亡国の刃と小さな魔女

田中

第1話 忍びと魔女、異国にて巡り合う

「魔女?何じゃそれは?」


 村の食堂で、黒髪黒目の男が店主の話に出た魔女について問い掛けた。

 余り見ない風体の男だった。

 異国風の顔立ち、年の頃は二十代半ば程だろうか。

 黒目、黒髪、その長い黒髪を頭の後ろで一つにまとめている。


 フード付きのマントから覗く黒い皮鎧から旅の武芸者だとは分かるが、机の脇に立て掛けた曲刀は店主が今まで見たどんな戦士の武器ともおもむきが違っていた。


 店主は一瞬男の出自を考えたが、どうでもいいかと男に訳知り顔で説明する。


「東の国でずっと戦争やってる連中ですよ。噂じゃおかしな力を使う化け物って話です」

「ほう、おかしな力……幻でも見せるのか?」

「なんでも空を飛んで火を吐いたりするらしいですぜ」


「空を飛び火を……奇術師が似た様な事をしているのは見た事があるが、それとは違うのか?」

「違う違う、ありゃちゃんと種があるでしょ。魔女が使ってんのは正真正銘、魔法だって話だ。風に乗って空飛んで、手や口から火や雷を出すそうですぜ」

「火や雷……世の理を超えた力……」


 男はテーブルに金を置くと椅子から立ち上がった。


「……旦那、悪い事は言わねぇルマーダには近寄らない方がいい。あの国じゃあ、あたしらみたいな普通の人間は奴隷か生贄だって話だ」

「……さようか……忠告痛み入る」


 店主に視線を送り小さく頭を下げると、男は店を出て東に向かい歩きだした。

 それを見た店主はため息をついて首を振った。


 今までも商人や武芸者が魔法の力を求めルマーダに足を踏み入れた。

 だが彼の知る限り、誰一人として戻って来た者はいない。

 あの男もそんな者の一人になるのだろう。


 店主はその思いを最後に男の事について考えるのを止めた。



 ■◇■◇■◇■



「ハァハァハァ……」


 森の中に伸びる道とも呼べない道を空色のローブを着た少女が駆けていた。

 フードからこぼれた髪は淡い桃色、その髪の下には緑の瞳、歳の頃は十に届いていないだろう。

 彼女はその緑の瞳から涙を流しながら、懸命に草に覆われそうな僅かに残った土の道を走る。


「ハァハァ……ングッ……お母さん……お母さぁん……」


 ローブの裾で涙を拭い歪む視界を無理矢理正す。


「諦めろ、お前も母親の様にはなりたくなかろ?」


 森の上からしわがれた声が響いた。

 その声には明らかな愉悦が感じられた。


「嫌です!! ……お母さんは言ってました!! ……私達は人と暮らすべきだって!!」

「……愚かな娘だ」


 しわがれた声は先程とは違い酷く冷たい響きを帯びた。

 その声と同時に少女の前に巨大な影がフワリと降り立つ。


「追いかけっこは終いだ。我らの陣営に下れ」


 青白い肌、灰色の髪の女だった。

 その口は耳まで割け、髪の間からはカミキリムシに似た触覚が飛び出ていた。

 下半身は人では無く、赤と白のまだらの殻に覆われた、細長くとがった足が無数に生えている。

 その足が檻の様に娘の行く手を阻む。


「出来ません! ……あなた達は間違ってる……私達は……元は人だったのに……」

「クカカッ、何百年前の事を言っている。人の血など、とうに薄れ切っておるわ」


 女の足が少女に伸びる。


「お前も魔とまぐわえば自らを人などとは思わなくなる」

「いや……いやぁ……」


 少女は首を振り怯え両手を胸元で握りながら後退った。


「悪あがきは止せ、傷が付くとアガンがへそを曲げる」


 割けた口が笑みを形作り、そこから細く並んだ針の様な歯が覗く。


「さぁ、こっ」


 少女に声を掛けた女の声が唐突に止まる。


 トサッという何かが落ちる音が森に小さく響いた。

 一瞬置いて首を失った異形の体から青黒い血が天に向かって噴き上がる。

 やがてその巨体が力を失い、音を立てて崩れ落ちた。


「あ……あ……」


 尻もちをついた少女は少しでも離れようと両の手足で地面を削る。

 そんな少女の目の前に黒髪の男が樹上から音も無く現れた。


「大事無いか娘? ……しかしこの国には、かような怪物がおるのか……もしやあれが魔女か?」

「あっ、あなたは?」

「儂は佐々木ささき、グフッ……」

「ヒッ!」


 答えようとした男の胸からカミキリムシ似た触覚が突き出た。


「クカカッ、何者か知らんが首を落とされた程度で我らが死ぬはずなかろ?」

「クッ……ぬかったわ……」


 男は口から血を流しながら手にした曲刀で背後の触覚を断ち斬ると、勢いよく左手を振った。


「何ぞ!?」


 女の落ちた頭部、額の真ん中に火花を散らすナイフが突き立っていた。

 と同時に男は少女を抱え、風の様な速さで異形から離れる。


「キャッ!?」


 数瞬の後、爆音が響き森は再び静けさに包まれた。


「……無事……か……娘?」

「はい……でも……」

「フッ……飯屋の…親父の…忠告……聞いておくべきじゃったな……」


 男は最後の力で庇っていた娘から身を退けると、そのまま大地に身を横たえた。

 娘が目に涙を溜めて男の顔を覗き込む。

 フードの外れた頭部には白く尖った小さな角が二つ、桃色の髪の間から覗いていた。


 この娘も魔物であったか……。

 まあよい……。


 それを最後に男の意識は闇に沈んだ。

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