第10話 退屈と陰鬱な関係

 近所の猫が死んだ。

 どうやら退屈に殺されたらしい。

 「退屈は猫をも殺す」というが、「退屈」は最も多くの生命を死まで追い込んだものだと思う。


 人生は、退屈で埋め尽くされている。例えるなら、それは退屈な映画。

 退屈な朝、退屈な通勤、景色、人間、男、女。儀式、仕事、会合。そして、退屈な上に終わらない、日課、暮らし、風景、街、客、飯、夜、会話、毎日。

 魅力もなく、かといってこちらに興味を持たせるものもない。


「朝は退屈ってよりも陰鬱よねぇ」

 退屈なベットの中で、少しだけ退屈ではなかった女が、寄り添いながら、私の胸を指でなぞった。

「陰鬱な朝か」

「退屈な朝は無くても、陰鬱な朝はあるわ」

 彼女は唇を私の耳につけながら、続けた。

 雨、顔つき、気持ち。風景、心。粘っこくて、鬱陶しいもの。

「陰鬱は飽きないの。心は晴れないけど」

「それは、僕と君の関係のことかい? 今日、旦那さんはまだ帰らないの?」

「出張って言ってきたから。今日は勝手にご飯済ませるんじゃないかしら」

「そうか」

「ねぇ」

 ベットサイドのランプが揺れるたび、彼女の顔の陰翳は暖かく変化した。

「この関係は退屈? 陰鬱?」

 彼女と目が合った。彼女の目を見て、死んだ猫を思い出した。退屈に殺された猫。退屈ではなく、陰鬱だったら、この猫は、まだ私の足元で鳴いていたんだろうか。

「え、うーん。そうだなぁ」

 彼女から目を逸らし、天井をじっと見ながら、答えた。

 地獄にも、退屈と陰鬱はあるのだろうか。


「そうか。じゃあ。猫を殺したのは、倫理ってことになるのかなぁ」

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