第74話


* * *


間もなくナルヤがルナンを侵略する。

時は満ちた。

それならプレーもここからが本番だ。

いや、本番というよりはここからが始まりだった。

本来であれば、このゲームはルナン王国の滅亡から始まる。

ルナンの滅亡により周りの国々がその広い領土を占領しようと介入する。

戦争の時代が本格的に始まる導火線となるのだ。

その始まりは見送られたがルナンの滅亡は免れない。

俺は着実にその後の備えをしながら3ヵ月を過ごしてきた。

実はここからが最も難しい攻略となる。

知っている情報と塗り替えられた歴史が混在する時代だ。

ルナンが滅亡すれば、結局ゲームの歴史と同じように各国が動きを見せるはず。

ここで不測の事態が発生するが、それは『俺』という存在と失われたブリジト王国だ。

おそらく、ここでは予測のつかない多くのバタフライ効果が発生するだろう。

ゲームの歴史にあるように動くものもあれば、バタフライ効果によって予測できないことが多発する時代。

だから、なおさら危険なわけで命を大切にすべきだが。ますます面白くなるのも事実だ。

そんな時代における最初の戦略の一環として、俺は名目上エイントリアンにいない存在となる必要があった。

さっそくユラシアに頼んでロゼルンを動かした。

案の定、ルナンの王は憤怒し、俺はロゼルンへ行ってくるよう密命を受けた。

ドロイ商会を通じてナルヤ王国の侵略の知らせを聞いた今回の作戦は名分のためだった。

ルナンを滅ぼした男という声を聞くわけにはいかないだろ?

