王国騎士デイビッドは家に帰りたい 〆

※ この作品は、あくまでもフィクションです。実在する人物や団体とは関係ありません。また、構成上、分割しづらい為、長め(短編並)になっています。腰を据えて読まれることを推奨します ※





 






「うぇぇ……これ、ホントに動かないのよね?」

「無論じゃ、完全に繋がりを閉じたからの……最早、それは――」


 ――人族の姿形をした、ただの魔導器じゃ。


 実のところ、白の救世主メサイア幹部たる希望の使徒フェルメイユや愛の使徒フェネを、シンやガデルが黒繭にて拘束した場面には、矛盾とも呼べそうな疑問点が存在する。

 封閉クローズという特性が付与された黒繭ならば、閉じ込めた瞬間、魔導師との繋がりを閉ざされた魔素喰いマナイーターという魔導器の自律行動そのものが停止しなければおかしい――そんな疑問。

 そう、封閉という特性が、何もかもを封じ込めては閉ざせるという特徴を有するからこそ、その疑問が生まれる。

 そして、その答えは先程の――黒繭から音を透過してみせたガデルのように、各根源に属する特性、即ち、属性には、熟練の度合いによって出来ることが増え、個々人によってどこまで可能かが異なるという特徴にある。

 つまり、可能な限りの情報を取得することを前提とし、シンの場合は腕試し、ガデルの場合は魔素喰いの確保を主目的としていたからこそ、両者共に、魔導師である使徒本人との繋がりを、敢えて断たないでいた。

 そして、ガデルも今この時、おのが目的を果たす。


 本来この時代での入手が困難であるはずの魔導器、オーバーテクノロジーの塊である魔素喰いマナイーターを手中に納めた――特異点であるセレスティナツグミ=シブサワと共に。




 今、此処ここに観測は果たされ、本来ならば到達しない筈の其処そこなる底に、事実として現実いまが刻まれる。




 世界にあまねく拡がる歴史を超え、停滞せし因果の限界を越え、尽きぬ筈の終始は集束し、その証明たる分岐が産まれ、ありとあらゆる存在から、承認される。


 呪われし因果律すら抗えぬ破戒の譚歌。

 矛盾しているからこそ成立する群像劇。

 絶望的な悲劇つは、希望つづられたる叙事詩。


 第16世界超越線、その別称にして、真なる演題を与えられし大いなる――『16番目の物語』は、更新された。




 喜劇的な英雄譚『16番目の物語』は、今も世界でうたわれる。




「――では、頼んだぞい」

「ええ、お任せください」

「すぐにまた会えるからね、ターニャちゃん!」

「はい! セレスお姉ちゃんも、気をつけてくださいね?」

「大丈夫大丈夫、いざとなったら叔祖父おおおじ様をおとりにするから」

「……なにうたかの?」

「あ、ソニア、お耳を――」

「はぁ……まったく、こやつは……」


 ガデルら臨時パーティーは、ここで一旦解散。

 ソニアとターニャは、カイトと共に、デラルス開拓村へ赴く。移動手段は、ラーメンハウス ダグラダ平民街東店――貧民窟の地下に設けた、空間転移陣。カイトを含めた幾人かは、非常時以外でも使用が許可されている為、今回の護送の移動手段として、遠慮なく用いることに。


 ガデルとセレスティナ、2人の行先は――


「――キュアノエイデスでありますか?」

「うむ、会わねばならぬ者が

「レイヴンお爺ちゃんとか?」

「あやつもそうじゃが、まぁ、行けばわかるわい」


 ウィロウ公爵領都キュアノエイデス。それは、ナヴァル国境戦役における後半戦、最初の戦いであり、数多の世界線において、勃発している戦い――キュアノエイデス防衛戦の舞台である。


 さて、とかく空想科学に類する書物にて扱われることの多い考えの1つに、歴史の修正力と呼ばれる概念が存在する。

 タイムスリップやタイムリープなど、特定不特定かはその時の状況次第だが、主観とする者が現実と定めた時間軸上の特定の地点から、変えるべき過去の時間軸上において変えるべき特定の地点へと時間を跳躍し、過去においてトリガーとなる何かしらの事象を成し遂げた結果、修正された歴史という分岐を生み出す――これが、過去改変の大まかな流れである。

 そして、歴史の修正力とは、過去改変を目論む者にとって最大の障害であり、その正体は、世界線が有する恒常性、歴史を安定させようとする世界の意思――秩序ちつじょそのものである。


 歴史。

 世界線。

 黎明と黄昏。

 始まりα終わりΩ


 即ち、因果の地平線。


 そして、因果の地平線の秩序を崩壊させうる者、それが、特異点――正確には、能動的特異点と呼ばれる存在――なのだが、その者らには、明確に優劣が存在する。


 例えば、セレスティナ=A=ナヴァル、つまり、ツグミ=シブサワの場合、特異点ではある為、歴史を改変すること自体は可能だが、周囲を巻き込まなければ決定的な改変になりにくい。

 例えば、マルス=ドラゴネス、つまり、シン=タドコロの場合、かつて在りし未来の姿である黒天のマルスの影響もあってか、単独での改変も可能。ただし、ユグドレア内の改変で留まる可能性が高い。


 そして、本多 宗茂の場合、彼の行動、彼の選択は、第16世界超越線のにまで影響を及ぼす可能性が極めて高い。


 これらが能動的特異点の優劣、その実例である。




 なお、能動的特異点とは自律行動を可能とする特異点であり、それに対して、自律行動できない特異点を受動的特異点と呼ぶ。わかりやすい例を挙げると、明確な理由がわからないにも関わらず、何故か特別と感じてしまう不思議な土地などを代表とする特殊な力場、所謂いわゆるパワースポットである。




 さて、因果の地平線には、それ自体を確立させる為に欠かせない、3つの決まり事が存在する。


 ――CodeCommandLaw


 上述されたそれぞれの均衡が保たれてるからこそ、因果の地平線は安定し、そのような状態になっていることを、秩序と呼ぶ。

 もし、律、戒、法のいずれかが破綻するような事態に陥った場合、安定した状態から不安定な状態――因果の地平線の状態が、秩序から混沌へと推移し、それは該当世界の乱れに繋がり、やがては該当世界の外にまで混沌が拡がることになるだろう。


 そしてそれは、本多 宗茂と呼ばれし彼の二つ名に、何故、破戒の字を充てられているのかの答えにもなる。


 ありとあらゆる世界に撒かれし悲劇、その惨状を目の当たりにした時のであり、それ故に、どうしても破る必要性が生まれた。ただ、彼にしてみれば、律でも戒でも法でも、破る対象は何でもよかった。


