第5章 艦隊を得る手段
第92話
なんとか内政が軌道に乗り始めたところで一つ問題が発生した。
前方は山が守ってくれているが海岸はがらんと空いていた。
海が敵の侵入を阻止してくれているのは事実だ。
だからこの地を選んだわけだが、周辺国に艦隊があるとなれば話は違う。
「ブリジトの問題点だが」
「はい」
「どうして艦船がたったの4隻しかないんだ」
「それには訳があります。先々代のブリジトの王だったと思いますが、エストレンとの海戦で大敗したとか。その後は制海権を完全に奪われ海の上では手を失ってしまったそうです。エストレンといえば古代王国時代から海軍の強い国ではありませんか。古代王国時代、エストレンに巨大な港、そして大艦隊を作った彼らは大陸を越えて行きました。その大艦隊を作るのに率先して動いたのがまさに古代王国のエストレン家で、そんな彼らが国を建てたのですから代々海軍力が強いわけです」
そういえばそうだった。エストレンといえば港町。そして、海軍の国だ。
いっそのこと陸軍を育てた方がいいと判断し、それを実現したのが俺が殺したブリジトの王だった。
「それなら、むしろ問題は深刻だ。見てみろ」
俺は地図を指し示した。
エストレンからブリンヒル、ライへイン、ベルタクインへの航路はあまりに近すぎる。
エストレンが大艦隊で海に侵攻してくれば厄介な話。
前は山で塞がっていて横はどうにか防備するとしても海から来る敵には完全無防備だ。
他国と同盟でも結んで、一方は山から、もう一方は海から攻め込んで来れば問題は深刻となる。
いや、海からの侵攻だけでも問題だ。
山で囲まれているという地理的優位性は簡単に攻め込むことができないからこそ生まれるもの。
だが、海からとなれば攻め込むのは簡単だ。それに彼らが戦場を選ぶことになる。
海から入ってきて陸地で戦うことにはなるが、まだ整備もできていないこの地が戦場になってしまっては困る。
勝つ自信はあってもせっかく手入れをした農地なんかに深刻な被害を受ける可能性があるからだ。
安定化する前に、少なくとも一年以上はこの地が戦場になってはならない。
外に出て戦わず自分の領地を侵略されていては大陸統一など実現不可能な話でもある。
最も安全な居場所を作ってやるという言葉も嘘になってしまえば民の離脱まで起こるだろう。
沿岸部に住む漁民たちがいつ艦船が攻め込んで来るかわからないという不安に駆られているのに誰が住みたがるというのか。
それこそ裏口を開けておくような状況だ。
「それは確かに大きな問題ですが……。そうでなくても、閣下が亡くなってからブリジト地域を占領する過程で調べてみたところ、そんな混乱期にもエストレンに動きがなかったのには理由があるようです」
「どんな理由だ」
「現在、エストレンの国王は高齢のため戦争を回避しています。それに、この王が世継ぎを儲けることができず、次期王の推戴をめぐって派閥が分かれた貴族間で激しく紛争中だとか」
王位継承争い。
後継者が決まっていないことから、派閥ごとに自分たちが国政を掌握できるような王を立てようとするだろう。
「だから、戦争を起こす可能性は低い。そういうことか?」
「左様でございます」
フィハトリはうなずいたが俺はかなり否定的だった。
後継者問題までは思い出せなかったが、はっきりと記憶に残っているゲーム上の重要人物がいた。
このエストレンでは間もなくクーデターが起こる。
その人物は王権を掌握して征服戦争に乗り出すと、その優れた能力と大艦隊という特殊な兵科で大活躍を見せる。
今後、大陸の覇権をめぐって争うことになる人物へと成長するのだ。
そのクーデターはルナンの滅亡後に起きていた。
まだ起きていなければ間もなくということになる。
つまり、エストレンは後に完璧な危険国家になるということ。
「何よりもだ。このエストレンの大艦隊を我われのものにできたらどうだろうか?」
「エストレンの大艦隊をですか?」
フィハトリは何言ってるんだという顔で俺を見た。
攻め込まれることを心配していたのに突然突拍子もないことを口にしたのだから当然の反応だ。
「もし、我われがこの大艦隊を手にしたらどうなるかって話だ。山は敵の侵入を阻止してくれるが、その分我われが外へ出るのも不便だ。だが、こんな艦隊があれば大陸のどこであろうと簡単に移動できる」
「確かにそれはそうですね。艦隊があれば戦力の上昇は間違いありません」
だから、その艦隊を手に入れないと。
「エストレンに使者を送れ。同盟を要請する使臣団を派遣すると」
もちろん、彼らに全く得のないこの同盟を結んでくれるはずはなかった。
同盟など単なる言い訳だ。
がらんと空いた後方の危険を完全に取り除くこと。それが今の最大の課題。
15万ほどの兵力を要請し、少なくとも民心と農業の安定が保障されれば、そこからようやく建国を宣布して大陸に全面的に乗り出すことができるようになる。
