第7話 赤い肌と蝙蝠の翼
ルマーダの西の端、地方領主カラの居城で、側近風の中年の男が震えながら領主であるカラに報告を読み上げていた。
それをカラはつまらなそうに聞いていた。
場所は城の一室、白壁の豪華な作りの部屋で机を挟んで報告をしている男は人間に見える。
対して椅子に座り頬杖を突き、今にも欠伸でもしそうな青白い肌の美形の青年の右の額には、人外を示す長く鋭い角が一本天に向かって突き出ていた。
「……終わりかい?」
「はっ、はい!」
「じゃあ、もう下がっていいよ」
「ですが……バーダ様とアガン様の件は……?」
「君が上手くやっといてよ」
「しっ、しかし……」
食い下がった側近風の男をカラの目が射抜く。
「君を飼ってるのはこういう面倒事をやってもらう為だよ……それに僕はさぁ、別に君じゃ無くてもいいんだけど?」
「もっ、申し訳ありません!! 全てこちらでやっておきます!!」
「うん、お願い」
それだけ言うとカラは男を追い払う様に右手を振った。
深く頭を下げ部屋を出て行ったのを確認すると、カラはふぁぁと欠伸を漏らした。
「はぁ……退屈だなぁ……」
退屈であれば真面目に仕事をすればいいと思うだろうが、悪魔と交わった人間、黒き魔女は多分にその悪魔の影響を受ける。
それは残虐であったり、好戦的であったり様々だ。
カラが契った悪魔は非常に怠惰であった。
そんな怠惰なカラが地方領主で居られるのは単純に強いからだ。
天使が規律を第一とする様に、悪魔は強さを第一とした。
更に彼らに仲間意識は薄く個人主義だ。
そんな黒き魔女達が国の形を保てているのは皮肉にも敵対者白き魔女がいるからだった。
「ふぁ……ふぁふ……バーダとアガンか……何か起きてるのかなぁ……面白い事になればいいなぁ……来てくれないかな」
そうカラは呟くと椅子の背に身を預けうたた寝を始めた。
何か起きる事を期待はしても、彼は自ら動くつもりは全く無いようだった。
■◇■◇■◇■
「ああん? 調査に行けだぁ? 人間風情が俺様に命令すんのかよ?」
「いっ、いえ、命令では無く、これはお願いでございまして……」
カラの側近、領地運営を任されている男モリスは冷や汗をかきながら真っ赤な肌の蝙蝠の羽根を持った女に答える。
カラの配下にはモリスの様に魔女ではない者も多くいた。
それはひとえに黒き魔女達が領地運営に向かない事が原因だった。
前述の通り、魔女は悪魔の影響で精神に変調をきたす。
自らの興味の無い事は基本しようとしない。
勿論、税の徴収や再分配、領地の治安維持など彼らは一顧だにしない。
国としての形を保つ為にはモリスの様な実務をやる人間が不可欠だったのだ。
「お願いかぁ……じゃあ、勿論報酬は貰えんだよなぁ?」
「はっ、はい、それはもう……」
「分かった。西、国境のそばだったな?」
「はい、ダーバ様とアガン様の行方が分からなくなっております。お気を付けを」
「ハッ! 誰に言ってんだぁ? あんな雑魚共と一緒にすんじゃねぇよ」
「もっ、申し訳ございません!!」
ビクッと体を震わせたモリスを満足そうに見やると、赤い肌の魔女は部屋の窓を開け放ちエントランスから飛び立った。
「ふぅ……いつまでこんな事せにぁならんのだ……」
ハンカチを取り出し汗を拭う。
金に釣られ士官したが、気まぐれな魔女達と付き合うのにモリスは限界を感じていた。
■◇■◇■◇■
赤い肌の魔女ベラーナは西に向かって飛びながら、報酬の使い道を考え笑みを浮かべていた。
彼女は身に宿した悪魔の力の影響とその生い立ちからか非常な浪費家だった。
纏まった報酬があると残す事など考えず全てを享楽につぎ込んだ。
無くなれば奪えばいいと魔女となった時は考えていたが、上の方針で好き勝手は出来なかった。
黒き魔女は個人の武勇に優れてはいても軍の統率が出来る者は少ない。
白き魔女を駆逐するには人間がどうしても必要だった。
ベラーナとしては好きにやれないのは不満だったが彼女の力では下剋上等出来ず、比較的楽に生きれるカラの下に付く事で落としどころを見つけた形だった。
「まったくよぉ……さっさと天使共を始末して欲しいもんだぜ」
そう愚痴りながらアガンが最後に向かったという西の端の町“ベド”に降り立つ。
彼女が町の中心に下りると住民達は騒めき立った。
つい先日、アガンが町で暴れたばかりだ。それも無理のない事だろう。
住民を代表して近くにいた老人が怯えながら声を掛ける。
「魔女様、ようこそお越し下さいました……それで、本日はどのようなご用件でしょうか?」
「アガンとバーダを探してる。知ってる事をさっさと吐け」
「……アガン様でしたら無法者に首を落とされました」
「へぇ、首を……んで、そいつは何処にいる?」
ベラーナが口に並んだ牙を剥きだしにして笑うと老人は震えながらそれに答える。
「くっ、詳しくは分かりませんが、彼らはアガン様の首を持って西へ向かって町を出ました……たっ、多分、西の森にねぐらがあるのでは……」
「彼らっつったか? 一人じゃねぇのか?」
「はっ、はい……たまに薬を売りに来ていた親子……その娘と黒髪の男の二人連れで御座います。きっとあの親子は魔女に違いありません!」
「魔女……はぐれか……なるほどねぇ……あんがとよ爺ぃ」
「ひぃ……」
ベラーナは口を大きく開け、ことさら凶悪な笑みを老人に向けた。
それを見た老人は石畳に尻もちをつく。
そんな老人を見てニヤぁと笑い、ベラーナは鼻をスンスンと鳴らした。
首を落とされたなら血が流れた筈、その血の臭いを追えば……。
老人の言葉どおり、首を落とされた場所(住民達によってアガンの体は片付けられていた)から臭いは町を抜け西へと向かっていた。
「はぐれを狩りぁ追加ボーナスだ……」
ベラーナは報酬で遊ぶ未来を思い、思わずほくそ笑んだ。
翼を広げ臭いを追い西へと飛ぶ。
臭いの先に人の身で魔女を超えた者が待っている事をその時のベラーナは知る由も無かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます