お互いに嫌いなのに、お互いが大切な関係
「ち、ちがうよ。わたしは別に日向くんが嫌いなんて」
慌てた様子で、そう言い繕おうとする赤月。
だが、俺はその言葉に首を振ることで否定を示した。
「わかるんだよ」
「でも、本当にッ!」
「本当じゃねえよ。お前は自分を乱した俺に心底腹が立ってるはずだ」
まあ、断定できるようなことじゃない。だから、推量形で話している。
俺はエスパーでもなんでもないし、人の心なんてわかりやしないんだから、当然だ。
けれども、そうそう的外れでもないと思っている。
「俺も同じなんだよ。お前が嫌いな理由」
言うと赤月は驚いた顔をする。
「日向くんと同じ……?」
「ああ。俺に干渉してきて、俺の普通をことごとく乱していくから、俺はお前が嫌いなんだ」
けれども、それを最初にお前にしてしまったのは、俺だ。
「お前も、俺を知ってから不安になった、みたいなこと言ってたからな。急に現れた自分の価値観、というか世界観か。なんでもいいが、それを揺すぶる相手に腹が立つ。違うか?」
「……」
否定の言葉はない。その代わりに、彼女は俺のことをジッと見つめている。
俺はそれを肯定と受け取って、話を続ける。
「質問を変える。お前は今までの自分に後悔があるか?」
「……ない」
だろうな。そうだと思ったよ。
「人に好かれるように振舞うことは苦痛か?」
「苦痛じゃない」
「自分が人に影響を与える現状はイヤか?」
「イヤじゃない」
「一人でいることが寂しいと思うことが、間違いだと思うか?」
「間違いじゃない。だって、寂しいものは寂しい」
ああ、やっぱりそうだ。こいつは自分のことが嫌いだなんて思っちゃいない。自分が間違っているなんて思っちゃいない。
「じゃあ、最後だ。つっても、さっきも聞いたことだけどよ」
ふうと息を吐いて、彼女の目を見て言う。
「お前は本当に一人か?」
「……一人じゃない。みんながいる」
「なんだ、やっぱりお前自分のこと好きじゃねえか」
言って笑って見せると、赤月は顔を真っ赤にして俯いてしまう。
恥ずかしかったのだろうか。まあ、わかる。なんか、自分が好きってそれだけで聞くとナルシストっぽいもんな。
その様子に満足して、コーヒーカップに指をかけるが中はすっからかんだった。もう全部飲んでしまっていたらしい。何とも言えない気持ちになったが、仕方がないのでソーサーにカップを戻して、ため息を吐いた。
「日向くんは、さ」
しばしぼんやりとしていた俺に、赤月は顔を下に向けたままで、そう声をかけてくる。
「なんだ」
「……わたしが君のこと嫌いだって、思うんだよね」
その話か、と思いながら俺はそれに頷いた。
「まあ、そう思ってるし、それでほぼ間違いないと思ってる」
「……うん、わたしも間違ってないと思う」
さいで。
「でもさ、不思議だよね。わたしさ、君のことがすごく嫌いなんだって今まで気がつかなかった」
「それはお前が、そういうのに鈍いだけなんじゃねーの」
「うん、きっとそうなんだと思う」
だって、と赤月は言って真っ赤な顔でこちらを見て笑う。
「わたし、人のこと嫌いになったのって初めてだもん」
「……さいですか」
「あー、またそういう反応するー。わたし、日向くんのそういうとこきらーい」
自分の気持ちに気がついた瞬間、正直になり過ぎじゃないですかね。さっき君、もうちょっとマイルドな注意してなかった?
