第 四 話

 坂下裕人は孤独な大学生でした。サークルにも入らず、ただ毎日授業を受けて帰宅するだけの日々に飽き飽きしていました。何もする気力がわかないのは、数ヶ月前に事故で恋人を亡くしたショックがまだ拭い切れてなかったからです。

 不運によって死んでしまった彼女を生き返らせたら。そう考えるのは彼にとって何も不思議なことではなかったのかも知れません。彼には権利と場所が必要でした。そこでサークルを自分で設立することを思いついたのです。

 本来、サークルを作るときは人数の規定をクリアしないといけません。ですが大学教授達も、彼が恋人を失って無気力になっていることを知っていました。

「科学サークルを作りたい」

 彼がそう言ったことにすごく驚き、ついに前を向き始めたのだと思ったのです。本当は過去にすがりついて、後退していただけだったのですが……。

 教授達は彼を応援することに決め、科学サークルは異例にも許可されてしまったのです。 元々、理数系の大学なので研究材料には困りませんでした。どんなに珍しい器具や薬品でも、得意の悲劇の青年面を使うことで借りることができました。

 問題なのは場所です。ただでさえ活動自体ギリギリで認可されているのに「人間を作る」などという倫理観のない実験が許されるわけがありません。誰にも見つからない場所がないかと考えあぐねていると一つ、あることを思い出しました。それは「試験導入された時間移動装置、撤廃」というニュースが数年前に話題になったことでした。

 その当時はついにあのタイムマシンが完成した!と世間は大騒ぎしたらしいですが、度重なるハプニングによりその計画は頓挫しました。計画では、タイムマシンは各地の公共施設に設置され、車の免許証のような「時間移動許可証」なるものを持った人間が利用する予定でした。でも試験的に都内に設置されたタイムマシンに不備があり、あえなく撤去されてしまいました。

 坂下裕人は撤去しきれていないマシンがどこかに残されているのではないかと考えました。時間移動ができれば現代から逃れ、実験ができるだろうと考えました。

 それから市役所から町の情報通まで、あらゆる場所および人のところへ奔走しました。当たり前ですが、ちょっとやそっとでは見つかるわけがありません。それどころかその存在自体、彼の仮定でしかないのです。

「もしかしたらこの世にありもしない物を自分は探しているのかもしれない……」

 その感覚は精神力をものすごい勢いで削っていきました。

 彼は自分の「基地」で頭を抱えました。基地というのは彼の自宅というわけではなく、大学校舎裏にある倉庫のことでした。花の学園生活を送る人間の対極の存在である彼にとって、そこは校内の少ない居場所に一つでした。自身のタブレット端末に表示された「時間移動計画」の文字をぐちゃぐちゃに塗りつぶしました。

「そんなにスムーズにはいかない、か」

 雑多に置かれたガラクタの中でボロボロの革製ソファーと、長年の経年劣化で黄色く変色した四角い冷蔵庫が彼のお気に入りでした。彼には懐古趣味の気があったのです。時には眺めては撫でたり、時には机にしたりして可愛がりました。今日も荒れた気持ちを落ち着かせるために、ここへやってきたのです。

 不思議なもので見慣れた物でも、見るタイミングやその時の気分でこれまで全く気にも留めていなかったことがふと、疑問に思う瞬間があります。

「これ、中はどうなっているのだろう?」

 以外にもこれまで彼はそんなこと考えたこともありませんでした。彼が興味があるのはそのビジュアルや雰囲気であって、中身ではありません。いや、それとも「とんでもないバクテリアが潜んでいるのでは」と深層心理では感じていて無意識に思考を遮断していたのかもしれません。ともかく彼はこの瞬間、目の前の物がパンドラの箱に見え始めたのです。

 時間移動計画、目覚めの瞬間でした。

 

 彼は誰がなぜあんな場所をタイムマシンの廃棄場所に選んだのかわかりませんでした。何かしらの運命が自身の計画を成功させるように仕向けているように彼は感じました。

 これが時間移動装置だと気付いた彼は表面にへばり付いたダイヤルを適当な数字に合わせ、再度そのドアを開きました。中は気味悪く渦巻いています。意を決して片足からゆっくりと体を入れていきました。

 全身が冷蔵庫に飲み込まれた瞬間、エレベーターが急に下降したような浮遊感じて、気がつくとそこは古びた旧校舎のグラウンドでした。時刻は夕方頃、技術もあまり発達していないように見えます。二千二十とダイヤルに打ち込んでいたので、正確にタイムトラベルが出来た彼は確信しました。後ろには口を開けたお馴染みの箱がこちらを向いていました。

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