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「ねぇ、ライラ。ルードヴィッヒ様にお話しがあるのだけれども?」
思い立ったが吉日。
私は早速侍女であるライラにルードヴィッヒ様にお会いしたいと告げた。
まあ、いつもルードヴィッヒ様からは忙しいので後にして欲しいと言われてまったく、全然、これっぽっちもお会いすることができないのだけど。
「……ルードヴィッヒ様に確認してまいります。」
「ええ。お願いね。」
ライラはそう言ってルードヴィッヒ様のいらっしゃる離れに向かっていった。
きっと今日もルードヴィッヒ様は忙しいと言って私とは会ってくれないだろう。
会ってくれなければそれはそれで、別にいい。
勝手に猫様をお迎えしてしまえばいいのだもの。
愛人を離れに囲っているルードヴィッヒ様に怒られたってそのくらいは覚悟のことよ。
「申し訳ありませんが……。」
ライラが申し訳なさそうに俯きながら戻ってきた。
予想通りだわ。
「そう。ルードヴィッヒ様はお忙しいのね。それなら私、出かけて参りますわ。ルードヴィッヒ様の許可がなくても外出は自由ですわよね?どなたかお供をお願いできますかしら?」
一人で出かけることは貴族としてあるまじきこと。
本当は一人の方が気楽なのだけど、辺境伯領の治安がよくわからないので安全には配慮しなければならない。いくらルードヴィッヒ様に疎まれていようとも、私はコンフィチュール辺境伯夫人なのだ。
「はい。危ない場所へはお連れできませんが、旦那様から奥様の外出は自由にしてよいと伺っております。どちらに行かれるのでしょうか?」
「コンフィチュール領には保護猫施設があると聞いているわ。そこに行きたいの。」
「保護猫施設にですかっ!?」
コンフィチュール領には王家直轄の保護猫施設があると聞いている。
王都にも王妃様が直接管理されている保護猫施設があるが、実は各地に王家直轄の保護猫施設があるのだ。
「ええ。そうよ。駄目かしら?」
ライラが驚いたように声をあげる。
やはり猫を飼いたいというのは貴族としては好ましくないことなのかしら。
でも、王妃様も王子妃様も猫を大事に飼っているという。
貴族の中でもそれほど多くはないが、王妃様や王子妃様が猫を飼っているという噂を聞いて、それならば自分も……と名乗りを上げる者もいると聞く。
ただ、貴族が猫を飼いだしたのはここ最近のことで、まだまだ貴族の中には猫を、役にもたたない獣を飼うだなんて……という意見も多い。
私が育ったママレード伯爵家も猫を飼うだなんて汚らわしいとお父様が反対をしていた。母や私、妹は可愛らしい猫を迎え入れたかったのだけれども、お父様には逆らって飼うことなどできなかった。
「いいえ!いいえ!!奥様、是非保護猫施設に参りましょう!視察でしょうか?それとも猫を家族としてお迎えになられるのでしょうか?」
……ん?