 だからこそ、にとってその選択は単なる偶然であり、それと同時に瑣末さまつなことでしかなく、そうして、憤怒の破戒獣ベルセルクという特別が、世界に産声をとどろかせた。


 そして、能動的特異点が備える最大の特徴が及ぼした影響によって、その時代において最強最大なる特異点の元に、彼ら彼女らは集結しようとする――己の意志に依ることなく。

 その結果、能動的特異点の別の呼び方になぞらえ、複数名の特異点が集った時代を描いた物語は必ず、群像劇と呼ばれる形式となる。


 能動的特異点、別名――主人公。




 重要な演者キー・パーソンに与えられし配役である。











 ナヴァル王国第2騎士団王都総本部。

 必要最低限の補修が至る所に施された、端的に言えば、少々ボロい施設内を、灰色の軽甲冑ライトアーマー姿の騎士が、淀みを感じぬ足取りでスイスイと歩を進める。

 その鎧の色は、ナヴァル王国第2騎士団にて正式採用されている総甲冑フルプレートや軽甲冑に用いられている淡隕鉄アダマスの色。

 灰被はいかぶりと揶揄やゆされし灰色をまとうことは、周辺国から恐れられし強兵たる第2騎士団に所属していることを証明する


 そう、彼もまた、強兵に数えられし者である。


 さて、ナヴァル王国の強兵が集う第2騎士団の本部を、勝手知ったるとばかりに悠々と歩いてきた彼は、目的地である、3階奥の扉の前にやってくる。

 そして、なんの躊躇ちゅうちょもなくコンコンと扉を叩き、はいどうぞの返事が来るや否や、ガチャリと扉を開けた、彼の正体とは――


「――警邏けいら課、第4分隊長デイビッド、入ります」

「やあやあ、お帰りデイビッド、よく来たね」


 筆を置き、書類仕事を止めることに併せて、第2騎士団執務室備え付けのソファーへ、デイビッドを導いた彼は、この部屋の主たる第2騎士団団長のエドワード=ラスティン。


 そして、室内にはもう1人――


「さて、デイビッド……さっそくなんだが、なんと君に、指名依頼が――」

「失礼、団長。部下からの報告書に目を通すのを失念してましたので――」

「こらこら待ちたまえよ、我が親友。今回のコレに関しては、伝えないわけにはいかないんだよ」

「――お座りください、デイビッド第4分隊長」

「はっ! 了解しました」

「…………素直なディーとか、ホント笑える」

「…………うっせぇぞ、エディ」

「……口調、砕いてもかまいませんよ?」

「い、いえ、流石にそれは――」

「――?」

「は、はい……な、笑うんじゃねえよ、エディ!」


 デイビッドが着座したソファーの対面に座るのは、灰色の軽甲冑を着こなす騎士。

 肩口で切り揃えられた薄紫色の御髪も、怜悧れいりさと共に高い知性を感じさせる青い瞳も、それらを際立たせる非常に整った顔立ちも、これまで多くの男を魅了してきた、彼女の外見に宿る魅力の数々。


 だが、彼女の本質は、目に映るような部分に現れることはなく、それ故に、彼女の本性がなんであるかをうかがい知ることなど、まず不可能である。


「はぁ……で? 俺に? 指名依頼? お前宛ての間違いじゃなくてか?」

「うん、間違いなく」

「どうにも嫌な予感しかしないんだよなぁ……指名依頼ってなんだよ……俺、傭兵でも冒険者でもないんだぞ?」

「しがない分隊長だもんね」

「まったくもってその通り……辞退とか――」

「それは――」

「やめておいた方が無難ですね」

「――同意見だね……実のところ、ディー宛てに、他にも書簡が届いてるんだよ、それも2つ」

「あーっと、団長、、俺はこの辺で――」

「こちらを――」

「い、いやだ、俺は見ないぞ、絶対に見なぁーっ、くそっ!? ばっちり見えちまった……なんてこった、そういうことかよ――」

「はい、そういうことです」

「ま、文官のお偉いさんは、書類上のものしか見えないことが多いからねぇ……いい機会じゃない?」

「んな訳ねぇ……どう考えても、今より忙しくなるだろうが――」

「今、2週間くらい?」

「12日目だ……なぁ、もし、これ受けたら――」

「ひと月くらいかな?」

「だよなぁ……」

一先ひとまず、目を通してみては如何いかがですか?」

「それもそうだな、そうするか、っと……あんがとな、

「いえ、これも仕事ですから」


 レイラと呼ばれた女性騎士から書簡を受け取ったデイビッド、早速とばかりに中身を読み始めるが、その表情は悲喜ひき交々こもごもといった様相。複雑な感情が、心中に渦巻いているようだ。


 さて、副団長と呼ばれた彼女は、ナヴァル王国第2騎士団副団長に就く者であり、武闘派貴族として名を馳せるヴィルレスト侯爵家現当主の末子にして。法的には持ち得るが、家の方針によって、家督の継承権を有していないと見做された彼女は、侯爵家の一員でありながら貴族性を名乗ることしか許されていない、余りに弱い立場へと追いやられた侯爵令嬢。


 それが、レイラ=ヴィルレスト


 だが、彼女は、自身の武を磨き上げ、才を伸ばし、今から4年前、若干20歳での第2騎士団副団長への就任を成し遂げることで、王国内外にて名を上げることに成功する。


 そんな彼女の異名は、ラスティンの影槍。


 第2騎士団団長エドワード=ラスティンを支えし副官として、多大な戦功を積み上げたことを評されたことに加え、国主たるクリストフより賜った二つ名――影槍が、彼女の異名の由来である。


