私掠船の牢獄 第四話 顔合わせ

 赤城市の城壁外に拡がる新市街、そのとある居酒屋でユニたちは乾杯をしていた。

 顔ぶれはユニ、ベテラン傭兵であるアシーズ、そしてゴードンだった。

 ユニとアシーズは冷たいビールを、下戸のゴードンはたっぷりの砂糖とバターが入った南方風の紅茶を飲んでいる。


 ユニがアスカ邸でゴードンを説得してから十日後のことであった。

 東北の蒼城市から南の果て赤城市までは、馬車なら一週間以上かかる。

 アスカからは「引継ぎだけでも一週間」と言われていたのに、十日後にゴードンがここにいるということは、いかに彼が張り切っているかを証明していた。


「それにしても助かったわ。

 アシーズさんがどこかの隊商の護衛で不在だったら、別の人を探さなきゃならなかったもの」


 ユニは口の周りにビールの泡をつけたまま、安堵の吐息を洩らした。


「ああ、例年なら俺もドワーフ市への護衛に行っていたところだが、今年はわけあって断っていたんだ。

 軍から連絡が来た時は驚いたが、ユニがらみだと聞いてな。

 面白そうだと思ったから引き受けた。

 それより〝アシーズさん〟はよせ。アシーズでいいぞ」


 ユニはうなずくと同時に、驚きで目をみはっていた。

「ええっ、じゃあアシーズはドワーフ市に行ったことがあるの?」


 髭面の中年男は笑いながら揚げた芋を口に放り込む。

「当たり前だ。

 この時期、まともな傭兵ならドワーフ市に集結している。

 あれは馬鹿みたいな金額が動く一大行事だからな」


 ゴードンが首を傾げた。

「何で今年は断ったんだ?

 俺は蒼城市にいたから仕方がないが、あんたなら引く手あまただろう」


 一瞬の間を置いて、二人の傭兵の会話の意味を理解したユニが、素っ頓狂な大声を上げる。

「えっ! じゃあゴードンもドワーフ市に行ったことがあるの?

 うそ、聞いてないわよ!」


 ゴードンは馬鹿にしたような目でユニを見た。

「だからアシーズが言っただろう。

 まともな傭兵なら、この時期はドワーフ市への護衛に雇われるんだよ」


 アシーズは苦笑を浮かべ、なぜ護衛を断ったのかというゴードンの質問に答えた。

「実を言うとな、三か月ほど前にサリーナが初めての〝里帰り〟をしたんだ」


 一瞬でユニの顔が素面しらふに戻った。


「里帰り……!

 サリーナって〝哭き女バンシー〟の名前なの?」


 彼は半分ほど残っていたビールを飲み干した。

「ああ、だから俺がこの世界を退場するまで、もう一年もない。

 今さら稼ぐ必要はないんだよ。

 この仕事を引き受けたのは、まぁ……お前さんに対する純粋な興味だな。

 ゴードンから聞いたが、南部密林の調査はいろいろ面白かったそうじゃないか?」


      *       *


 召喚士は能力が尽きると、契約に従って幻獣界に転生することになる。

 人によって違いはあるが、おおむね四十歳前後にそれ・・は訪れる。

 そして、その予兆となるのが〝里帰り〟だった。


 能力枯渇の約一年前から、召喚を解かないのにも関わらず、幻獣が勝手に元の世界に帰るという事象が起き始める。

 はじめのうちは数日で戻ってくるが、段々とその日数と頻度が増えてくるのだ。


 アシーズはもう四十歳を超していたから、これは当然の運命だった。

 同じ召喚士であるユニは、何度も召喚士がこの世界から消え去る現場を目撃していた。

 ゴードンは一般人であったが、王国民であるからこの辺の事情はよく承知している。


 愉快であるべき酒席は、いきなり重い空気に包まれてしまった。

 アシーズは少し困った顔をして、話題を変えてきた。


「それはそうと、ゴードン。

 軍嫌いのお前が、何だって第四軍の教官なんかやっているんだ?

 お前の親父さんは『血は争えん』とか言って、えらく喜んでいたが……」


「あら、ゴードンのお父さんって赤城市にいるの?」

 ユニが無邪気に訊ねる。


 アシーズはビールを吹き出しそうになった。

「何だ、お前知らなかったのか?

 こいつの親爺さんは、泣く子も黙る第三軍の鬼軍医様だぞ。

 ほら、この間の吸血鬼騒ぎの時、第四軍の鎧女を怒鳴りつけたっていう有名な方だ。

 ユニもあの事件に噛んでたんだよな? 顔くらいは知っているだろう」


「えーーーっ! あの軍医さんがゴードンのお父さんなの?」

 確かにユニは覚えていた。

 吸血鬼と戦い、全身十数か所を骨折したアスカを治療してくれた軍医だ。

 重傷を負っていながら、平気で歩いて診察を受けに来たアスカを怒鳴りつけた声は、今でも耳に残っている。


「こいつの家は爺さんの代から軍人の家系でな。

 ゴードンはそれを嫌って家を飛び出し、傭兵をしていたんだよ。

 それなのに蒼城市で軍の教官だとは笑わせるぜ。

 最近お前が姿を見せないもんだから、ミリィが寂しがっているぞ!