あくまでもルナンを滅ぼしたのは先を見据えずに俺をロゼルンに送ったルナンの王であるべきだったから。

そう、俺がロゼルンにいるというのは名目上の話であって、ナルヤは間もなく国境を越えてくるだろう。


* * *


「うあっ! 何だあれは!」


ルナンの国境哨所。

歩哨に立っていたルナンの兵士が驚いて転倒した。彼の目に映り込んだのはただならぬ数の兵力だった。

あっちにも兵士、こっちにも兵士。

その数、約15万。

膨大な兵力の中央にはフラン公爵家の旗が見える。公爵家の旗がナルヤ王国の旗と共にはためく。

さらに、ナルヤが誇る十武将の旗も随所ではためいていた。

前回とは規模そのものが違う大規模な遠征隊。


「わぁぁぁあああ!」


そのようにして、ナルヤ王国軍はルナンの国境の至る所に進撃を仕掛けてきた。

戦争の始まりを知らせる歓声と共に。

第一陣、第二陣、そして第三陣。それぞれに分けられた兵力がルナンの国境のあちこちから進撃してきた。

これは大陸が混沌の時代を迎えるシグナルでもあった。

大陸全体が戦争の渦に巻き込まれる合図ということだ。


* * *


「陛下! ナルヤ王国が侵略を!」


その報告を受けて王宮内は騒然となった。貴族たちは狼狽した様子で目を泳がせる。


「とうとう、あいつらが……!」


騒めき出す貴族たち。

ナルヤの脅威が完全に消えたわけでもないのにブリジトを手に入れようと国力を注ぎ込んでいる状況だった。

ブリジトの土地が与える甘い誘惑。

その代償は兵力不足だった。

だが、ローネンには考えがあった。

ブリジトの土地を占領すれば兵力を増強できる。それをもとにナルヤに対抗しようと考えたのだ。

ローネンがナルヤに放った斥候がフランに利用されて誤報を送ってきたのが大きかった。

ナルヤの再侵略はまだ先のことになるだろうといった虚偽情報を信じたのだ。

徹底的にやられてしまった王とローネン。

そんな状況で王はもちろんローネンや他の貴族たちの頭に思い浮かんだ人物はただひとり。

その名前を真っ先に口にしたのは王だった。


「今すぐエルヒンを王都に呼べ! 朕の擁護につかせる!」


王の言葉に貴族たちの表情は不可解な面持ちに一変した。

ローネンも呆れかえった顔でやれやれと首を振る。


「陛下、エルヒンはロゼルンへ送ったではありませんか!」

「何を言ってる! こんな状況で何がロゼルンだ!」


自らの判断であるにも一貫して知らないという態度の王を見た貴族たちは内心暴言を吐き始めた。


「約束の補償金を渡さないというロゼルンを罰するために彼を送ったではありませんか!」

「誰がそれを許したと? すぐに使いを送って呼び戻せ! 今すぐにだ! まだロゼルンに着いていないだろう」


王は怒鳴り散らした。


「陛下!」


その時、ひとりの兵士が滑り込むようにして入ってくると大殿に平伏せる。


「ベルン城を突破されました。話によれば、敵の数は10万を超えるとか……。いや、20万に及ぶかもしれません!」

「戯言はよせ! 20万だと? まさかそんな……! おい、あいつの首を刎ねろ! いや、それよりもエルヒンだ!  エルヒンを連れて来い! エルヒンを!」


王は他に対策を講じることもなくエルヒンの名前を叫ぶだけだった。


* * *


第一軍はナルヤの北部領地の連合軍で構成されていた。

第二軍は南部領地の連合軍。

彼らを総指揮するのは十武将で、その下にそれぞれ1万の兵力の指揮官として領主が置かれていた。

ナルヤ軍の総大将フラン·バルデスカはルナンの国境を越えるとあっという間に近隣の領地を占領してしまった。

今回の戦争では猛速でルナンの王都を占領しようと決めていた。肝心なのはルナンの王都だと思っていたから。

エルヒンが使臣としてロゼルンへ向かったという報告はとっくに受けていた。

しかし、フランはそれを罠だと考えたのだ。

エイントリアンで自分が目にしたもの、そして諜報を総合分析すると思い浮かぶのはひとつだけ。

彼もルナンを狙っていることだろう。

ルナンの王座を。

フランはそのように仮定して考えをまとめると彼の戦略が見えてきた。

彼はおそらく名分を得ようとするはずだ。

王の死後、その復讐のために動くという名分。

復讐という名分を立てルナンの兵力を吸収するつもりだろう。


「エイントリアン領地軍は何があろうとルナンの王都を救おうとするはずです。王が死んだ後にやってくるでしょう。 ここで重要なのは必ず王の死後に現れるということです」

「プッハッハ! 殿下、さすがです!」


第三軍の隊長ケディマンがフランにへつらいながら笑い出した。

第二軍の隊長イスティンは寡黙な男で有名なだけあって無言だったが同じような眼差しを送ってきていた。

それでもフランが先に王都を占領しようとするのはエルヒンの戦略を逆手にとるためだった。

大陸において最も堅固で高い城壁を誇るのがまさにルナン城だ。

そのルナン城をただくれるというのに断るわけにはいかない。

むしろ彼がルナン城を守備をしながら王を守るという戦略に出ていたら厄介だった。

だが、彼には王に対する忠誠心ではなく別の意図があったため、むしろそれはチャンスだ。

ルナン城を難無く手に入れてルナンの王を殺す。

王を殺せば彼の望み通りになってしまうがそんなことはどうでもよかった。

ルナン城を占領し敵の王を殺せば我が軍の士気に多大な影響を及ぼす。


その後、ルナンの兵力を吸収して勢力を伸ばし、名分と民心を得てから復讐を計画する?

それがエルヒンの戦略のようだがフランは首を横に振った。

そんな時間を与えるつもりは毛頭ないといおうか。


フランは指揮棒で地図を指し示しながら命令を下した。


「第二軍はリノン城へ向かいます。リノン城を陥落させたら王都前の関所を通じてルナン城に進撃するのです」


フランの言葉に第二軍の隊長イスティンは深く頭を下げると右手の拳で胸を叩いた。


「第三軍はベルン城を含む各城を陥落させたら第二軍と合流して王都に進撃します」

「はい! 総大将!」

「それと、第一軍は私と一緒に動きましょう。第二軍と第三軍が各城を陥落させている間に迂回して王都まで行きます!」


フランはそのように兵力を分けた。


「敵の王を殺したらすぐに第四軍は西の国境を通ってエイントリアンに進撃してください」

「そうなると、ルナンを救うために領地を出たエイントリアンの兵力は……」


ケディマンの質問にフランがうなずいた。


「エントリアンを守るために戻らざるをえないでしょう。我われはその後ろを追撃しながら敵に打撃を与えます。第二軍と合流してエイントリアンを包囲し殲滅すればルナンは完全に終わりです」


それがエルヒンの望む名分と民心を逆手にとったフランの戦略だった。

エイントリアンがルナンに援軍を送らなければ?

その時はルナンを占領してエイントリアンを孤立させればいいだけだった。

フランはむしろ名分のためにエルヒンは最悪の選択をするだろうと予想していた。


「もちろん……油断は禁物です」


その一方でフランは首を横に振った。それほど手強くない男だったなら、こんなふうに敵視していなかっただろうから。

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