「そもそも、アレでしょ?」

「んあ?」

「ディーのことだから、ついつい本気、出しちゃったんでしょ?」

「公爵夫人が危なかったから、つい、な……」

「あぁ、なるほど……そりゃあ評価も上がるね」

「給金が増えるのは大歓迎なんだけど、忙しくなるのはな……家族サービスの時間が、ますます減っていく……」

「ははっ、遅かれ早かれ、いずれはこうなってたんじゃないかなぁ。それに、書簡の内容自体は、申し分ないと思うよ?」

「見たのか?」

「いやいや、まさか。概要だけを知らされてるのさ。ウチにも関わることだからねぇ……あ、もう一つの書簡じゃないかな?」

「正直なところ、コレだけで腹一杯なんだよなぁ……優遇なんて言葉が霞んで見えるくらいの好条件だぞ、これ――」

「だろうねぇ……僕に子供がいたら、是非ともお願い――」

「――!?」

「ん、どうかしたか」


 突如、身体をビクッと震わせたレイラに対し、心配するデイビッド。顔を横に振ることで問題がないことを示した彼女だが、その心中の様子は真逆――深刻な問題が発生していた。

 さて、彼女の本質は、目に映るような部分には現れず、だからこそ、彼女の本性を知ることなど容易には出来ないのだが、ナヴァル王国に存在する一部の者達に限っては、その範疇はんちゅうに入ることはない。

 ここで、彼女の本性を知る者の1人であり、彼女の本質、その方向性を決定づけた、とある人物の名を挙げよう。


 ――セレスティナ=A=ナヴァル。


 レイラ=ヴィルレスト、彼女もまた、ナヴァル王国第1王女の同志であり、彼女のような者を、異世界たる地球では、このように呼んでいた。


 ――腐女子。


 男性同士がアレやコレやと絡んでは、何かしらを勤しむ創作物、所謂いわゆるBoys Loveボーイズ ラブなシチュエーションを空想妄想しては愉しむ婦女子を指す言葉、それが腐女子。

 そして、彼女の趣味嗜好の方向性において、最も大切な要素が存在する。


 ――年上趣味。


 第2騎士団副団長レイラ=ヴィルレスト最推しのカップリングが何であるか、予想はだろうが、敢えて述べよう。


 ――エドワード × デイビッド。


 年齢を感じさせない容姿――線が細く、平民出でありながら、その辺の貴族よりも美しさを感じさせる――エドワードと、平民らしい素朴な容姿でありながらも鍛え抜かれた肉体美を想像させるデイビッド、この2人が絡む姿を空想妄想することこそが、レイラにとってのライフワークとなっていることに気づいている者は、極めて少ない。

 無表情女などと揶揄からかわれることもあるレイラ=ヴィルレストが、その裏で、男性同士のカップリングを妄想していることに気づく者など皆無であろう。

 先程、エドワードの口から子供というワードが出た瞬間、思わずビクッとしてしまったのは、彼女のBL魂に火をべたからに他ならない。


 あの時の彼女の心境は――


(こ、こここここ、こど、子供……ですかっ!? だ、だだだ、誰と、だ、誰……そんな……まさかっ!? い、いけません、いけませんよデイビッドさん、あんなに綺麗な奥様がいるのに……いえ、愛妻家であるデイビッドさんからアクションを起こすとは考えにくい、つまり……エドワード、団長、からっ!? いけませんいけません、そんな……そんなこと……ああ、でも……でもっ!! 愛の形は、人それぞれ……仕方ありません、仕方がないのです!!)


