俺の世界に、彼女の居場所は存在しない
地下鉄を下りて改札を通ると、見知った顔がこちらに向かって手を挙げた。
ガタイが良いから無駄に目立つ彼は、木津良一。高校で出来た俺の唯一の友人だ。
正直な話、どうして俺みたいなのと仲良くしてくれているのかわからないほど活発で、明るくて、友人も多い。
出会った当初は関わりも薄くなるだろうと思っていたのだが、どういうわけだかこうして毎朝駅で待ってくれている。前世は犬かなにかのかもしれない。
「よっ、優斗。今日も今日とて陰気だな」
「うっせ、お前はいつも元気過ぎんだよ」
朝っぱら、しかも普通の高校生の朝よりも早い時間から、そのテンションでいるのは、素直に尊敬する。
なんなら、その元気を少し分けて欲しいぐらいである。
「元気なのはいいことだろ?」
「いや、そういう意味で言ってないっつの。皮肉っておわかり?」
「ふっ、もちろんお見通しだ。この木津良一様にかかれば、日向優斗の考えなどお見通しなわけよ」
元気が有り余っているのだろう。木津はオーバーに体を動かして、指で眼鏡を作りながらそう言った。
「それ、歩きながらやると他の人の邪魔だぞ」
そんな俺の忠告も虚しく、木津の体が近くを歩いていた同じ学校の生徒の体に当たる。
「あ、す、すいません」
咄嗟に頭を下げた木津に、ぶつかられた生徒は苦笑しながら「大丈夫」と言って、歩いていった。
「はあ、またやっちまった」
「言わんこっちゃねえな」
「優斗がもうちょい早く言ってくれよお」
そんな木津の人頼りな発言にため息を吐きながら、学校までの短い道のりをくだらない話をしながら歩いた。
生徒玄関を通ったところで木津は部活の朝練があるため靴をそこで脱いで、更衣室へと向かって行った。
それを見送って、地下にある下駄箱で上靴に履き替えていると後ろから肩を叩かれる。
「おはよっ!」
「……」
振りかえった俺にそう挨拶をして来たのは、昨日、俺が呼び出されたと知るや、そそくさと逃げ出した裏切り者であった。
「ひ、日向くん?」
しばらく黙っていると、困ったように赤月が名前を呼んでくる。
俺は一度、辺りに視線を向けて他に生徒がいないことを確認すると、小さく息を吐いた。
「ああ、おはよう」
「え、あ、うん」
返事をしてから歩き始めると、少し慌てた様子で赤月が追いかけて来て、不思議そうな顔でこちらを見る。
なんだその微妙な反応。なに、返事しない方が良かったのこれ。
「返事してくれると思わなかった……」
「おい」
自分から挨拶しておいて、そりゃないだろ。
「だってさ、日向くん挨拶しても返してくれたことなかったし」
「……そうだっけか」
そもそも赤月が俺に挨拶してきたことなんて今まであっただろうか。
「悪い、記憶にない」
「まあ、そうだろうけどさー。もう五月だけど、四月は朝見かける度に挨拶してたんだよ?」
「いや、普通そんだけ挨拶して無視されたらどうでもよくなるだろ……」
どんだけ強靭なメンタルしてるんだよ。俺なら一回無視されただけで、そいつに声かけなくなるぞ。
「やー、だってさ。せっかく同じクラスの仲間なんだから、みんなと仲良くしたいじゃん? だから、こう、いい機会になればと思って声をかけていたわけです」
「ほーん」
普通、そんなもんなのだろうか。
俺はクラスメイトなんて、まずだいたいのやつに興味が無い。興味が無い相手とつるむのは、無駄に体力を消費することに他ならないから、程良い距離感で最低限の関わりさえあればいいと思う。
挨拶すら返してないから、その最低限の関りすら出来ていない気はするんですけどね!
まあ、そこは木津がいるから何とかなっているような感じはある。SNSのクラスグループで話されていることなんか、大事なものからどうでもいいものまで、あいつが教えてくれるし。
「ま、いいんじゃねえの。普通なら通用すると思うぜ、それ」
「……もしかして、自分は普通じゃないって宣言してる?」
「ばっか、ちげえよ。ほら、俺は知らない人とは口をきかないようにしてるから」
「それ、クラスメイトに言うのってだいぶだと思うんだけど……本当に色々と拗らせてるよね、日向くんって」
「それも逆だ。世の中、狭い社会で人間関係を真面目に作ろうとしてるやつが多すぎんだよ。どうせ、卒業するなりなんなりして、関わりが薄くなれば切れる程度の浅い関係なのに、そんなものに必死になるのって馬鹿らしいだろ」
中学時代の友達なんて、卒業して一月も経たないうちに関わりなくなったしな。久しぶりに連絡してみたら、既読もつかないなんてザラである。
一生友達だとか言っていたが、ずいぶん短い一生だったように思う。
別に恨んじゃいない。繋ごうと思えばこちらからも繋げた関係なのだし、その上で向こうも、俺も、「なくてもいいもの」として扱ったわけだから、当然の結果だ。
そこまで考えて、ふと赤月を見れば彼女は少し暗い顔をしていた。
何か不味いことを言ってしまっただろうかと、不安に思っているとふと彼女が口を開く。
「日向くんはさみしくないの?」
「寂しいわけあるかよ」
友達が全くいない完全無欠のボッチマンならともかく、俺には勿体ないぐらい良い友達がいる。
部活の顧問とも、相手の性格はアレだが上手くやっているし、図書館に行けばそれなりに話す知人もいる。これで寂しがれという方が無茶だろう。
俺はこれ以上ないほどに恵まれた環境に居る。
人によっては静かで、寂しい人間関係のように思うのかもしれない。けれども、俺はそんな小規模な自分の人間関係が好きだった。
だが、そこに赤月は含まれない。
俺の世界に、彼女の居場所は存在しない。
「そっか」
赤月が小さく頷いた。
「そうだ」
俺は頷き返して、彼女から離れる。教室に着いたからだ。
窓側最後尾と廊下側最前列。
これが俺と彼女の適切で、当たり前の距離感だ。
それは依然として変わらない。変わらない、はずなのだ。
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