なんだかライラの反応が思っていたのと違うような気がする。
いつもより声が弾んでいるし、表情がいつもよりとても明るい。なんだか、とても嬉しそうだ。
眉を顰めるかと思ったんだけど。
もしかして、コンフィチュール辺境伯邸は猫を歓迎しているのかしら?それにしては、猫を飼っている様子が全くないのだけれども。
「そ、そうね……。まずは視察かしら。気に入った猫がいたら家族としてお迎えしたいと思っているわ。ルードヴィッヒ様は猫を迎えるくらいは許してくださるわよね?」
「はい!旦那様は絶対に許してくださいます!むしろ大喜びなされるかとっ!さっそく旦那様にお伝えしてきますね。ああ、馬車の用意もしなくては!」
「えっ?えっ?」
皮肉を込めて言ったはずなのに、ライラは大喜びでまた離れの方にかけて行ってしまった。
「ライラ!廊下は走ってはなりませんっ!!」というユーフェの静かに怒る声が聞こえてきた。
しばらくして、ライラはルードヴィッヒ様を連れてきた。
「や、やあ。ユフィリア嬢。き、君は猫が好きなのかい?」
ルードヴィッヒ様はとても急いで来たようで息が弾んでいる。
それにしても、結婚したというのに「嬢」と言われるのはなにかおかしい。
「私はルードヴィッヒ様と結婚したのです。ですから「嬢」と言われるのはおかしいと思いますわ。どうぞ、ユフィリアとお呼びくださいませ。」
にっこりと笑みを貼り付けて深くお辞儀をする。
嫌味をたっぷりと込めたのだけれども、ルードヴィッヒ様には伝わるかしら。
それにしても、先ほどルードヴィッヒ様と話をしたいと言った際には忙しいと断ってきたのに、私が出かけるとなったらすぐに駆け付けるとはいったいどういうことかしら。
「あ、ああ。す、すまない。それで、君は……猫が好きなのかい?」
「……自室に迎え入れたいと思うくらいには好ましく思っております。」
駆け付けたためかほんのりと頬を上気させているルードヴィッヒ様はとても色気があった。
元々容姿は整っているのだから頬を染めたりなんてしたら女性が黙っていないだろう。
現に、ライラはルードヴィッヒ様を見てぽぉーっと顔を赤らめている。ライラの場合は侍女としての教育が行き届いていないような気がするけど。
「そうか。それはとてもいいことだ。ああ、君を早く離れに案内したいよ。」
「……離れに行きたいと申し上げた時に話を先延ばしにされたのですが……?」
「そうだね。今はミーアがとっても大変な時期だからね。ミーアは少々気が立っているんだよ。子供たちのことを必死に守ろうとしているんだろうね。だから、知らない人やミーアが懐いていない人が来るとミーアが怒ってしまってね。だから、もう少し待ってほしいんだ。きっと、君もミーアもミーアの子供たちも気に入ると思うから。本当は今すぐにでも会わせたいんだよ。小さい時は一瞬だからね。こんなに可愛いミーアの赤ちゃんを君にも見せたいし、君と思いを共有したいと思っているよ。」
「…………。」
いきなりどうしたというのだろうか。
ルードヴィッヒ様はとても寡黙な方だと思っていたのだが、違ったのだろうか。
今までの記憶の中で一番、ルードヴィッヒ様と会話をしているような気がする。
「ほんとは、私も君と一緒に保護猫施設に行きたいんだけどね。すまない。今はまだミーアと子供たちと離れることができないんだ。でも、もし猫をお迎えしたら教えてほしい。私にも是非見せて欲しい。……ああ、ダメか。他の猫の匂いをつけて帰ったらミーアに怒られてしまうな。うぅ。君がどんな猫をお迎えするのかわからないけれど、なにかあればすぐに私に言うといい。力になるからね。」
ルードヴィッヒ様は私の両手をギュッと握る。
そう言えば、結婚式のときもルードヴィッヒ様とは手すら繋がなかった。
私は繋がれた手をジッと見つめた。
「あっ!す、すまない。つい嬉しくなって君の手を握ってしまった。許して欲しい。」
「え、ええ。ルードヴィッヒ様はわ、わたくしの……だ、旦那様なのですもの。手くらいいくらでも……。」
うぅ……。なんだろう。ルードヴィッヒ様の色気がすごい。
寡黙なルードヴィッヒ様も素敵だったけれど、こうして嬉しそうに笑っているルードヴィッヒ様の破壊力といったらたまらないものがある。
思わず耳まで赤くなってしまう。
「そ、そうだったね。君は私の妻だった。うん。落ち着いたらいっぱい話そう。君といっぱい話がしたいんだ。」
「は、はい……。」
いったいルードヴィッヒ様はどうしたというのだろうか。
今まで私に興味すらなかったというのに。
「さあ。保護猫施設に行っておいで。気を付けるんだよ。迎え入れたい猫がいたら2匹でも3匹でも好きなだけ迎え入れていいからね。」
「え、ええ。」
「私はそろそろミーアのところに戻るよ。帰ってきたら侍女を通して連絡してくれ。」
「わ、わかったわ。」
急に態度が変わったルードヴィッヒ様を不審に思いながらも、私はライラと一緒に馬車で保護猫施設に向かうのであった。
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