 ――と、このように、当人にとっては間違いなく、深刻な問題への対応に追われていたのである。


 ところで、レイラ=ヴィルレストという女性騎士が、腐女子と呼ばれる者であることを理解した筈だが、ナヴァル王国において、彼女や第1王女のような趣味嗜好の持ち主というのは、特殊な例であるのだろうか――否。

 今現在のナヴァル王国では、異性だろうと同性であろうと、そこに愛があるのならば問題ない――自由恋愛主義という風潮が、平民貴族問わずに広がりつつある。


 そのきっかけは勿論、セレスティナ=A=ナヴァルの行動であり、建国祭にて展示された、数々の写真や動画である。


 見目麗しい男女を被写体、もしくは演者とし、性的になることのないよう表現された美しい作品の数々は、王国民を魅了し、恋愛において起こり得るシチュエーションとして認識させる。

 そして、老若男女問わず、恋すること、愛すること、それぞれの捉え方に変化が生じ、年齢差も性差も種族差も、恋し愛す者達にとって、何ら障害にならぬことを示した。

 セレスティナ=A=ナヴァルは、そこに確かにある平和の形を、王国に住まう全ての人々に示したのである。

 無論、当の本人にそんな高尚なことをしたつもりは毛頭無く、ただただ己の欲望を現実にしていただけだが、結果として、人々に変化を与えたことに変わりはない。


 セレスティナ=A=ナヴァルという特異点が、まさに混沌へと導く者であると理解させるだけのイベントが、くだんの建国祭だった訳だ。




 何はともあれ、勘違いしてはならない、誤解してはならないことがある。




 混沌とは、進化、進歩、変化などの総称という理解であらねばならない。

 秩序とは、安定、平衡、停滞などの総称という理解であらねばならない。


 其此そこに、正義などという利己を満たす為だけの独善を混ぜてはならない。


 それは、呪いだ。

 これは、呪いだ。


 其此は、とうの昔に呪われていたのだ。


 どこかの誰かにだけ都合の良い正義、そんなひとがりな正義を良しと思い込まされ、排他的な安定こそが正義であると刷り込まれる。

 どこかの誰かが安全に停滞、それが秩序であると誤認していることにも気付けない。


 これが、呪いでなければ何だというのか。


 悲劇に類される現況にあると気付かせず、手遅れになるまで徹底的に追い込まれる。

 本来、指標の1つである秩序、導く者達の一角として認識されている秩序勢に属す者達、彼ら彼女らが有する善なる想いを、どこかの誰かが掲げし正義を成すことこそが、恒久的な平和に繋がる唯一の方法だと思い込ませる。


 そうして出来上がるのが、正義という名の甘くおぞましい猛毒で満たされた、秩序の皮を被った屠畜場とちくじょうであり、


 侵略する際に、物理的な武力や戦力しか選択肢が無いような、そんな視野の狭い雑魚同然の相手ならば、ここまでの惨状になることはなかった。

 その領域に届いてもいない原始的な技術力しか有していない天体など、ひとたまりも無いのだ。


 ――概念を変質させる。


 食用として最適な生物が天体上にて主導権を握れるように、厄介と思しき原生生物を滅ぼし、その後、ある程度の年月をかけて、自由にさせる。


 それは全て、来たるべき時の為。


 侵略されてることに気付くことなく、既に支配されてることに気付くことなく。

 自分達こそが、天体を支配する者である、そんな幻想にめられた者達の末路は、いつも変わらない。

 頃合いと判断されたのち、天体の全てを抵抗する間も与えずに収穫、有体ありていに言えば、星の生命全てを一瞬で凝縮することで巨大な魔力の塊と化し、それをエネルギー源とする。

 そして、その段階に到達することで、天体の価値を認め、有益だったかどうかを判断する。


 要するに、死して魔力になったことで、初めて価値を見出し始めるということであり、それ以前の、つまり、天体上で生を営んでいる状態の生物には、一切の価値が無いと、その者らは考えている。


 だが、それも当然のことではある。


 異世界たる地球の人族が、豚や牛などの他生物に、過度な期待はしないように。

 自分達の存在に気付くこともできない無能な生物など、喰らって力に変えること以外の使途があるとは思えない――我々にことが運命であり幸福なことなのだと、生かすも殺すも与えるのも奪うのも、自分達の自由であり強者の特権であると、そのような無慈悲な結論に達するのも仕方のないことかもしれない。

 事実として、その者らは一方的に勝利し、魔力の塊と化した者達はあっけなく負けた。

 そう、弱肉強食とは、疑う余地も過度な誇張も無く、世の常なのである。


 ともあれ、これが外天の支配者のやり方である。


 さて、ここでひとつ、出題させていただく。




 これは、何処どこについて語った物だろうか?










