噂
放課後、重い足を持ち上げて私は教室を後にした。
昨日、同中学の先輩である矢神れいに誘われた『超常現象研究部』に顔を出す為だ。
超研は特別棟4階の南端の空き教室を部室に使用しているらしい。1年2組からだと、教室を出て斜め向かいに設けられた渡り廊下を渡って右に折れた先にある。
渡り廊下に差し掛かったところで背後からの陽気な声にどきりとした。
「いやあ、かんかん照りだね」
渡り廊下の左右に取り付けられた
そして、その後ろから「待ってぇ」と木嶋も駆けてくる。
「堂城さん、超研に行くんでしょ? 私も行く」
そう言って木嶋は私の隣に並ぶ。んふふ、と微笑む木嶋はどこか楽しそうだった。
だが、彼女が同行してくれると正直心強い。れい先輩と会うのは、少し緊張するのだ。昨日まではそんなことはなかったはずなのに、どうしてだろう。
因みに朝芽野は元々超研に行く予定があったそうで、彼も当たり前のように同行している。
「一年生の担任も大変だね」
後ろを歩く朝芽野はやれやれと言わんばかりに両手を広げた。
このオーバーリアクションがどこか嘘くさい。
「色々準備しないといけないんだね。さっき大荷物を台車に乗せて運んでいたよ」
「先生も大変なんだよね。私達が夏休みでも学校行かなきゃだし」
まるで自分のことのように木嶋は息を洩らす。
いつの頃からか下級生が上階の教室、上級生になるほど階下へ降りていくという仕組みが私の中で一般化されていたが、てっきりそれは上級生になるほど必要になる荷物が多くなるから負担を軽減する為だと思っていた。
しかし、どうやらそうでもなさそうだ。むしろ新入生の方が荷物は多いのではないだろうか。
特別棟に続く渡り廊下は少し窮屈な造りだった。
嵌め殺しの窓に囲まれていることもあり、2人の声も
ふと、木嶋が「あっ」と立ち止まった。
「どうしたの?」
「あの金髪の人が言ってたのってもしかしてアレなんじゃないかな」
「アレ?」
「あの人は駐輪場に霊がいるって言ってたんだよね」
どうやら昼休みに体育教師と揉めていた金髪頭のことのようだ。
木嶋に訊ねられ、朝芽野は「うん」と頷いた。
「だったら多分アレだと思う」
「アレって?」
訊くと、彼女は私と朝芽野を手招きして顔を寄せるよう促した。
3人が渡り廊下で顔を寄せるその姿は
「実は、この高校には昔から噂されている七不思議があるんだよ」
私達にしか聞こえないような囁き声でわざと怖そうに語るが、木嶋の声自体が子供のような可愛らしい声なので迫力は皆無だった。
彼女は怪談を語るには向いていないだろう。
それにしても、七不思議ときたか。
小学校にも中学校にもそういう噂はあった。
音楽室でひとりでに鳴るピアノや目の動く肖像画。理科室の人体模型や校庭の池を泳ぐ人面魚。階段の踊り場に設置された鏡を特定の時間に覗くと自分の背中が映る、など。そして、7つの噂を見ると死んでしまうなんていう噂もあった。
しかし当然ながら、今まで学校でそんな不可解な死を遂げた人物を私は見たことがない。
人はどこかで非現実的なことを求める傾向がある。それが噂というものを生み出したに過ぎないのだ。
きっと私の学校の七不思議も、誰かが図書室の本などを参考にして広めただけだろう。
「へえ、七不思議かぁ」
真剣な面持ちで腕組みをする朝芽野は
「この高校にはそういう噂があるみたい」
噂はどこまでいっても噂。それ以上でも以下でもない。
私の表情を読み取ったのか、木嶋は不服そうに視線を向けた。
「堂城さん、絶対信じてないでしょ」
「そんなことない」
首を振るが表情は嘘をつけないらしい、木嶋の眉がだんだんと険しくなる。
「もうっ、どうして堂城さんはこういう噂信じないの?」
「信じたところで意味がないだろ」
木嶋は言い返すことなく口を
何かを察した、のか……?
再び歩を進め、渡り廊下を過ぎたところで私は息を呑んだ。
「特別棟って、木造建築なのか」
そこはまるで、タイムスリップしたかのように造りが一変したのだ。
「なんだか懐かしいな」
「木嶋さん、前の学校木造だったの?」
「うん。結構古かったからね」
木嶋はニコリと微笑んで頷く。
渡り廊下を渡った正面に本校舎同様、屋上へと続く階段があった。明らかに何年も使われていなさそうな古めかしい階段である。
廊下を南に進んでいる間、辺りには吹奏楽の演奏が流れていた。聴いたことのある曲なのだが曲名は浮かんでこない。ふんふんふん、とその曲を鼻歌で追いかける木嶋は機嫌が良さそうだ。対抗心でも抱いているのか、全く別の曲を歌う朝芽野の鼻歌が耳障りだった。
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