炎燼の剣
こんなの、あんまりだ。
俺は、俺達は……これからだったのに……。
「――諦めないで」
もう……いや、だ。
「――ラティ!」
「まか、せて!」
赤茶色の毛色が鮮やかな豹頭の青年――
リグの声に合わせて、艶やかな黒い毛並みが特徴的な猫顔の彼女――魔法師ラティーナから放たれたのは、魔物の足下から空に向けて
「グァァァァッ!?」
――黒雷。
黒と黄の複合属性式の魔柱の中でもポピュラーな、しかし、その威力は折り紙つきといえる
だが、これだけでは終わらない。
「エレス、クライド、合わせろ――」
「うん!」
「あいよ!!」
誰か1人の攻撃だけで攻勢を終わらせないだけの
「『我が血、我が魂に絡みし
エレスと呼ばれた耳の長い少女が唱えたと同時に、クライドと呼ばれた赤髪の青年が、肩に担ぐ
すると、彼の意思に呼応したかのように剣身が脈動し、紅き光印が刃の表面をなぞるように
レアスキルである『炎剣術』を十全に発動した炎剣士クライドは、黒雷をその身に受けたことで悶え苦しむ巨体へ向けて、渾身の一振りを見舞う。
炎剣を振るうクライドには目もくれず、エレスはなおも唱え続ける。すると、奏でられた音に応えるように、エレスが両手で携える白き大弓が明滅し始める。
命の聖樹、災禍の邪木に並ぶ、ユグドレアに存在する樹木の内、最高峰と呼べる力を備える最古の樹木――ガルガドの古木、その破片を素材とし創られた、聖弓や厄弓に比する旧き大弓。
それが、古弓ファルティア。
ファルティアの本領は、黒無の二根源を除く、赤青緑黄白の五根源との感応を――極致へと至らせることにある。
無窮なる白の古弓に矢をつがえながらエレスが唱えていくそれは、エレスの血族が奉りし守護の力、その一端を世界に顕現する伝承されし魔術。
「――大いなる根源の一たる緑源、古今無双たる大眷属にして
――
魔力媒体に
完成した式を
それが
「我望みしは
「応! 」
つがえた
エレスの血族――魔弓術を継承してきた一族は、其の大いなる魔を
束ねられし龍の威を以って撃ち放たれるは、血族に伝承されし大いなる一矢。
白きエルフの勇猛なる血族――メルシードであり、かつて破天の集いと呼ばれた者達の1人が残した、天なる邪を滅する
それは、緑源から引き出される風威の極致と、
未だ完成には至らない未熟なエレスといえど、僅かな時の間ならば容易く
「我ら
シュッと、空気を裂く音が鳴る。それは、ただただ平常な一矢から聞こえてくるような音。
4人が相対している巨大な魔物の叫びで、いとも簡単に掻き消されてもおかしくない、そのか細い音がもたらしたのは――破壊の奔流。
結果、巨体を誇る魔物
「上出来だ!」
エレスが生み出した翠風龍の嵐を見据え、黒白の特大剣を担ぎ直したクライド。
忘れてはならない事実。
彼ら彼女らは、冒険者パーティ――炎燼の剣。
「起きろ――ヴァルブレイズ!」
故に、彼は
白と黒が交差する剣刃、それはクライドの愛剣ヴァルブレイズが、
「竜意継ぎし
魔導剣ヴァルブレイズ、その本質は、
その大半が赤き根源の守護者たる『
――剣の形をした竜の炎。
さらに特筆すべきは、魔導器作成の核である魔石であり、ヴァルブレイズに使われているものは最上と呼べるカテゴリーに位置し、相応の価値を持つ。
その魔物は、冒険者ギルドにおいて特別扱いされている証である、ある区分に含まれている。
特記敵性体、個体名――イモータルバイツ。
現在でいう神魔金等級の魔物であり、ヒュドラと呼ばれる9つの首を持つ魔物、その変異種であるイモータルバイツから得た魔石が、ヴァルブレイズの中核にて眠る。
『紅蓮竜』の素材。
純隕鉄と神魔金。
ヒュドラ変異種イモータルバイツの魔石。
これら伝説級の素材で造られたヴァルブレイズは、ランベルジュ皇国に総本部を置く魔導師協会から、魔導器:刀剣カテゴリーにて最高評価の星8を与えられている。
