不穏な夜
闇の静寂は身体を震わせる。初春の風はまだ冷たい。
部活動体験だということで制服で行こうかと思ったが、夜外を制服で出歩けば補導されかねない。兄のお古の色
まだほんのりと午前中に降った雨の香りが鼻を刺激する。しかし、この香りは嫌いではない。
セットするのも
事前に木嶋に連絡をし、行きはバスで、帰りは私の兄が迎えに来てくれることを告げた。車はないのでバイクの後ろに乗せてあげてと頼むと、兄は
人気のない夜道をしばらく走ると川が見えてくる。
街灯の光すら届かない川は、まるで闇底へと続く穴のように真っ黒に塗りたくられている。ノイズにも似た川音が私を誘う。
ただの部活動体験だというのに、私の胸はざわついていた。
駅から公園へと向かう歩道の途中で、真っ白なコートを着た小柄な少女の姿が見えた。花の描かれた肩掛け鞄を提げている。
「木嶋さん」
声をかけると少女がこちらに顔を向けた。
「堂城さん」
にこやかに微笑みを見せる木嶋は顔色が悪かった。
「堂城さんありがとう」
「え?」
「帰り、お兄さんに頼んでくれて」
「ああ、全然いいよ。兄ちゃん心配性だから多分何も言わなくても迎えに行くって言ってたと思うから」
「優しいね」
冷たい声でそう言う。彼女の身体は震えていた。
「大丈夫か?」
「え? 何が?」
きょとんとした調子で返すが、明らかに顔が強張っていた。
「顔色悪いぞ?」
「え、そう?」
一言そう返し、彼女は前を向いた。
左右に深々とした木々が不気味な音を立ててざわめいている。林道の砂利道に、車輪の回る音とふたりの砂利を踏みしめる音が届く。
静かな夜。なのに、私の心臓の音が
彼女はまるで、何かに怯えているようにコートの
学校に忍び込むことに不安を感じているそれとは違う、何か別の──。
と、突然ジーンズのポケットに入れていたスマホが震え出した。
スマホを殆ど使用しない私は普段は鞄に仕舞っているのだが、何かあった時すぐに連絡できるようポケットに入れておきなさい、という兄の言葉に従ったのだ。
スマホを取り出し、画面を確認すると兄からのメールだった。
『気をつけろよ。なんだか嫌な予感がするんだ』
一言、そう書かれていた。
不安を煽るような言葉を送りつけるなよ。
心中で舌打ちする。
兄の予感はよく当たるのだ。だからますます自身の感じている不安が、気のせいなどではないことが現実味を帯び始めていた。
「ねえ、堂城さん」
彼女が振り向く。
「ん?」
「やっぱり疲れるね、この坂道」
荒く息をする彼女はいつもの笑顔に戻っていた。
ホッと、私は息を吐いた。
「そうだな」
ああ、いつもの彼女だ。
しばらく歩くと左に道が分かれた。まっすぐ進めば左手に滝野森高校の正門が見え、左に曲がれば右手に裏門が見えてくるはずだ。集合場所は裏門なので、ここを左に曲がる。
裏門の前は街灯に照らされ、数人の人影が立ち並んでいた。その中でも飛び抜けて長身の人影がこちらに気付き、両手を大きく振っている。
まるでトーテムポールだ。
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