 今夜にでも行ってやれ」


 ユニの目がきらりと光り、一方のゴードンは慌てふためいた。

「おいっ、ちょっ、待て!

 その話は後で……」


 大柄なゴードンをぐいと押しのけ、ユニが身を乗り出した。

「へぇ~、その話、ちょっと詳しく聞きたいわね。

 アスカってひとがありながら、この男は二股かけてたってわけ?」


「おまっ、人聞きの悪いことを言うなっ!

 俺はミリィに手を出したことはないぞ!

 神に誓う! 断じて俺は潔白なんだ!

 てめえ、ユニ!

 アスカに変なことを吹き込んだら、殺すからな!!」


 たちまちアシーズの顔に意地の悪い笑みが浮かんだ。


「ほお~!

 何だ、そっちの方こそ面白そうな話じゃないか。

 お前、手を出していないという割には、護衛仕事から帰るたびにミリィに土産を買ってきたじゃないか?

 東沿岸産の真珠の首輪なんて、そう気軽に買えたもんじゃないぞ。

 あれが下心と言わずに――」


 アシーズの言葉は途中で途切れた。

 ゴードンがいきなり立ち上がって彼に殴りかかったからだ。


 椅子が倒れ、二人の大男が床に倒れ込む。

 まだ外は明るく店の中には十人も客がいなかったが、いい具合に酔っ払った客たちはげらげら笑いながら一斉に囃し立てた。

 酒場では、こうした〝見世物〟が格好の肴となるのだ。

 

 しかし、勝負はあっけなくついてしまった。

 アシーズに馬乗りになったゴードンは、どこをどうされたかも分からぬうちに体を入れ替えられ、あっという間に腕を極められて動けなくなった。

 そしてアシーズはいつの間に取り出したのか、細いロープでじたばたするゴードンを縛り上げ、ついでにテーブルナプキンで猿轡をして黙らせたのだ。


「んー! むー!」


 呻くゴードンにひと蹴り浴びせると、アシーズは〝ぱんぱん〟と手をはたいて転がった椅子を戻して座り直した。


「それで――ユニ、お前さっき〝アスカと二股〟とか言ってたよな?

 ひょっとしてこいつ、ノートン少将と付き合っているのか?」


 アシーズの手際に圧倒されたユニは、声を出せずにこくこくとうなずく。


「本当の話なのか!」

 彼は絶句した。


「だっ、だが、俺もノートン少将を見たことがあるが、あの女はゴードンよりもデカいだろう?

 聞いた話じゃ、オークとも素手でやり合えるそうじゃないか。

 ゴードンよりも強いんじゃないのか?」


 我に返ったユニも勢い込んで応じる。

「そうなのよ!

 南部密林に一緒に行ったのがきっかけだったんだけど、その間、毎日二人で稽古試合をしてたの。

 でも、ゴードンは得意の槍でどうにか五本に一本取れるかどうかだったわ。

 それが帰ってきたらいつの間にか仲良くなっててね。

 もう半年前からアスカの家に居候しているの。

 この仕事もアスカとの挙式代を稼ぐためだって、ほいほいやってきたのよ!」


「そっ、そこまで話が進んでいるのか!

 こいつ、いい歳こいて図体はデカいのに奥手で有名だったんだぞ?

 どうやってあのオーク女の股を開かせたんだ!」


 ユニがたちまち顔をしかめた。


「ちょっと、アシーズ!

 下品な言い方は止めてちょうだい!

