かん水、ゲットだぜ!




 その出会いは、あまりに唐突だった。


「これって……たい、か?」

「あ、ブリムルですね、焼いたり、スープにしたら美味しいんですよ」

「ブリムル……これものか?」


 宗茂とティアナは、デラルスレイク防衛都市最大の市場であるガルマン市場へとやってきた。

 目的は当然、宗茂が異世界の食材を識るためである。

 ちなみに、ガルマン市場のガルマンとは、デラルスレイク防衛都市で活躍する有名な商人の名前である。

 そんなガルマン市場、宗茂とティアナの2人だけで訪れたわけではない。


「はふっはふっ……あー、美味しいぃぃぃ!! やっぱり魚はここのが一番よね、あ、もうひとつもらえる?」


 ――エリザベート=B=ウィロウ。


 ナヴァル王国にとって希少な級鑑定師である彼女が、宗茂やティアナと行動を共にし始めたのは、つい先日のこと。

 彼女が、デラルスレイク防衛都市第二騎士団の食堂へと訪れた日の夜、宗茂が借りている部屋へと突然訪問してきたのだ。

 彼女は開口一番、宗茂に向けて言い放った。


「私、エリザ、あなたの仲間にして!」


 さすがの宗茂でも呆気にとられていたが、すぐさま返答の内容を思い浮かべるあたり、さすがは凄腕の傭兵である。

 宗茂は、エリザと名乗る彼女にこう答えた。


「……店員希望ということか?」

「へ、店員? あ、そうか、料理得意だもんね、お店開くの?」

「いや、趣味の一環……なぜ、知ってる?」

「ちょ、め、目が怖い、怖いから!? やめて、詳しく話すから、その目はやめて!?」


 そんなわけで、宗茂は彼女の事情を含めた様々なことを聞かされる。

 要約するならば、自分をかくまってほしいということ。

 異世界に来たばかりだからこそ、宗茂には一切のしがらみが存在せず、それ故に自由な立場である。


 強いていえば、ラーメンを思う存分楽しめる環境が欲しいということと、己の武を高めたいということが、宗茂の基本的な行動指針と言える。


 さて、特等級鑑定師であるエリザは、この世界では強者の部類に入る。

 そんな彼女が危機感を覚えるような存在に己の武を振るえる機会が増えるのは好都合――そのように結論付けた宗茂は、彼女の提案に合意、同道することを決めた。

 その後、ティアナのもとへ訪れ、事情を説明。

 ティアナも同道を望み、特等の特権を遠慮なく利用し、エリザの御付き兼宗茂の護衛役として連れて行くことが決まった。

 ちなみに、このような会話の結果、ティアナは宗茂達と行動を決めた。


「あ、聖女候補ちゃん、じゃなくて、ティアナちゃんだ! 近くで見るとますます可愛いわね……そうそう、と一緒に行動するのよ、ティアナちゃんも一緒に行きましょう! え、騎士の仕事、大丈夫、アタシがなんとかするから……ええ、任せなさい! それはそうとの髪、綺麗ねぇ……やっぱり聖女様は緑よね、最近は色とか関係なく候補を集めてるけど、あれってどうかと思うのよ。には緑が映え――」


