第113話 愛してる、その言葉を聞かせて

俺は美しい草原に立っている。歩いていくと向こうに沢山の花が咲き乱れる美しい花畑が見えた。俺はそこを目指して歩き始める。

しばらく進むと広い川が流れていた。

見たこともない美しい川だ。

渡るところを探していると、目の前に虹の橋が掛かった。

俺はその橋を渡り始める。


ちょうど真ん中ほどに来ると、おじいちゃんが立っている。

優しそうな目で俺を見ると手を横に振って通してくれなかった。

仕方なく戻るとまた違う場所に虹の橋が掛かった。

また渡り始めると中程でおじいちゃんに止められた。

数回繰り返していると今度は両手を掴まれた。


見るといつか本棚に飾ってあった写真立ての綾乃のパパとママだった。

二人は俺を引っ張って霧の中坂道を降り始めた。

しばらく降りてくるともう両手には誰もいなくなっていた。

後ろを振り返ると道が無くなっている。

俺は仕方なくそのまま坂道を降りてきた。

しかし、降りるたびに痛みが出てきた。

その痛みはやがて想像を絶する痛みとなって俺を襲った。

「いたたた……痛い……」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「綾乃ちゃん、新の口が動いた気がする」


「えっ……新さん……新さんってば……」


「い……痛い……」


微かに新さんの口が動いたような気がする。

慌てて医者を呼ぶと慌ただしく処置が行われた。

誰もが祈るように両手を組んで奇跡を望んだ。


「気が付かれたようです、もう大丈夫です」そう言って出ていった。

私はもう一度声を出して泣いた。


「新のばか……大馬鹿……」


すると新さんの口が僅かに動いた。私は耳を近づけた。


「・・・・・・・・・・・・」


「パパ、車を壊してごめんなさいって言ってるみたい」

私は泣きながら笑った。


パパも涙を拭きながら笑った。それを見て仁さんも留美さんも泣きながら笑った。


「良かった、新くんが生きていてくれて……渉くんのことが蘇ってきて、また私は大切なひとにプレッシャーをかけてしまったと思って後悔していたんだよ」


「そうよ、パパがあんまり新さんに仕事をさせるからこんな事になったのよ」


私は怒りの行き場をパパに向けた。パパはすまなそうにしている。


「綾乃ちゃん、実は……新は綾乃ちゃんに指輪を買ってサプライズして喜ばせたいって今日買いにいく予定だったんだよ」仁さんが申し訳なさそうに白状した。


「新くんはずいぶん待たせちゃって、綾乃ちゃんが時々寂しそうな顔をするからって……サプライズして喜ばせようと思ってたみたいなの」留美さんが漏らす。


「もう……バカ新め……史上最低で最悪のサプライズをしやがって」また泣き笑いした。


「じゃあバカ新!私からのサプライズよ、今日病院でわかったの、新しい命を授かったのよ、大馬鹿新は大馬鹿パパになったのよ」


「「「ええ!!!」」」


パパも仁さんも留美さんも目を見開いて驚いた。


「綾乃!本当か?」パパは私の手をとって聞いた。


「こんなことウソつけないでしょう」


「綾乃ちゃんおめでとう」仁さんと瑠美さんは喜んだが状況を考えて尻すぼみになった。


「新さん分かってるのかしら」私は新さんの顔を覗き込んだ。

どうやら何か言ってるようだ、耳を近づけた。


「ありがとう……愛してる……」そう聞こえた。


半年後、別荘の本棚には写真立てが飾られている、懐かしい色褪せた女の子が間で微笑んでる親子の写真と、その横に少し目立つようになったお腹をしてウエディングドレスを着た綾乃ちゃんとその傍らで微笑む俺の写真が。

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