 出立当日――ナヴァル国境戦役が開戦してから数えること、

 合流予定地である平民街西の城門にて、デイビッドが出会ったのは、ラフながらも仕立ての良い服で飾られた、魔法師2人組。

 1人目は、ナヴァル王国の重鎮じゅうちん中の重鎮、名目の上では平民である、元王族の老魔法師――の、そっくりさん。

 2人目は、ナヴァル王国にて、上から数えた方が早いほどの強大な権力を実際に有する、あの第1王女――そっくりな美人魔法師。


(――いやだから、ご本人様方じゃん!?)


 片や、ナヴァルに数名存在する、生きる伝説の1人であり、とんがり帽子の奥に潜む、ハゲあがった頭がトレードマークの黒魔法師にして、ラーメン大好きジジイこと、黒淵のガデル。

 片や、建国祭を契機とし、ナヴァル王国の人々、特に女性から強く支持されている第1王女、市井にて、ナヴァルの奇才とも呼ばれている、セレスティナ=A=ナヴァル。


 そんな2人を見た瞬間、セレスティナの去り際の言葉が、デイビッドの脳裏に蘇る。




「助かったわ、デイビッド。じゃあ――!」




 そんな言葉を聞かされたデイビッドは――いやいや第1王女様にお会いする機会なんて、そうそうある訳ないんだから、単なる社交辞令だろう――そんな風に考えていたが、今は完全に理解しているだけに、疑問に思うことがあった。


(解散した時点で、エディに、書簡を送り終わってたってことだよな……ってことは、公爵夫人を守ったのとは関係なく、選ばれたってことか?)


 デイビッド宛ての書簡は3つ。


 1つは、指名依頼。

 1つは、報酬の内訳書。


 そして、残る1つこそが、デイビッドにとって、ナヴァル王国にとって、ガルディアナ大陸にとって、あまりにも重要な事柄である。

 だが、発起人であるセレスティナも、巻き込まれたデイビッドも、今の時点で、それほどまでに規模の大きな話になるとは、思ってもいなかった。

 最後の書簡、その内容とは、ナヴァル王国にて新たな騎士団――第3騎士団を設立し、その団長に、デイビッドを就けるというもの。


 そして、第3の騎士団の存在意義は、たった1つ――偉大なる天族の系譜に連なりし少女達、即ち、聖女の資格を有する稀有な存在を守り抜くこと。


 ナヴァル王国第3騎士団、別称として予定されている名称、――これもまた、かつての歴史には存在しないイレギュラーな事象であり、その言葉通りの、新たな騎士団である。

 正式な設立は、年を越してからになるものの、セレスティナの単なる思いつきではなく、国主クリストフも了承している歴とした国策であり、水面下で密かに動いていた大きな施策にして決定事項である――そんなことをも知らされたデイビッドの胃は、なんとも悲しげな痛みを本人へと送り届けていた。


 ただし、救いになるのは、団長就任要請に伴う、大盤振る舞いと呼ぶ他ない、豪奢な報酬。


 なにせ、別の書簡にてしたためた程であることからも、その内容の凄まじさを理解できる筈だ。

 そんな豪勢な報酬の中にあって、デイビッドにとっての目玉は、間違いなくコレである。


 ――魔法学院、特別入学枠。


 勿論もちろん、愛する子供達に捧げるべき報酬である。

 戦うお父さんは、いついかなる時も愛する妻と子供達を想い、想えるからこそ、ギリギリのところで力強く踏ん張れるのである。

 だが悲しいかな、それらの報酬を受け取る為の条件の1つに、第1王女セレスティナの要請に応じなければならないという制約が設けられていた。


 つまり――


(――家に帰りたぁぁぁぁぁいっ!!)


 デイビッドが、愛する妻子が待っている自宅に帰るのは、当分、先になるということ。




 王国騎士デイビッド、キュアノエイデス防衛戦への参戦が決定しました!! ということである。










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