星の間にこの歌を
蓬葉 yomoginoha
世々経とも
荒い呼吸のまま彼女は、乱れた髪の毛と着物を整えて、立ち上がった。
「
「……」
別れの時だった。しかしこの感情は恐らく、この
「
「はい」
「真に、お前は、空へ昇ってしまうのか」
「……」
彼女の元に通うようになってからもう長い時間が経つ。それこそ、彼女との間に断ち切れぬ
それなのに彼女は、にわかに言った。
私は、月の遥かの空よりやってきたのです。人並みになったならば戻って来いという、約束なのです。
「なあ、お前はそれでよいのか」
「よい、悪いではないのです。そうですね、言うなればこれは、
「しかし……」
「安心してください。
「……」
「信じられませぬか?」
「
愚かな言葉だったかもしれない。私はお前を信じ切れていないのだと言うようなものなのだから。
「……わかりました。それならば、こうしましょう」
すると彼女は長い髪の毛をぷつりと抜いて、
「これは」
「あなたと私を
「……」
その糸を私は束ねて、
「あなたを憎んで、嫌って、この世を去るのではないのです。それは、どうか……どうか信じてほしいのです」
彼女は綺麗なその瞳から、一滴の
「それなら、私はこの花を」
庭に生えたつばきの枝を手折って、私は手渡した。彼女は
彼女の冷ややかな手を握り、顔を見ぬまま瞳を閉じる。
瞳の裏の暗闇、彼女の玉のように綺麗な声が、ひとつ古歌をなぞった。
―
七夕に
その歌は、まるで私たちの未来を示すようなものに思えた。
目を開くと、夜は去ってしまっていた。空に
彼女はもうそこにはいなかった。ただ
私はそれを束ねて、紙に包んだ。
「ちちうえー」
まだ歳ふたつの息子がこちらにかけよってきた。慌てたように
「
「
「よいよい」
頭を撫でると、彼は部屋を見回して小首を傾げた。
「ちちうえ、ははうえはいらっしゃらないのですか?」
「……」
「ちちうえ?」
「母上は、お
「はーさようですか」
「さあ、今日も学問に励みなさい。和泉殿、頼んだぞ」
「はい、御屋形様」
乳母に連れられて、元丸は私の部屋を出て行った。
紙に包んだ糸を
目にも耳にもさやかに見えぬ初秋、これより来る、うら悲しい季節も耐えてみせようと、私は溜息を吐いた。
――――――――――
作者より
これは序章です。
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