カモノハシ漂流記またはキメラ人間

矢壁 四漁

 第 一 話

 この時代に来てから、どれぐらい歩いただろうか。もうかれこれ三、四十分はこの道を進んでいる気がする。歩いても歩いても空、山、田んぼが視界を埋めつくすこの片田舎に、何で私が遣わされたのか……。

 ここはもう九月の半ばだというのにまだまだ暑い。たまに吹くさわやかな風が私の唯一の癒しになった。なびいて木漏れ日がちらちらと揺れる。過去の日本に足を運ぶのは初めてではないが、ここが数百年前とはにわかに信じがたい。プライベートであれば絶対に来ないような自然の豊かさだが、仕事なので仕方ない。社会に生きる者とはそういうものなのだ。

 腕時計が十三時を指す頃、古びた小学校にようやくたどり着くことができた。今回の目的地である。校庭で遊ぶ子供たちが不思議そうな目でこちらを見ている。人口の少ない村だから、村の人間は皆知り合い同士なのだろう。見覚えのないスーツ姿の男が急に訪れたら畏怖の念を抱くのは当たり前と言える。

「あの、どちら様で?」

 くたびれたジャージを着た男が私に問いかける。年齢は三十代くらいだろうか。

「私、こういう者でして」

 私は胸ポケットから自身の手帳を取り出した。証明写真と歴史保護警察の印がキラキラと輝く。男は一瞬驚いた顔をした。

「意外と早く来られましたね。こちらへどうぞ」

 二人だけで会話できる場所へ案内してくれるらしい。

「ええ!先生遊ぼうよ!」

 どうやら子供たちから人気のある教師のようだ。昼休みの時間に来たのは迷惑だったか?いや、それこそ授業中になんか来たらもっと迷惑だったろう。

「待ってろみんな、すぐに帰ってくるからな。すぐに……」

 私とその教師は校舎の方へ向かった。

 連れられた先は宿直室だった。レトロな電灯がぶら下がり、くたびれた畳の敷いてある。私は宿直室なんて映画やドラマでしか見たことがなかったが、そこはまさに頭に思い描いた「宿直室」そのものだった。

「あまり綺麗とは言えませんが、ここにやってくる人間はそういません」

 教師は私の前に茶を置いて座る。

「ゆっくりお話できると思います」

 それは私にとっても都合がいい。仮にこれからする会話を他の誰かが聞いたとしても、信じる人はいないだろう。だが頭がおかしなヤツらだと思われるのはごめんだ。

 その時、自分の座っている畳がゴトッと鈍い音がした。私の真下にだけ、地震が狙い撃ちしてきたように感じた。

「それについても深い訳があるんですよ」

 私はこの仕事について十数年になる。山ほどの人間と対話してきた経験から言わせてもらうと、この男の放つオーラはかなり異質だ。「この時代の人間ではないから」とか、そんな理由では括れないくらいの奇妙さ。この人と関わった人はなにも思わなかったのだろうか?

 私は男のペースに乗せられたらまずいと感じ、切り出した。

「単刀直入に言わせてもらう。黒原啓蔵。身勝手な時間移動、および不適切な生物実験を行った罪であなたを逮捕する」

「おお、よく調べておいでですね。さすがはここまで嗅ぎつけてくるだけはある」

 余裕綽々……。奴の穏やかな口調に反して場の空気はぴりぴりとひりついている。

「まぁそれはもういいんです。僕も疲れました。どうぞ逮捕してください。ですが最後に僕の話を聞いて欲しいのです」

「署でゆっくり聞くさ」

「世界を震撼させるビッグニュースです。一足お先に聞いておきたいとは思いませんか」

 構わず連れて行っても良かったが、私は黒原の話が妙に気になった。どうせこんな丸腰の男に抵抗する力は無い。

「手短にな」

「どうも」

 そして奴はこの時代に雲隠れするに至った経緯を語り始めた。

「この題材だけで、小説が一編書けてしまいそうですよ」

 奴は笑った。笑い声はとても、渇いていた。

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