第31話 家族以上彼女未満
家族ってなんだろう?
よく父親にベッタリな娘を見かける。
よく息子にベッタリな母親を見かける。
それらは恋心ではない、家族愛に基づいたごく自然な光景。
もちろんお互い嫌い合い不仲な家族も知っている。
私の家も、多分該当される。
じゃあ、年の近い兄や弟を好くことは?
兄弟持ちに聞けば例え仲が良くても絶対おかしなことにはならないって言っていた。どんなにカッコよくても恋愛の対象として見たことがないらしい。
一人っ子の私はそんなもんかと思いながら話を聞いていた。
宮村家は家族として未成熟だ。
それはよくわかっていたし、正直今も両親を蔑んでいる。
足りない欠片を探し求めた母は終わりかけの物語を新たに始めようとした。
私はというと、また離婚を経験するのではという不安に相手の男はどうなのかという点を除き受け入れるようにしていた。
しかし、最悪な恋が訪れた。
家族ってなんだろう?
この一線を越えたらきっと戻れなくなる。
けれど支え合っていくのが家族の正しい在り方でしょ?
隠し事は少なくして、本当に見せたくないものは隠し通して成り立つんでしょ?
私は他人から、両親から見れば義姉失格かもしれない。
けれど中途半端にケジメはつけたかった。
だから私は―――。
♦♦♦♦
耳を澄ましても足音は聞こえてこない。
ただこの空間にあるのは妙に落ち着いた心音と、呆れるくらいに能天気な寝息だけ。柚香はもうどうにでもなれという心構えで制服を脱ぎ捨て、独特の臭いに塗れたブラウス一枚で目の前のベッドに潜り込む。
葵は几帳面にシングルベッドの真ん中に寝ていて、柚香の体はあっという間に彼の温もりを感じられるほど近くに。
(あったかい)
冬海とはまた違う体温の在り方。
片手で頭を支えながら横向きに寝転び、彼の半袖の先からはみ出た前腕を胸の間に挟み込む。
「・・・」
内心ドキドキが止まらなかった。
鼻先のぼさぼさ頭から男子高校生特有のニオイがするが全く嫌な感じはなくて、寧ろ癖になりそう。
こうして義弟にドキドキしてるのが問題なんだ。
何度も反芻し問題解決に取り組んでいるが、私と葵は曲形にも家族だから。
友人が話したおかしなことにならない愛情を持つことが当たり前になるはずなのにそれがどうだ?私は今まで浮かれっぱなしで乙女の側面を覗かせてきた。
わかっていたことなのに、わかりきっていたことなのに、おかしなことになってしまいそう。
だから無理矢理嫌われようとした、けど間違っていた。
もう手遅れで信頼回復になんて努められないかもしれない、その事実も苦痛。
「葵」
暗闇が広がる小指幅の耳穴に、声を吹き込む。
「ごめんね、寝不足の原因って私だよね」
遂に鼻先が耳のアーチに触れた。
「葵に愛内さんがいるって知ってた、大分前から」
「でもあんたは彼女のことを目一杯否定して、可哀想な恋してんなぁって思った」
「―――でもそれでも、まだまだいくらでもチャンスがある彼女に妬いた」
吹き込むたびに葵は小さく喉奥を鳴らし、顔を背けようとする。
私は逃がすまいと腕を固定するが、背徳感と興奮が更に心音を早め身体全部が蕩けそうだ。
「それで改めて学校で二人の関係を見て、眩しいなって」
「悠馬にフラれてあんたとも家族になって、私は暫く恋なんて遠慮しておくってスタンスだったんだけど」
自分で言っていても笑いそうになる。
「自分勝手だよね、無理だったみたい」
女心と秋の空とは言い得て妙で、思春期真っ盛りな少女を表す冠言葉。昔の人も私と同じ悩みを抱えていたんだなと思うとシンパシーを感じられずにはいられない。
「宮村柚香って人間は寂しいやつなんだよ」
「ほんっとどうしよもない」
伸びきった手先に冷たい指を絡めたら、華奢な一本一本が出迎えてくれた。
「最初で最後のお願い聞いてほしいな」
もう片手で頬をなぞる。
それがくすぐったかったのかふふっと声が聞こえ、薄眼がこちらに向けられた。
「・・・駄目だよ」
「―――お願い」
「何がしたいの?」
「わかるでしょ」
「わかんないよ」
そう言って寝返りを打ち背中を向けられた。だから追うように体を密着させて首と肩の間に顎を乗せる。
「っ・・・」
少女の蒸れた匂いと柔らかさに直面した葵。昨日からさんざ悩んでいたのに体は正直だ。
「ごめんね」
「・・・」
耳元で囁くたびにピクンと肢体を震わせて愛しくなる。
「僕ね、あの日梨華ちゃんにその・・・キス、されたんだ」
寝転がった状態で首だけがこちらに向いて、けれど目は合わせられないで言われた。
