第49話 失って解ること

少し和んだような気がしたので僕は聞いてみた。


「あのう……もし問題なければお聞きしたいのですが、わたるさんってどんな人だったんですか?」


「そうだねえ、綾乃のためにも私の知っていることは話しておきたいと思っていたんだよ」


「そうですか」僕は立ち上がって綾乃さんを父の前に座らせると、パソコン用の椅子を持ってきて二人を見守るように座った。


「渉君は私の会社が取引している会社の営業マンだった、とてもいい子だったので私の会社に来ないかとずいぶん誘った、しかし彼は自分で会社を作りたいと言って頑張っていたよ」遠くを見るような眼差しで話を続けた。


「彼の勤めていた会社は麻里奈さんの両親がやっているレストランの近くでね、いつもそこでご飯を食べていたようだ。安くておいしいと評判だったが、経営は火の車だったようでいつも麻里奈はお店を手伝っていたようだ。そんな事もあって彼は会社を作り家族が豊かな生活を送れるようにしたかったようだ」


 「ある日彼は鋳物の鍋を持ってやってきた『社長、この鍋凄いんです、水を入れなくても煮物ができるんですよ。それに中の野菜が特別に美味しくなるんです』

今では無水鍋も普通に売られているが、当時は珍しかったんだよ。その鍋は彼の友人の町工場で作っていたんだ」


「麻里奈さんは鍋料理が大好きだったらしくてね、いつもまかない料理ばかりだから、たまの休みにみんなで囲む鍋料理が楽しみだったらしい、そんな事もあって思いついたのかもしれないね」


「友人のお父さんは研磨技術の優れた職人さんでね、だから協力してその鍋を作り上げたんだ。その鍋は私も売れると思った、だから彼に出資したんだよ。直ぐに多くの所から注文が殺到した、そして無理をしてしまったため友人のお父さんは倒れてしまったんだよ。

研磨技術を引き継ぐ事ができなかったので鍋は作れなくなってしまった。渉くんは何とかしようと寝ずに走り回った、そして事故を起こしてしまったんだ」

少しうつむいて表情を隠すように眉のあたりを手で触った。


「免許書入れの中に私の名刺が入っていたので直ぐに電話がかかってきた、私は慌てて駆けつけたんだが、彼は『妻と娘を頼みます』そう言い残して息をひきとった…………」将暉さんは喉を詰まらせた。


「私は彼に成功して欲しいと思い出資したんだが、それがプレッシャーになったかもしれないね」顔を曇らせた。


「彼が亡くなった後多くの借金が残ってしまった。私は麻里奈と綾乃を守らなくてはと思い、会社の顧問弁護士を付けて保護した。そして残った借金は私が支払った。


後で聞いた話だが、渉くんのお父さんも何とかしたいと思って家や土地も売ってしまったらしかった。私は出資したお金には保険がかけてあったので、一千万は戻ってきた、しかし責任を感じてそのお金は渉くんのお父さんに『使ってください』と渡した」


綾乃さんは少し涙ぐんでいる、「そうだったの……」指で涙を拭いた。


「麻里奈は、まだ幼かった綾乃を育てながら働くのは難しかったので、住み込みの家政婦として働いてもらうことにしたんだよ。そうしたら麻里奈は私の家をとても素晴らしい所へ変えてくれた。仕事では成功して大きな家を建てられたが、ちっとも帰りたい場所ではなかったんだよ。私は初めて家庭の素晴らしさを知って家族を持てたことに感謝した、」少しだけ嬉しそうに口を緩めた。


「麻里奈はいつも私の健康を気遣ってくれていた、でも自分のことは『私は丈夫なだけが取り柄なんです』そう言って後回しにしてしまった。

その結果乳癌だと分かった時にはもう手遅れだったんだよ…………」悲しそうにまたうつむいた。


「麻里奈は亡くなる前に『綾乃が幸せになるようにお願いします』そう言っていた、だから会社の優秀な人と結婚して会社を引き継いでもらおうと思ったんだが、綾乃の幸せを一番に考えていなかったのかもしれないね。せっかくママには幸せの意味を教えてもらってたはずだったのに」少しだけ笑った。


「そうだったんですか」僕はゆっくりと頷いた。

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