 あたしはアスカの親友として祝福してるのよ。

 あなたもあんまりゴードンをからかわないで」


      *       *


 いましめを解かれ、憮然とした表情のゴードンを間に挟み、ユニとアシーズは具体的な計画を話し合った。


「とにかく、二人ともドワーフ市に行ったことがあるなら話が早いわ。

 ドワーフ市は六月の上旬だって聞いているけど、あと三週間しかないのよね。

 間に合うかしら?」


「それは心配いらねえよ」

 ぶすっとした顔でゴードンが答える。


「市が開かれるテバイ村、俺たちはドワーフ村って呼んでいたがな――までは二週間もあれば余裕で着く」


 ユニはテーブルに広げられた地図を覗き込んだ。

 参謀本部でアリストアが描いた略図と違い、ちゃんと売られているものだ。


「でも、地図で見る限りは相当遠いわよ。

 何でそんなに早く着けるの?」


 アシーズがその説明を引き受けた。

「一番時間がかかるのは、ハラル海の中にあるオアシス都市アギルまでだ。

 岩石砂漠の中を進むから、見た目より距離が稼げない。恐らく八日くらいかかるだろうな。

 アギルは北のコルドラ山脈を水源としたユルフリ川沿いにある。

 だからこの町に入れば、あとは川を船で下って一気にセレキアまで行けるんだ。

 アギルからセレキアまで三日、そこからドワーフ村までも三日あれば着けるだろう」


 ユニは安堵の息をついた。

 なにしろ彼女は地理に疎い。たまたま知り合いだった二人の傭兵が、道案内を兼ねてくれるのは大助かりだった。


「王国の商人とアギルはあまり交流がないんだ。

 そのために整備された街道がない。一応の道はあるが、往来する人間が少ないから荒れているのは覚悟をしておけ。

 まぁ、ユニはオオカミに乗るから問題ないだろう。

 俺とゴードンはラクダで行くことになる。

 水と食料、それにラクダの飼料で荷車も一台いるな。

 金は大丈夫なのか?」


 ユニは懐からずしりと重い革袋を取り出して見せた。

「半分以上は金貨よ。出所はドワーフみたいだけどね。

 ……そう言えば、何だってドワーフは市を開いて武器や防具を売らなきゃならないの?

 彼らはできるだけ人間と関りを持たないようにしているのよね」


「何だ、知らないのか」

 アシーズが呆れたような声を出す。


「ドワーフは山に穴を掘って、その中で暮らしているんだ。

 鉱石を掘り尽くした坑道は、畑や牧場にして食糧を確保している」


「ちょっと待って。

 そこって洞窟の中よね。

 暗い中でどうやって作物が育つの?」


「それがな、ドワーフは地中から〝太陽石〟っていうのを掘り出しているらしい。

 こいつは太陽と同じ光を放つ石なんだそうだ。

 それで作物や家畜を育てているって話だ」


「その〝太陽石〟って永久に使えるの?」


「いや、せいぜい一か月程度しか持たないらしい。

 だが、光らなくなった太陽石を地上に出して陽光に当てると、三日くらいでまた使えるようになるそうだ。

 ――ところが、だ。

 ドワーフは大喰らいだ。おまけに喰う以上に酒を飲む。

 酒の原料は何だ? そう、穀類だ」


 アシーズは「もう分かっただろう」という顔をした。

 ユニは溜め息をついて答えた。


「つまり、人間から酒や食糧を買うためのお金が必要なのね?」


 アシーズはうなずいた。

「そういうことだ。

 テバイ村の連中は、市で商品の売り子を務めるだけじゃない。

 ドワーフに代わって定期的に酒や食糧を仕入れ、彼らに納入するのも大事な仕事なんだ。もちろん、ドワーフからは十分な手数料が支払われる。

 あの村の人間はドワーフ村と呼ばれるくらい、完全にドワーフに依存して暮らしている。

 だからこそ、ドワーフも村の連中を信用しているんだがな」


 ユニは四杯目のビールをぐいっと飲み干し、だん! と卓上に置いた。


「話は分かったわ。

 明日の午後いちで出発しましょう!」


 だが、立ち上がろうとしたユニをアシーズが押しとどめる。

「待てよ、赤龍帝への挨拶はどうするんだ?

 俺が呼び出されて事情を説明された後で、リディア閣下は『ユニが来たら是非顔を見せるように伝えてたもれ』とおっしゃっていたぞ?」


 ユニは肩を落とし、海よりも深い溜め息を洩らした。

 リディアが露出の多い部屋着姿で、「ユ~ニ~!」と叫びながら飛びついてくる姿、そして果てしなく続くお喋りが脳裏に浮かんできたのだ。


「なぁ~にが『たもれ』よ!

 気が重いけど、明日の午前中に一応顔だけは出してやるわ。

 午後に出発の予定だって言えば、そう長い時間拘束される心配はないでしょうから」


 アシーズは少し驚いたような顔をする。

「おいおい、そんなことを言っていいのか?

 赤龍帝は歳若いが、落ち着いた立派な方だぞ。

 今回の件でも骨を折ってくれたんだ、ちょっと言葉が過ぎるだろう」


「アシーズはあのの本性を知らないからそんなことを言うのよ。

 リディアは恐ろしく外面がいいけど、裏じゃ十五、六の娘と変わらない、とんでもないじゃじゃ馬よ。

 二人っきりになった時、あのがどれだけあたしにベタベタ甘えるか、見せてあげたいわ!」


 アシーズはあまり納得していないようだった。

 赤龍帝リディアは、赤城市の市民から〝姫さま〟と呼ばれて大変な人気だった。

 彼も市民の一人であるから、尊敬しつつもどこか父親のような温かい視線で見ていたのだ。


「いや、それはどっちかって言うと羨ましい話だぞ。

 俺が代わりたいくらいだ。

 あんな可愛らしい女の子に甘えられるなんて、どれだけ役得なんだよ!」


 ユニは今度こそ、憤然として席を立った。


「ああっ、もうっ!

 本当っに男って、どうしようもないわねっ!」

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