 のちにティアナは語った――言葉の圧と距離感の詰め方がすごかったです、と。




 ともあれ、このような出会いを経て、3人は行動を共にすることを決めた。










「これでどうだ……いや、こうか?」


 お手製の釣竿で釣り上げた魚に向けて、どうにも覚束おぼつかない手つきで何かをしようとしている、黒髪の大男――本多 宗茂。

 特等級鑑定師であるエリザからの教えで、効率的な『鑑定』方法を教わった宗茂。

 どうにも気になることがあると伝え、ティアナとエリザを宿舎に残し、少しだけ別行動。


『鑑定』の実践も兼ねて、宗茂は単身デラルスレイクへとやってきた。


「お、見えてきた……なるほどな……」


 宗茂が釣り上げたのは、ナマズによく似た少々小型の魔物。『鑑定』の結果、キャルビアという名前で、生息場所は、湖のような淡水域らしい。

 宗茂は今、デラルスレイクに来ている――が、より正確にいうならば、デラルスレイクの北東域に来ている。

 湖の反対を向けば、大森林があり、雄大な山の尾根がはっきりと見える。


 そして、大森林と湖は、川で結ばれている。


 さて、このデラルスレイクでは、鯛が――金目鯛そっくりのブリムルという魚が獲れる。

 当然、ブリムルの『鑑定』は済ませてある。


 ブリムルの生息場所は、海のような――鹹水かんすい域。


 宗茂は、ラーメンが大好きである。

 食べるのも ――作るのも。

 だからこそ、そのことも知っている。

 ラーメンに欠かせない存在――麺。

 正確にいえば――中華麺。

 さて、中華麺に欠かせないものとは何か。


 ――かん水。


 そもそも宗茂は、デラルスレイク防衛都市内にパスタやうどんを提供する店はあるのに、ラーメン屋がないことに愕然としていた。

 この世界では、過去にも宗茂のような黒髪黒眼の異世界人が来るのは珍しくないらしい。


 そのことを話してくれたティアナの表情が少し曇っていたが、気にしないでくださいと言われたので、異世界の事情も常識も把握しきれていない宗茂は、その言葉に素直に従った。


 それはさておき、パスタやうどんは、過去の異世界人が伝えたものらしい。

 では、何故ラーメンは広めなかったのだと、宗茂は憤慨したが、すぐに冷静になった。

 少し考えることで、その理由がわかったからだ。


 それは、デラルスで金目鯛に似た魚が獲れると聞いた時から気になっていたことに繋がる。




 同時に、とあるパスタ屋で見かけた、細いパスタ麺の姿が、宗茂の脳裏に浮かんでいた。










 デラルスレイクでは、ナマズに似たキャルビアという淡水魚が獲れると同時に、金目鯛に似たブリムルという鹹水魚が獲れる。

 淡水魚と鹹水魚が獲れる水域を、地球ではこう呼ぶ。


 ――汽水域。


 つまり、デラルスレイクは、汽水湖であるということ。ちなみに、異世界の人々は、いろんな魚が獲れる湖という認識だった。

 それはさておき、デラルスレイクでは、中華麺に欠かせない素材であるかん水、それも汽水湖の液体かん水という、地球でも希少な天然かん水が採れるかもしれないという可能性に、宗茂は興奮していた。

 日本のラーメン屋が使うかん水は、化学合成することで造られた――人工物。無論、それが悪いということではない。

 だが、ラーメン好きの宗茂としては、天然物のかん水で作った中華麺でラーメンを作り、それを食してみたいに決まっているのだ。


 ならば、探さない訳にはいかないと、宗茂は早速行動に移る。


 だか、むやみやたらに探すのは効率が悪い。

 そこで、採取できそうな場所の絞り込みをある程度済ませるところから始める。

 とはいえ、そこまで大仰なことをするつもりは、宗茂にはない。


 そもそも、ここに来る前におおよその目安はついているからだ。


 まず、ブリムルのような鹹水魚が、デラルスレイクのどの辺りで取れるかを、漁師達に聞いておいた。その結果、西から南の水域で獲れることが判明した。

 次に、淡水が流れ込む川の位置。

 大森林に接している箇所――デラルスレイクの北から東の間に、計5本の川が繋がっていることを確認。

 つまり、その周囲からデラルスレイクの淡水域が作られているということ。


 ここまで分かれば、ほぼ答えにたどり着いたも同然である。


 デラルスレイクの淡水域と鹹水域が混ざり合うことで生まれた中央付近の汽水域、その西端から南端に存在する汽水域と鹹水域の――境界。

 そこに、デラルスレイクだけで獲れる唯一無二の天然かん水が存在するということだ。


 その後、宿舎に戻ってきた宗茂は、やや冷たいデラルスレイクを泳ぎ、採取地点ごとに分別して採取した天然かん水を用いた麺作りを始める。




 その光景を目撃したティアナとエリザは、少年のように無邪気な笑顔で鼻歌を披露している宗茂を見ては驚き、しかしすぐに笑顔になり、一緒に麺を作りはじめた。






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