いつ敵が攻め込んで来るかわからない状況で15万の兵力を養成することはできない。
頻繁に攻め込んで来れば兵力は減る一方だから。
15万の兵力を養成するためには人口をもっと増やす必要もある。
その人口問題の解決策も実はエストレンにあった。
***
ミリネはブリンヒル地域で代々農業を営む農民たちに会うために奔走していた。
本という本は全て渉猟し、任せられた仕事に取り組む姿勢はとても真剣だった。
ユラシアはそんなミリネについて回った。
彼女が持つ魅力度の作用で農民たちの協力はかなりのものだった。
そんなユラシアは軍隊の訓練も任されていてやるべきことが山積みだった。
「エストレン王国に行って来る」
俺はそんなユラシアのもとを訪ねて話しかけた。
「エストレン王国ですか? そこへはどうして?」
「後方の安全を図るために……というか」
「よくわかりませんが、準備します」
ユラシアは当然のごとく一緒に行くつもりでいた。
だが、今回はそうはいかない。彼女がブリンヒルにいなければうまく稼働しない部分が多いからだ。
今のブリンヒルの内政は全て彼女に助けられている。
軍隊の訓練も彼女がいた方が効率的だ。
詐欺的な付加効果を持つ人物だから。
さらに、人目を忍ぶためにも目立つ存在をつれて行くわけにはいかない。
ユラシアは存在そのものが目立つため今回は帯同するには向いていなかった。
「今回はひとりで行ってくる。その間、軍隊の訓練と内政を頼むぞ。君にはここにいてもらわないと困る」
「……」
その言葉に頬を膨らませるユラシア。気に入らない様子だ。金髪の眉をひそめたのが怖かった。
***
エストレンの港はやはり巨大だった。
まるでスエズ運河を見ているようだと言えば多少大げさだが、木製の艦船が集まるその風景は荘厳だった。
エストレンの港全体が軍船でいっぱいだ。
このエストレンでは得るべきものが多すぎる。
あんな規模の艦隊を新たに作るとなれば莫大な費用がかかる。金だけじゃない、それだけ時間もかかる。
大陸征伐が終わるまでに艦隊が完成するかも不確かだ。
港の船を見れば見るほど欲が湧くが、今はどうにも方法がない。
見ていたところで出るのは涎だけだ。俺はひとまず引き返してエストレンの王宮の方へ向かった。
とりあえずの目的は同盟だ。
もちろん、それが結ばれるはずはなかった。
あくまで表面的な訪問目的が同盟の要請ということ。
とにかく、事前に使節を送って意志を確認したところ訪問許可が下りたから王宮へやってきた。
エストレンの王は聞いていたように相当高齢だった。
あの王に子供がいないということだ。子なしということ自体が下半身に問題があるということを意味する。
性機能障害だとか、そんなとこだろう。
おかげで貴族同士で次期王位をめぐる争いが勃発し、あの見事な艦隊を使わずに腐らせていたというのがゲーム上の設定だが。
ぼさぼさの白髪をしたエストレンの王がじっと俺を見つめた。この王はどこにでもいるような平凡な国王だ。
王権が強いわけでもなく、だからといって貴族に完璧に国政を奪われたわけでもない、そんな状態?
「そなたがエイントリアンからの使臣か?」
「左様でございます」
王は俺のことをぼんやりと眺めると口を開いた。
「エイントリアンか……。陛下は古代王国の継承者だと思いになって訪問を許可されたようだが、今となっては辺境の領主の地位でしかない家門ではないか。ブリジトを占領したところで国家となるわけでもないのに、一体何の資格があって陛下に謁見することを申し出たんだ。しかも、生意気に自ら出向くわけでもなく家臣を送ってくるとはな!」
あからさまに敵意を表す貴族。ナルヤの16万の大軍を壊滅させたこともすでに噂になっているはずだが、その部分を除いて逃亡を強調するのは外交的優位を占めるためだということはわかる。
だが、当然いい気はしなかった。
だからといって顔に出すつもりはない。
なぜなら、今の俺はエイントリアン・エルヒンではなく、家臣メルヤ・ハディンのふりをしているからだ。
それに目的は同盟ではない。
目的はこの王宮に入ることだった。
門前払いされようが侮辱されようが、まずは入ってくることが目的だったということ。
[レチン・カシャク]
[年齢:34歳]
[武力:92]
[知力:81]
[指揮:90]
さらに最初の目的はまさに先走って俺に恥をかかせているこの貴族だった。
レチン・カシャク。
能力値はなかなかだ。全てが80以上のフィハトリに比べて90以上のものまであるからなおさら逸材だ。
そう、俺の知る人物。
クーデターを起こしてエストレンを掌握し大陸征伐に名乗りを上げる存在だ。
このクーデターが成功すればエイントリアンにも侵略してくる。
俺の噂を聞いてなおさら闘争心を燃やすやつだ。
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