いのちだいじに、せかいかんもだいじに




「――ってこと、なんだけど……」

「むぅ……異世界からの輪廻転生とはのう……」

「なにがどうなってるのでしょうか、ガデル様」


 俺――田所たどころ しんは、今の俺とマルスの状況をサーナとガデルに説明した。するべきだと思えたからだ。


 ガルディアナ戦記の登場人物なら異世界、つまり俺がいた地球への理解もあるだろうし、生物が死んだ後、霊 子 領 域アストラルフィールドを経由する魂の循環、いわゆる輪廻転生を成すという思想が浸透しているはず。

 それなら下手に隠すよりも、マルスが田所 信の生まれ変わりの可能性が高いことを伝えた方が信用されるのでは――そう思ったからこそ俺は、田所 信のことを包み隠さず、2人に告げた。


(俺の知識と、今いるこの世界の状況にそこまで差がないのが1番楽ではあるんだけど……)


 今、俺が於かれている状況は、異世界転生モノお馴染みの、記憶思い出した系転生ってやつだろう。

 この手の異世界モノの作品でアドバンテージになるのは記憶と知識。俺がその恩恵を与かるには、一刻も早く、俺自身の信憑性を高める必要がある。

 だからこそ、俺が思い出せるサーナやガデルとの思い出が、アンチパシーブレイブクロニクルの知識によるものなのか、マルスの記憶なのか、早いとこ確認しなきゃならない。

 俺の記憶がマルスに上書きされたのか、俺とマルスの記憶が統合されたのか、あとは田所 信であると錯覚するようにマルスの記憶を改竄するなんていうヤバ過ぎるパターンもあり得ることを考慮したら、俺は他人を、いや最悪の場合、自分自身ですら信用できなくなる可能性だってある。

 現状、ガデルの屋敷の一室にいる俺に差し迫った命の危険は無い。だからこそ今は、なによりも状況の把握に努めるべきで、俺が何者かを、俺が頼れる人物は誰かを確かめなきゃならない。


 そんな考えから、色々思い出してはサーナとガデルに問いかけ、時に2人からの問いに答え、少しずつわかってきた。


(ああ、よかった……おそらくは記憶の統合だ。なら、この2人は絶対的に信頼できる、それに……)


 田所 信の知識とマルスの記憶、2人からの補足なんかを合わせてみると、明らかに差異があった。


 俺は、自分が田所 信だって確信してる。そうであるにもかかわらず、ガルディアナ戦記の知識を参照にしたマルスの行動と比べて、明らかにおかしな行動を見せているマルスの記憶を――俺が知ってるはずのないマルスの思い出を、俺は思い浮かべることができた。

 間違いない、俺とマルスの記憶は統合されてる。


 そんでもって、俺が今いるこの世界は、アンチパシーブレイブクロニクルそのままの世界じゃないこともわかった。


 もしも、今の俺が思い出せる記憶がマルスの記憶が誰かの手によって改竄かいざんされた結果生まれたものだとしても、記憶が不整合すぎるし、すぐに違和を感じて間違いなく異変に気付く。

 古今も場も問わず、何処かの誰かが他人の記憶を改竄する理由なんてのは、大半はそいつを利用する為で、整合性を保って改竄されていることを本人に気づかせないようにするべきだし、大抵はそうするはずだ。そうじゃなきゃ利用できないんだから。


 だからこそ、今の俺の記憶が改竄されている可能性は極めて低い。そして俺は、田所 信とマルス、2人の記憶を、思い出を、頭の中から呼び起こせる。


 つまり、俺の記憶は、田所 信とマルスの記憶を統合したものだってことだ。


 気になるのはマルスの人格や意識がどこに行ったのかだけど……正直わからない。俺の中に眠ってるのか、消えてしまったのか、それこそ俺と統合してしまったのか。これに関しては判断材料が無さすぎる。


 あと、向こうの俺――田所 信は……たぶん。


 頭の中に鳴り響いたアラート音と同時に襲いかかってきた焼けるような腹の痛み。おそらくは無防備な腹回りを刺されたんだろうな。

 今のフルダイブ型VR機器は、昔みたいに頭だけじゃなくて、RPGにありそうな胸当てがセットになっている。この胸当ては、胸まわりの臓器の保護と異常の検知のためらしい。

 理由としては、フルダイブした人が心臓や肺の疾患で亡くなる事故がそこそこあったから。

 長時間のフルダイブや潜った先で激しく感情を乱されると、現実の身体に影響を与えることが稀にあるらしく、その対策としてVR機器の形が変わっていったわけだ。

 そんなわけで、おそらく俺の死因は、無防備な腹部を刺されての失血死だろう。あの痛みを考えればそれ以外にはありえないよな。

 多分、強制ログアウト処置はされたんだろうけど、機器を外せないように拘束してあったら意味が無い、VRゲームの怖いところだよな。

 結局のところ、田所 信が死んだから、俺はマルスとして今この世界にいるんだろうけど、どうしてこうなったのか、理由とか原因はまったくもってわからないし、想像もつかない。


 てか、特定するピースが圧倒的に足りてないよな、これ。それに……向こうの俺が死んでる可能性が高い以上、帰れないよな、きっと……。




 ま、幸いにも、俺の大好きなアンチパシーブレイブクロニクルっぽい世界、しかも黒天のマルスっていう運営公認チートな裏ボスに生まれ変わったんだ、せいぜい楽しませてもらうかね……はぁ、誰に殺されたんだろ、俺……。










 いや違う、そうじゃない。

 なんでこんなもんがあんだよ、まじか……まじなのかよ!?