「じゃあ、どんな反応するのが正解なんだよ」
「え? うーん、喜ぶ、とか?」
「んだよそれ……」
人に嫌いって言われて喜ぶやつなんてどこにいるんだよ。傷つくわけでもないが、プラスの感情を持つわけがない。もしもそんなやつがいるなら、そいつはよっぽどのマゾヒストだ。
そんな風に俺が呆れていると、赤月は「だってさ」と言ってにやりと笑う。
「両想いってことじゃん、わたしたち」
そいつはまた、ずいぶんと魅力のない両想いである。
しかし、間違ってはいない。同じ想いを相手に対して抱いているという意味では、確かに両想いなのだと思う。
いや、マジで色気もへったくれもないし、少し足りとも嬉しくないのだから笑ってしまう。
けれども、それが存外悪くない。
だから、俺は確かめたくなった。
「んじゃなんだ、俺たちの関係ってのはお互いを嫌い合う関係か?」
「そうだね。でも、それだけでもないとわたしは思うのですよ」
ふふんと、鼻を鳴らして赤月が言った。
あまりピンと来ず、俺が首を傾げると、彼女はさらに調子に乗ったのか、さらに得意気になった。
「お互いに嫌いなのに、お互いが大切な関係、じゃないかな」
俺、こいつにその話しただろうか。
「……なんだよそれ」
困惑気味に俺がそう言うと、赤月はにししと笑う。
「わたし、日向くんほど鈍感じゃないからさ。君がわたしのことを大切にしようとしてくれてるのぐらいわかっちゃうよ」
今度は俺が赤面する番だった。
まさか、見抜かれているなんて思いもしなかった。
「……なんでそう思うんだ」
「だって、今まであんなに真剣に日向くんがわたしと話してくれることなんてなかったし。それに、言ってくれたでしょ。君が嫌いなのはわたしだけって」
「それは別に……」
そういうつもりで言ったわけではない、と言おうとして口を噤む。
あの時、何も考えず咄嗟に出た言葉がアレだったわけで、彼女の言う事にも一理あるような気がしたからだ。
居心地が悪くて、頭を掻いた。
「……もういい時間だし、そろそろ出るぞ」
「あ、話そらした」
「うっせ……」
ジトッとした目で、こちらを見る赤月を無視して立ち上がり、カップを返却口に置いて店を出ると、空はすでに薄っすら暗くなっていた。
それからしばらく店の前で待っていると、慌てた様子で赤月が出て来る。
彼女は俺を見つけると、少し驚きながら、
「待っててくれたんだ」
「そりゃ待つだろ」
ここまで来て、一人でどっか行くってのも変な話だ。
「……どうする?」
しばらく黙っていると、赤月がそう訊ねてくる。
「どうするって、もういい時間だし帰った方がいいんじゃないか?」
「それもそうだけどさ、日向くん、門限は?」
「特にないな。なんなら、このまま夜中まで外に出てても何も言われん」
「……それはどうなの?」
どうもこうもない。我が家は問題さえ起こさなければ、何時まで出歩こうが文句を言われることはないのだ。信頼されているから、なんだと俺は思っている。
まあ、流石に条例で決められている時間は守るけど、補導されたくないし。
「大丈夫ならいいけどさー。ちょっと付き合って欲しい場所があるんだ」
「構わないが、場所は?」
「近くだよ、ちょっと歩くけど」
そう言って、歩き始めた赤月に付き従うようにして俺も歩き始める。
しばらくそのまま歩いていると、なんとなく彼女の行こうとしている場所がわかった。
「なあ、赤月」
「なに?」
「着いたら焼きとうもろこし買ってもいいか?」
「あ、いいね! わたしも買おうかな」
「ああ、なら半分いるか?」
「いいの?」
「全部食ったら夕飯入らなさそうだからな」
「やった! ありがとう!」
そんな風にどうでもいいことを話しながら、もう少し歩いてやって来たのは大きな公園だ。
この公園は縦に長くて、あまり遊具がない。代わりに噴水だとか、赤と緑の立派な塔があったりする。クリスマスの時期にはイルミネーションが設置されたり、毎年冬になると雪まつりが催されたりしている。
子供向けの公園というよりも、大人向けの公園だろうか。なんだか、そういう言い方をすると若干のいやらしさを感じなくもないが、全くそんなことはない。
今もちらほらとその辺りをカップルが歩いている。
とはいえ、子供の頃に何度も来たことがあるから気後れはあまりない。近くの屋台でトウモロコシを買うと、その辺りのベンチに腰を掛けた。
「ほれ」
買ったトウモロコシを半分にして、渡してやる。
「ありがと」
「どういたしまして」
言い合って、一口トウモロコシを口にする。
醤油の味がほどよいからか、トウモロコシの甘さが引き立っている。小さい頃に食べた時の味と、あまり変わりがないがそれがかえって懐かしく、心まで温まるような感慨を覚える。
「美味しいね」
「ああ」
笑いかけてくる赤月に、頷く。
「なんか意外だな」
「……何が?」
トウモロコシにかぶりつきながら、こちらを見てくる赤月にため息を吐く。
「いや、女子がそんな豪快に食うとは思わなかったから」
「トウモロコシって、こう食べるものでしょ?」
まあ、確かにそうか。某漫画家もそれがマナーだって言ってたしな。
納得して、俺もトウモロコシにまた口をつける。
そのまましばらくお互いに黙々と、トウモロコシを食べ続けた。
普通、こういう場所に来たら食べながらでも話をするんだろうが、この会話のない状況がとても「らしい」気がして好きだと、そう思った。
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