それが魔導剣ヴァルブレイズ、
そして、魔導剣最強クラスの性能を誇る特大剣がもたらすは、炎の道を征く者達が憧れる、真紅に彩られた
九頭の龍より、竜の炎を現出する。
現代の魔道に於いて、一つの魔法、二つの魔術、三つの魔導を合わせることで再現するそれを、唯一つの魔導で凌駕する。
剛盾と黒雷、炎剣が動きを止め。
伝承の矢が嵐を生み。
九頭龍の竜炎を壱なる焔とし、
九頭龍の竜炎が、壱なる刃を
「――
これこそが魔導剣ヴァルブレイズの真の姿。
頭上に掲げられた九つの炎が一つとなり、振り下ろされ、翠風龍の嵐と重なることであらゆるものをも爆滅させる極炎を生む。
翠風と紅蓮が交わり産まれし
ゆえにその一振りこそが――炎燼の剣。
天ツ裂キの特性である事象変動によって翠風龍の風の指向性は変わり、魔物だけに向かう。
膨大な炎熱の塊である壱握の終火が種火となることで巻き起こる爆炎の大渦。
これこそが、オリハルコン等級冒険者パーティである炎燼の剣が、数々の神魔金等級の魔物を沈めてきた、確殺かつ必殺のコンビネーション。
彼ら彼女らは、冒険者ギルドから神魔金等級と認められた数少ない冒険者であり、疑いようもないほどの強者であり、事実、これまでも神魔金等級に指定されている魔物達を屠ってきた。
今回と同じように、炎燼の剣の一振りを以って。
つまり、今現在、炎の渦中でもがく魔物もまた、神魔金等級であると、4人は疑念を抱きながらも、そのように結論づけていた。
疑念。
それは、対峙した魔物が、
獅子と山羊の双頭、尻尾の部位に蛇を生やす、四足歩行の大型の魔物。
星銀等級認定種――キマイラ。
4人の前に現れた魔物はキマイラに酷く似ていたが、戦闘を開始してからすぐに、違和を見せつけられることになる。
巨獣種の一角であるキマイラにはさまざまな亜種が存在する。4人が対峙することになったキマイラもまたそういった亜種の類、通常のキマイラよりも体格がいいだけの魔物かと思っていた。
しかし、戦い始めてすぐに知ることになる。
通常のキマイラが取ることのないその行動を見た瞬間、浅はかな考えだったと気づく。
尻尾の蛇による毒霧。
獅子頭からの火炎放射。
山羊頭がけたたましく鳴くことで発生する音波による聴覚への攻撃と、その余波である衝撃波、不快な音そのものによる精神攻撃。
これらは、数多のキマイラがとる通常的な行動。なんの違和感もない。
獅子頭の炎と尻尾の蛇が撒く毒霧の合わせ技で、敵の視界を塞ぐ。
これも正常。
炎と毒霧で自らの姿を隠したと同時に山羊頭が一鳴きし、その直後、
これこそが異常。
凄腕の冒険者パーティらしく油断はしていなかったため、4人全員が不意に襲いかかってきた氷柱は回避したが、問題はそこではない。
足下から氷柱を生やす。
偶発的な自然現象ではないのなら、それは誰かの魔道的行動である。
確率の高い順で挙げるなら、以下の3つが考えられる。
氷の魔導器。
水系統魔術。
青魔法。
炎燼の剣の4人が持つ魔導器の暴走――そもそも氷の魔導器を所持していない。
キマイラが魔導器を使った様子もない――人型の魔物ではないので順当といえる。
つまり、氷柱発生は魔導器によるものではない。
では、水系統の魔術だろうか。
魔術師でもある魔弓術士エレスの仕業――仲間へ攻撃する理由が彼女には存在しない。
魔物であるキマイラの仕業――各
以上のことから魔術でもないといえる。
残るは青魔法。
炎燼の剣の4人の中に青魔法適性のある者はいない。それはつまり、先ほどの氷柱はキマイラの青魔法ということになり、青の根源に繋がっている証左となる。
キマイラは本来、赤と緑の根源に繋がる魔物だが、今回、炎燼の剣が遭遇したキマイラは青魔法をも扱う特異な個体。
冒険者も傭兵も魔物も、根源との繋がりがひとつ増えれば、等級が最低でもひとつ上がるのは、いわばユグドレアの常識。
すなわち、4人が対峙するキマイラは最低でも神魔金等級の魔物であるということ。
同じ結論に至った4人は、ほぼ同時に危機感を覚え、リーダーであるクライドに視線が集中し、彼は呟く。
――いくぜ。
その瞬間、目の前のキマイラのような異質な魔物は、暫定的に神魔金等級とみなされた。
だからこそ炎燼の剣は、その名の由来を現実に示したのである。
きっかけは、とある事件だった。
ナヴァル王国との国境線に最も近い、ランベルジュ皇国西部に位置する皇国最西の大都市――
ランベルジュ皇国の首都であり、遊興の戯都の別名でも知られる皇都アスクレイドからフリードリヒトをも越えて、ナヴァル王国東部にまで広がる大草原地帯――ドグル大平原。
大平原を分かつように延びるのは、整然と揃えられた石畳の双道――ドグル街道。
事件は、皇国自慢の街道で起こった。
魔導大国であるランベルジュ皇国では、当然のように長距離空間転移陣が採用されている。
だが、一時期、貴族達による犯罪的不正利用が横行していたことがあり、現在では皇族主導の監査組織によって空間転移自体が厳重に管理されている。
そのため、空間転移陣の代用とするべく、ランベルジュ皇国自慢の魔導技術で舗装された長大な街道――皇国路と呼称される道が、皇国中に延び敷かれることになったのである。
――失踪。
その事件は、皇国路の中でも有名な1本であるドグル街道で起きた。
ランベルジュ皇国にとってドグル街道は重要な交易路であり軍事路。だからこそ皇国魔導騎士団内にドグル街道支部を設立し、街道が持つ機能性が正常に滞りなく回るように配慮していた。
そんなある日、警備にあたっていたはずの隊員達の一部と定期連絡が取れなくなってしまった。
ランベルジュ皇国では、
当然ながら、ドグル街道警備隊も同じ連絡法を採用しており、日中の間は狼煙、夜間は魔導器、1日にそれぞれ2回ずつ、計4回の定期連絡が義務となっている。
隊員達との連絡が途絶えたのは4回目。
野営地の設置を終え、束の間の休息に入る前に行なう、締めの連絡のはずだった。
ドグル大平原の魔物は、魔導騎士団や傭兵、冒険者の活躍と貢献もあってそれほど多くはない。その事実は多くの人々に知られているため、ドグル街道は比較的安全な道として利用されている。
とはいえ、魔物が全く存在しないというわけではなく、特にドグル大平原西部と隣接しているガルガド大樹海付近では、領域から溢れてくる魔物が多く存在する。
そういった事情もあり、警備隊の一部から連絡が来ないのは、突発的な魔物の掃討が発生したからだと判断された。
こういった連絡の遅れは、警備隊員達にとっては日常茶飯事、極々ありふれた小さなトラブルでしかない。そもそも、緊急事態であれば狼煙の一本でも上がるはずなのだから。
だが、翌日の朝になっても連絡は来なかった。
不穏な流れを振り払うかのように、警備隊長は即座に捜索隊を編成、最後に連絡があったガルガド大樹海付近へと送り出す。
――捜索隊からの連絡が途絶えた。
まずい、と。
明らかに何かが起きていることを感じ取った警備隊長は、皇都アスクレイドに本拠を構える魔導騎士団本部へ魔導器による連絡を入れる。
その後、警備隊員50名からなる捜索隊を編成し、魔導騎士団ドグル街道支部より出立した。
翌日、警備隊長率いる捜索隊との連絡が途絶え、音信不通となる。
これには魔導騎士団首脳陣も騒然し、由々しき事態であると判断。
魔導騎士団に於ける斥候部隊のひとつ、影に潜む耳とも称される
調査開始から数えて18日目。
魔導騎士団はその重い腰を上げ、冒険者ギルドと傭兵ギルドへと会合の打診をすることになる。
シャドウハウンド大隊が失踪した。
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