 確かにさ、アンブレそっくりな世界、しかもガルディアナ戦記を楽しめるんなら最高だとは思ったよ、まじで。


 けどこれは……なんか違くないかっ!?


「へいらっしゃい、なんにいたしましょうか?」




 異世界になんか持ち込んでんじゃねえよ、ファンタジーな世界観が台無しだよっ!?




 一通りの話を終えて、俺が田所 信でありマルスであることを、2人には信じてもらえた。

 夕方から話し込み、すっかり日も落ちた。そうなれば腹の虫も騒ぎ始めるのも当然なわけで。

 それならばと、王都で最近流行はやってる料理を食べることに決まったんだけど……まさかラーメンだとは思わなかった。


 完全に意表をつかれた、流石に想定外だわ。


「儂は塩にしとくかの、あとは煮卵……3個乗せとくれ。ほれサーナ、御主も決めい」

「いえ、私は――」

「サーナよ、儂はあと何回同じ問答をせねばならぬのだ…… 御主の忠義には感心するが――」


 てか、ラーメンにどんだけ馴染んでやがんだ、このジジイ、いや確かに煮卵は美味いんだろうけどもっ!?

 それにしても、この屋台とかものすごく完成度が高いんだよな……んー、どこからどうみてもラーメンだよな、これ。

 拉麺でもない、中華蕎麦でもない、日本独自の発展を遂げたジャパニーズフードの代名詞的存在であり、日本人お得意の魔改造を成されることが多い食べ物――ラーメン。

 いや、俺も好きだけどさ……ここ、ファンタジー世界じゃん……なんでラーメンなのよ、それとこれとは話が違うと思うんだわ、いや、まじでさ。


 誰だよ、広めた奴……いや、食べれんのは確かに嬉しいんだけどね……複雑だわ。


「マル……シン、様……何を頼まれますか?」

「いや、ホント無理しないでよ、サーナさん」

「いえ……私は貴方、様の従者ですので……」


 身体を震わせながら俺の側に控えようとしているのは、マルスの従者であるサーナ。彼女は、黒天のマルスが生涯で唯一愛したといわれてる女性だ。

 だからこそ、彼女が殺されたことでマルスがブチ切れて悪堕ちして、世界の敵になったわけだし。

 いやまぁ、実際ブチ切れ案件だよな……一途に愛している女を、よりにもよって味方だと思ってた奴らに殺されるとか……ホント気の毒すぎる、そりゃ暴れたくもなるわ。


「あー……俺はエルフセウユ…………これ、醤油だよな……うん、これにするわ。サーナさんもこれでいい?」

「いえ、私は――」

「あ、エルフセウユ2つ、いいっすかー」

「マ……シン様、私は――」

「ほら、サーナさんも座って座って」

「え、いや、あの――」


 2人に俺の自己紹介と事情をきっちり話し、今のマルスの近況を知らされ、ひとまず俺のことをシンとして扱うことを俺とガデルで決めた。

 男としても仕える主としてもマルスを愛してるサーナさんだからな……色々複雑な感情が渦巻いてるはずと、ガデルも同じ考えだったようで、サーナさんに関してはしばらく様子見が賢明と判断した。

 ま、なにはともあれ、俺が明日からやることは決まってる。

 この時代のマルス――13才のマルスが通っているナヴァル魔法学院に、24才の田所 信が殴り込みに行くっていう、中々に羞恥心を刺激する案件。

 さあ、魔法学院編の始まりだ!! とか、元気だせる状況じゃないんだよな……マルス、ホントに不憫な子。


 ま、俺が全部ひっくり返してやるけどな。


 そうなんだよな、考えようによっては今の状況、好都合ではあるんだ。

 今の俺なら、向こうでの最後の記憶――俺が最後に戦った相手である黒天のマルスを、俺達攻略組を相手にして敗北も許さなかった、最強にして最凶で最高の好敵手ライバルを、俺みたいなアンブレ廃人の熱を一度も失わせないでくれたを、クソッタレなから救えるかもしれない。


 見てろよ、黒天のマルス、俺がおまえに最高の喜劇を観せてやる。




 とりあえず今は、目の前にドンと座ってらっしゃる、凄まじく美味そうな醤油ラーメンを食べるとするか……って美味うんまっ!?




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