水やり係り

丘月文

水やり係り




 ハイディとクランキーは同じクラスの男の子。

 ハイディは花壇の水やり係り。クランキーは生き物係り。クランキーは金魚の水を換えに、ハイディはジョウロに水を汲みに。

 二人は時々、水汲み場で一緒になりました。

 ある日、クランキーが言いました。

「ハイディ、水やりを手伝おうか?」

「ううん。水やりは僕の係りだから」

 クランキーは知っていました。水やりの係りの子達が、毎日ハイディに水やりをさせていることを。

 でも、クランキーはそれ以上何も言いませんでした。



 また別の日にクランキーが言いました。

「他の子達に、君達も水やりをやりなよって、言ってみたら?」

「ううん。水やりは僕の係りだから」

 ハイディは毎日毎日、花壇に水をあげています。

 クランキーは順番でもないのに、金魚の水を換えに行くようになりました。



 またある日に、クランキーは言いました。

「ハイディ、水やりって楽しい? 花は咲いた?」

「花は咲いていない。楽しくはない。でも、水やりは僕の係りだから」

 ハイディは真面目な顔で言いました。

 クランキーは金魚の水を換えない日も、何となくハイディを見るようになりました。



 その日は、雨が降っていました。けれどハイディは、水やりをしていました。

 クランキーは言いました。

「ハイディ、雨が降ってるよ。水やりをしなくていいじゃないか」

「でも、水やりは僕の係りだから。雨が降っていても、やらなくちゃ」

 クランキーは何も言わずに、雨のなか水やりを続けるハイディを見ていました。



 ハイディは毎日毎日、花壇に水をあげ、その姿をクランキーはずっと見ていました。

 そして、クランキーは気付きます。その花壇に花なんか植わっていないことを。他の子達のイタズラで、植えた種は全部掘り起こされ、捨てられてしまっていたのです。

 クランキーはハイディに言いました。

「そこに花なんか咲かないよ。水やりをしたって無駄なんだ。もう水やりなんか止めて、先生のところに行こうよ、ハイディ」

「でも、水やりは僕の係りだから。水をあげなくちゃ」

 クランキーはハイディを睨みました。


「君は、馬鹿だ」



 そしてクランキーは金魚の水を換える仕事をしなくなりました。なるべく、ハイディを見ないようにしました。

 それでも、ハイディが毎日毎日、花壇に水をあげていることを、クランキーは知っていました。

 ある日クランキーは、水やり係りの子達が「ハイディは馬鹿だ」とくすくす笑っているのを見ました。

 クランキーは危うくその子達を殴りそうになりました。

 けれど、クランキーは殴る前に、あることを思いついたのです。


 ―――――僕が花を植えてしまえば良いんだ。


 クランキーはすぐに先生から花の種をたくさんもらって花壇に植えました。

ハイディは毎日、その花壇に水をあげます。

 意地の悪い子達がいくら掘り起こしても、種はたくさんあります。クランキーはその度に種を植えなおしました。

 ハイディは毎日毎日、水をあげました。クランキーはイタズラする子達から花壇を守りました。

 種は芽を出し、大きくなっていきます。



 ハイディが水をあげ、クランキーはそれを見守り、イタズラをしていた子達も飽きて近づかなくなりました。

 そしてついに、花壇に花が咲きました。

 クランキーが満足そうに言いました。

「花が咲いたね、ハイディ」

「うん。咲いた」

「……………………ごめん、ハイディ。君は馬鹿じゃない」

「うん。僕は馬鹿じゃない。僕は水やり係りだ」

 そこでハイディがクランキーを見ました。

「そしてクランキー、君は生き物係り」

 真っ直ぐに自分を見るハイディに、クランキーは笑い出しました。

「ああ。うん。僕は生き物係りだ」

 そしてクランキーはハイディを見つめ返して言いました。

「君は水やり係りで僕は生き物係り。

 でもって、友達になるのってどうかな、ハイディ」

「友達。君と、僕が」

「そう。君と、僕が」


 それからの花壇には、ずっとずっと花が咲いているようになりました。




                                      








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