「そうなんだ」
「うん」
「葵は愛内さんと付き合おうとは思わないの?」
「前も言ったけど、わかんない。あっちも理由があって付き合えないって」
「家の事情で」
「そっか、じゃあ私が彼女になっちゃおうかな」
「それじゃ意味ないじゃん」
「だよね」
短い遣り取りが何回も繰り返されて、目に見えない距離が縮まってゆく。
「宮村柚香としてさよならを言いたいから―――」
柚香は毛布を捲り彼の全身を露にする。
捻じれた身体が月光に照らされていて、悔しいがやっぱり綺麗。
両足を開いて馬乗り状態になるが、下腹部がむずむずしているのに気付く。
それに気づかぬフリをして四つん這いになり、
「私は初めてで、初めては葵がいい」
誰にどんなことを言われようと、決心を固く決めた。
「それは須崎くんの代わり?」
訝し気に尋ねる葵。
「って思われちゃうよね」
「でもさ、もし葵が人をもっと好きになれるようになったらわかると思う」
「人って、優柔不断なのに欲張りなんだ」
「女の子はその典型」
首を絞めつけていたリボンをぱちりと外し、ブラウスの第一ボタンから一つづつ外していく。
葵は手の甲を口に当てカーテンの隙間を見遣るが、時々視線が向けられた。
「傷付けちゃってごめん」
半脱ぎの谷間を見せつけて覆い被さる。
そして強い刺激を与えないように、真っ新で油断しきった首筋に唇を這わせた。
「んんっ・・・」
手の甲から気持ちよさそうな声が漏れ出て、彼が強い拒否を示さないのをいいことに今度は舌先で表肌を舐め上げる。
処女で経験がない癖に僅かな年齢差でリードをしたいというちっぽけなプライドを押し付け、禁じられた遊びに足を踏み入れる。
そう、これは遊びで予行演習。
そう思わなければいけない。
「やめて」
「なら振り解いて」
強固な防壁の役割を果たしていた前腕を枕横に押し付ける。
口では嫌と言っていたのに両手は万歳の形になり、遂に本丸を捉えた。
ドクン、ドクン
初めてのキスは檸檬の味がすると少女漫画で読んだ。
それはあくまで比喩表現で、甘酸っぱさを例えただけかもしれない。
そして条件の一つに、相手を好きであるということがある。
なら確認したい。
「葵はさ、私のことどう思う?率直に」
脂汗とは違う冷や汗がジワッっと蟀谷から眉毛に伝い、溜まってゆく。
「・・・可愛いと思うよ」
「好きってこと?」
「・・・わかんない」
こういうところも子供っぽくて可愛い。
「じゃあ愛内さんは?可愛いから一緒にいるんでしょ?」
「それはっ!―――見た目だけじゃないよ、彼女は僕に優しくて一緒にいてくれる」
「ならさ、あっちにどういう理由があっても、葵は期待に応えてあげなくちゃだめ。男の子なんだから」
「でもそれなら、こういうことは向こうの気持ちを裏切ることにならない?」
「そうかもね、私が葵にこんなことしたってバレたらあの子、すっごく傷付くかも」
「でもさ、私達の関係に彼女の気持ちなんて関係ある?」
「私は葵がどうしたいか、教えほしい」
おでことおでこをくっつけたら、眩暈がするくらい視界が葵に埋め尽くされた。
あともう少し、顎先を下げたら一生の黒歴史になるかもしれない。
「いいんだよ、誰も見てない二人の秘密、やりたいようにしていい」
「そうしたらきっと、明日には葵のお義姉ちゃんになれる」
「ずっと義弟が心配で、家族として大好きな義姉でいられるから―――」
一つ嘘を重ねるたびに心が消耗していく。
―――違う、私まだカッコつけてる。
「葵」
柚香は浮かせていた太ももをふくらはぎに密着させる。
葵は恥ずかしそうに目を伏せたあと、足を真っ直ぐに伸ばしてくれた。
大きく張った臀部が義弟の腰に乗るが、初めて性に彩られた衝動を押し付けられた。
(あつくて、固い)
若く瑞々しい肉体はその熱が結合し、気持ち以上のものに駆り立てられる。
(嘘でも、なんでもいいから―――)
「柚香・・・ちゃん」
弦楽器をなぞるように、滑らかな動きがはっきりとやってきて、少女の頬でワルツを踊る。
「好きだよ」
ありきたりでも陳腐でも、この瞬間は堪らないものがある。
誰かに初めて言われた好きと言う言葉。
それはきっと私を苛む呪いの凶器となるだろう。
けれど、それでいい。
覚悟はできてるから。
「―――うん」
二人が目を瞑ると、唇には柔らかな余韻だけが取り残されていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます