のために作ってくれたリストをこなさないで、もしその情報が間違っていたら、もうわたしに時間がないんです……」


「片岡さん」


 電話の向こうの声が変わった。


「ほえっ、会長さんですか?」


 この春から大学生になった清人の声だった。彼の働きにより、茜音の活動が学校中に公になったことで、それまで彼女のことを誤解していた人たちからは解放されることになったし、校内からもちらほら情報も寄せられるようになった。


「もう会長じゃないよ。それよりも、今の理香ねぇの話だけど、確かに片岡さんに時間がないことも、最後のチャンスだっていうのも、俺たちは十分に理解している。でも、どうしても伝えないわけにはいかなかったんだ」


「そうなんですかぁ……」


 清人の声はいつも以上に真剣さを持っている。


「だから、俺たちも中途半端な情報は送らないようにしていた。だけど、ほぼ間違いない情報を持っている人を見つけたんだ」


「えっ……? 本当……ですか?」


 思わず茜音の声もうわずる。気持ちがぐらりと揺らいだ。


「理香ねぇの学生時代の同級生だそうだ」


「なんで……そんなところに……」


「そう、私の昔の同級生で、教師になった人がいたのよ。その人から教えてもらえた。10年前に施設の閉鎖で離ればなれになってしまった同い年の女の子と、この夏に再会するのを楽しみにしている男の子の話をね」


「そんな……」


 この短い話だけで、これまでに集めてきた情報の量ではなく、質が全く違う。もう直感が『本物だ』と言っている。


「そして、その人は茜音ちゃんしか知らないことを話してくれたし、決定的なものを持っているのよ。茜音ちゃん、それを受け取ってほしいの。『佐々木茜音』ちゃんに……」


「は……い……」


 理香の声は電話越しのはずだったけれど、目の前で告げられているように、そのときの茜音には感じられていた。

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