第26話 7/15『夏空の降雨に揺れる海波 その1』
あの日から数日。
父からの虐待は日常茶飯事である。
母が私を気にかけてくれ寝付くまで会話を交わした。
今日はまた生徒会の仕事。学校のため連休中も私は1日も休まず出席し書類を一通り見て、役職の生徒達に指示を出す。
「これお願い、締め切りは今週中だからよろしくね」
「分かりました仕上げておきますね」
文句ひとつも垂らすことなく手渡した用紙を受け取ると、仕事に取り掛かった。黙々と他の生徒も休み中というのに気を落とすような傾向は見受けられず、みんな非常に真剣。
それから数時間後。
生徒会の仕事は午前中だけということもあり。仕事を終えた私は絶賛昼食中。空き巣となった教室で頬杖をつきながらグラウンドでサッカーをする生徒達の様子を見ながら私は呟いた。
「みんな自由でいいわね」
他人を羨ましがるような視線を送る。私には到底届かそうな事柄だから眺めるだけが唯一のひととき。
食事を終え帰路の電車が来るまで時間があったので、学校内の図書館へと潜り読書に没頭していた。
誰1人とていない虚無の空間。通常であれば大勢の生徒の姿が見えるが、休み期間中はほんの少数。
ほぼ私の独占状態だけどこれはこれでとても退屈である。
がた。
急に物音が聞こえてきた。音の根源となる近くまで寄り添うと。
「なんだ……本が上から落ちただけか」
床に落ちていたのは大冊の本が一冊。上の方の本棚を見ると一箇所だけ間が空いている部分が見えた。恐らく振動で落ちたんだと思われる。今日って震度高かったかしら。
「紛らわしいわね全く」
仕方なしに図書室にあった脚立を持ってきて、本を元の位置へと戻す。人の高さでは到底届かないくらいの高さぐらいある本棚なため、上段から本が落ちれば非常に戻すのが億劫だ。もう少し低めだったら背伸びぐらいで済んだけど今日はついていないわね。
翼か誰かと思ったから脅かそうと、本で叩いてやろうと考えていたけど当てが外れてちょっと残念。
彼と出会った1学期。初対面は何だこいつはという感情を抱いたが、話していくうちに何かしら親近感が湧いた。そう例えれば昔の陽香とあゆりを重ねたような感じがして。
それからしょっちゅう彼には構うようになったけど、休みになってからは前と同様逆戻りし孤独な空間に閉鎖された気分。
「また遊べないかしら? そういえば今週金曜日は空いていたわよね。……じゃあちょっと誘いましょうか」
胸のポケットからスマホを取り出してSNSアプリを開く。友達は陽香とあゆりの幼馴染に加え、いじり男子である翼が1人だけ。昔からこんな口調だからまともに友達の数はそこから一向に増えない。彼氏の1人もいないので学校では私は相当怖がられている印象に感じる。
翼と友達になろうと思ったのは単なる出来心だけど、別に悪い気はしなかったから切り出せた。彼が私を友達として認めてくれた時は嬉しかった。まあ本音は恥ずかしく言いづらいが。
友達リストから翼の名前をタップして、トーク画面を開く。
さてなんと送ろうかしら。あまり脅迫気味なメッセージはダメだから、勘違いしない程度のメッセージを送っておく。
「えぇと、『金曜日空いてる? 時間があったら私と遊びなさい』と」
癖でまた上から目線な言葉で送ってしまう。傲然とした態度は私らしいけど優しくしようと心がけてはいるが、頭から抜けない。まあ翼相手だし躊躇う必要はないかと軽視。
しばらくすると翼から返事が来て。
『まじか? 俺明日お前に殺されるのか!? し死刑宣告しているのかお前は』
酷く警戒しているわね。単に脅しているだけだからお察しなさいよこの鈍感。
『まあお前と遊ぶのは悪くないしいいぞ』
私は続きに。『でも1人で来なさい、たまには2人で遊びたいから。あゆりにはちゃんと言っておくのよ?』と。
完全にこれは私のエゴだが、翼にはロリコン離れを一度経験するべきだと思ったまで。
同棲みたいなことしているみたいだけど、調子に乗っていると痛い目に遭うということをこの私が教えてあげるそんな魂胆よ。
会話文において時間と場所を彼に教え、一言挨拶してSNSを閉じる。
「さてこれで少し楽しみができたことだし……あもうこんな時間そろそろ帰らないとね」
スマホで時間をチェックすると帰りの便の時間がもう少しだということに気づく。
都会の電車と違って、電車は1時間に1本しか来ないので、これに乗り遅れたら時間がとてもロストしてしまう。
大急ぎで図書室を後にし、学校を出て学校前にあるバス停へと走る。
丁度バス停に着くと、乗客を待つバスが1台そこに停まっていた。どうやら今きたみたいだ。
バスを経由して、駅へと向かう。電車の出発は後1時間後だから時間には余裕が持てる。陽香みたいに馬鹿じゃないんだから、私はそんな乗り遅れるというヘマはしない。
降車し行き交う人達のいる駅中を駆け抜け、改札口を通り高架ホームへ。私の乗る路線アナウンスが流れていたのでギリ間に合った次第か。時間がないので階段を登り息を切らしながらも何とか乗り場へと着いた。
立ち止まり息を整えていると、電車が来て自動ドアが開く。迷わず電車内へと入り窓越しの席へと腰掛ける。
電車が出向。少々疲れたので私は目を瞑る。
……昨日のことを思い出す。
◉ ◉ ◉
啜り泣く私に対して母が優しく受け答えしてくれたことを。
「海里お母さんはね、海里にこんなことをして欲しくないの本当は」
して欲しくない。
その一言が私の胸に刺さる。
「お父さんはあのように言っているけど、お母さんは海里に自由に学校生活送って欲しいの」
「でも、歯向かったらまたお父さんに」
怖気付く私に母は勇気を促すように言い。
「……海里今は無理でも、きっと海里の支えになるものがきっと現れるよ。それはどんな些細なものでもあなたには100倍以上の価値がある存在よ」
その意味にどんな意味が込められているのだろうと、母の言葉には考えさせられた。だがいくら頭のいい私でもその理由の答えまでは導き出せなかった。
まるで鍵のかかった宝箱のように開こうにも開けない答えの箱。
「海里、助けが欲しいのならその存在となる友達を頼りなさい。それはあなたが自由になるための最後の希望よ。……私は海里のそんな無様な姿……もう見たくない」
悲しげな母のその声はひしひしとこちらまで伝わってきた。
それは切実な私に対する思いで。
答えが出せないまま歯を食いしばる私は苦し紛れにも答えてみせる。
「今は無理かもしれない。でもいずれ“そのとき”が来たら頑張ってみようと思う」
「……そう。お母さんは絶対急かさないわ。でも海里の口からそれが聞けてとても嬉しい」
母はその場から立ち上がり。
「さあ海里今日はもう遅いわ。暗い話はここまでにして、明日も生徒会あるんでしょ。……だから今日は早く寝なさい」
「う、うん……」
私は立ち上がって、ベッドに寝付こうとすると。
母が一言、慰めるような言葉で語りかける。
「大丈夫よ、海里これはあなたが見ている悪い夢。悪夢には必ず終点があるその目覚めこそが本当のあなたの目覚め」
それは今の私が清巌海里ではない、そういう意味で聞こえた。まるでかつての自分はもうちょっと輝かしかったような口ぶりで。
昔の自分ってどんな感じだったっけ。記憶が霞んだように思い出せない。
……私という存在は一体。
その夜に降る雨を一際激しく感じながら、今日という日を終えるのだった。
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