水の生まれる夜に
紫恋 咲
第1話 田舎へ行こう
川沿いに縁どりするような道を、一台のワゴン車が軽快に走って行く。
その助手席で僕、
運転しているのは2つ年上の先輩、
先輩は鼻歌を歌いながら、ハンドルをつかんだ手の人差し指でパタパタとリズムをとっている。
「ティラリ……ラリラ……イエー」
僕はその鼻歌の曲名をなんとなく頭の片隅で検索していた。
夏は過ぎ少し憂いを帯びた山々は、東京よりいくらか季節感があるように思える。
さらに見上げると薄曇りの空が憂鬱そうにしていた。
国道140号と書かれた標識がスーッと後ろへ消えて行く。
カーナビの地図を見て無意識に土地勘を得ようとしているのは、知らない土地へ来てしまった不安からかもしれない。
バックミラーに映った自分の眉間に、しわが寄っていることに気が付く。
そっと眉間の力を解放して、気持ちを楽にするため軽くため息をついた。
「あっ、SLだ!」
「えっ、どこ…………どこ?」
「先輩!前、前を見てください!」
対向車の大型トラックが「プアー」とクラクションをけたたましく鳴らす。
「おっとっと……」
風圧の衝撃とともに通り過ぎた大型トラックにヒヤリとしたが無事だった。
「なんだよ、お前だけSLを見てずるいな!」
「……………………」
少しの沈黙の後、先輩はまたリズムをとり鼻歌をリプレイさせる。
しかし曲名はピンとこないままだ。
助手席の窓を少し開けると山や川を感じるどこか懐かしい匂いが鼻腔をくすぐる。
「ティラリ……ラリラ……イエー」
「あっ、ライン下りの船だ!」また懲りずに言ってしまう。
「えっ、どこだよ?」
「先輩、前!……前!」
「分かってるよ!」
ツーリングらしきバイクの集団が、バタバタとけたたましい音を立てすれ違って行った。
「お前だけ色々と見てなんかイラつくなあ……」
「すみません運転免許持ってなくて」
「まあいいけどさ……」先輩はゆっくりと髪をかき上げた。
「………………」
また沈黙の後リズムと鼻歌がリプレイされる。
曲名はわからない、たぶんアップテンポの曲だ、しかし問いただすほどの勇気と興味はない。
スマホが「ピロリーン」と呼んでいる。
『お引越しうまくいってる?』と表示された。
『もうすぐ到着する予定』
『慣れないことだから無理しないでね』
『大丈夫』
先輩はちらっと横目で見たが何も言わなかった。
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