第112話 消えた笑顔

翌日の土曜日、綾乃は天空カフェへと出ていった。俺は先輩に電話する。


「先輩、予定通り今日行こうと思うんですけど、いいですか?」


「ああ、瑠美も待ってるから早く来いよ」


「じゃあ今から出ますね」


俺は余りに頻繁に高崎へ行くことが増えたため将輝社長の白い外車を渡されていた。綾乃ちゃんに指輪を渡すというサプライズのために今日高崎まで指輪を買いに行くのだ。仕事に遭われてなかなか結婚に辿り着けないので、綾乃ちゃんは時より寂しそうにしている。それを見た俺は綾乃ちゃんを喜ばせたくて、先輩や留美さんに相談してこのサプライズをすることにした。


別荘を出てしばらく下っていくと、川沿いの細い道で突然小鹿が飛び出して来た。

「うわっ!!!」俺は思わずハンドルをきった。


白い外車は運悪くガードレールの無い路肩から木々の間を抜け、川へと回転しながら落ちた。俺は潰れた車の中で意識を失った。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

天空カフェで私は腹に手を当て椅子に座り込んむ。


「どうしたの綾乃ちゃん?」千草さんが心配そうに聞いた。


「なんかこの数日お腹の調子が変で……」


「そう……今日はそれほど忙しく無いから病院へ行って来れば?……送って行こうか?」


「大丈夫です、一人で行けます」私は軽トラで病院へ向かう。


道を下ると小鹿がいた。軽くクラクションを鳴らして子鹿に知らせると徐行しながら通り過ぎる。その道を町の病院へと向かって急いだ。


3時間ほど経って別荘に戻って来る。そこへ仁さんから電話がかかってきた。


「もしもし綾乃ちゃん、新はまだそっちにいる?」


「いえ、今日は高崎に仕事の打ち合わせに行くって言ってたからずいぶん前に出たはずだけど」


「それがさあ、いつまで待っても来ないんだよ、スマホにかけても圏外ってなっちゃうし……どうしたんだろう……」


「ええ……どれくらい待ってるんですか?」


「もう3時間くらい待ってるよ」


新さんは約束を破るような人ではないし、何かあったらすぐに連絡を入れる人だ。

私は胸騒ぎがして一気に不安になった。


「仁さん、スマホが圏外って高崎に行くまで一ヶ所しかないのよ……この別荘のすぐ下の川沿いの道1キロくらいなの」


「えっ!!!それヤバいじゃん、綾乃ちゃん直ぐに警察に電話して、俺たちもすぐに行くから」


「はい」私は110番に電話した。


天空カフェにも連絡すると、千草さんは地元の消防団にも連絡してくれて川沿いの道を捜索してくれた。


「おーい!この下に白い車が見えるぞ!」消防団の木戸君が声を上げた。


新さんの乗った白い外車が発見される。

クレーンで引き上げられたグシャッと潰れたは車は、ドアが切断され夥しい出血をした新さんが引っ張り出された。

そのまま救急車に乗せられた新さんは病院へ向かう。

私は一緒に救急車に乗り込み新さんの手を握り声をかけた。

しかし、ピクリとも動かない新さんからは何の返事も無い。


《新さんどうして……どうしてなの?……》心の中で問いかける。

私は流れ出る涙を拭こうともしなかった。


《今日病院で新しい命を授かったことがわかったのよ、最高に嬉しかったのにどうしてなの?……どうして……何か悪いことでもしたの私たち……何でこんな事になるの》


私の涙が新さんの手にポタポタと落ちる。

《ママ……パパ……お祖父ちゃん、新さんを助けて、お願い……》


私は痛み出したお腹を抑えた「いたたた……」

《もしこのまま新さんがいなくなって、お腹の子供まで流産したら……そんな最悪なことは絶対に嫌!お腹の子は私が守る……新さんのためにも絶対守ってみせる》

私は深呼吸をしてお腹をさすった。


病院へ着くと新さんは集中治療室へ運ばれた。



駆けつけた仁さんや留美さん将輝パパに囲まれ、包帯だらけで呼吸器をつけられた新さんは身動きひとつしない。

私はその横で泣き崩れた、もうとっくに涙なんか無くなっていたが全身の水分を出し尽くすように涙を流した。

将輝パパはいつか見た、渉パパの最後の時がオーバーラップしたようで悲痛な顔をしている。

堪えきれず廊下に出てハンカチを当て声を殺して泣いた。

留美さんも仁さんの胸に顔を押し付けて声を立てずに泣いている。

仁さんは現実が認識できず、「新!嘘だろう……」声が漏れる。

やがて病室は絶望という言葉に支配され押し潰されそうになった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


俺は病室の天井からみんなをボーっと眺めていた。

やがて白い霧に取り囲まれたようになりスーッと空へ舞い上がっていった。



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