第15話

「侍従長、一体何のまねだ」

「その……。ボルド子爵を解任して税制を整備なされると聞きました!」

「まあ、そのつもりだが。それとこの土下座に何の関係があるんだ」


 まさか、侍従長とボルド子爵に何らかの関係があるのか?

 だから良心が咎めて自首するつもりだとか?


「確か、先ほども女遊びはもうやめて領地の復興に尽力されると……」

「それがどうした」


 侍従長は俺の質問には答えず、むしろ別の話をしながら俺を見上げた。


「俺が急に変わったから、だがら疑っているのか?」


 もしかしてと思い、俺はひとまずそう言って後頭部を掻いた。確かに、侍従長なら本当のエルヒンと俺の違いに気づいて違和感を抱くこともあったはず。


「俺は子供の頃からこんなことを考えていた。多くのことを経験するべきだと。悪徳であってこそ同じ部類をふるいにかけて領地復興を夢見ることができる。だからこれまで耐えてきた。無能であることが噂となれば、俺のことを周りでもっと過小評価するだろう。まさにそこだ。だからこそナルヤ王国との戦いにも勝つことができた。今回の戦争で真の姿を明かせたから、これからは完全に真の姿に戻った領主を見せていこうと思う。騙すのはここまでだ!」

「最近になってご主人様の心境のご変化は十分に感じておりました。本当に感激です……。もしよろしければ、ご主人様の抱負をお聞かせ願えませんか?」


 侍従長は跪いたままの状態で立ち上がろうともせずにそう聞いた。どう見てもボルド子爵と何か関係があるようには見えなかった。もっとも、侍従長は先代の頃から長く仕えている上に先祖代々エイントリアン家に仕えてきた忠誠心の高い家柄の出身だ。


「抱負か……。それはまあ、エイントリアンの復興だろう。領民全員が豊かに暮らせるような、そんな領地にするつもりだ」

「……ああ、ご主人様! まさに先代領主様のお言葉どおりです! 私の息子だから、いつか私の意に従ってくれる日が来るだろうと、そう仰っていたご主人様のお言葉が……っ」


 何もそんなふうに泣かなくても。

 俺の変な詭弁は受け流した模様だ。もっとも、行動が変わってもその容姿と声は完全に同じ。だから、まったくの別人であるという想像なんかは現実的にできるはずがない。そんな超現実的なことについては考えたことすらないだろうから。

 まあそれでいい。


「もう立つんだ。そんなふうに跪いて……他の使用人に見られたらどうする」


 俺は侍従長の体を支えた。すると、侍従長はよろめきながら立ち上がる。そして再び俺に頭を下げると口を開いた。


「実は、ご主人様が先祖の思いを継げる男になったらその時に渡すようにと、先代領主様から言付かっているものがあるのです。私はずっとそれが気がかりで……。一日も早くお渡しできる日を待ち望んでまいりました!」


 前領主が息子のエルヒンに残したものがあるだと? どうやら、前領主も息子が天邪鬼であることは知っていたようだ。だから直接渡さずに分別がつくようになったら渡すよう侍従長に言付けてこの世を去ったのだろう。

 ところで、何だそれは? 遺書か? それとも遺品?


「父が俺に残したものがあると?」

「はい。こちらです。ようやくこの肩の荷が……」


 侍従長は俺を促しながら歩きだした。そんなわけで俺はひとまず後をついて行った。下の階へと、1階で止まらずにさらに下りて行った。かつて特典を獲得したあの位牌がある空間へと繋がる大きな鉄の扉が見えてきた。だが、侍従長はそこでも足を止めなかった。目的地は鉄扉の奥ではない模様。


「侍従長、そこは行き止まりだが?」


 俺は目に見えるままにそう言った。すると、侍従長は首を横に振る。


「確かに行き止まりですが、ここには私と先代領主様だけの知る秘密があるのです」


 侍従長はそう言うと、身に着けていたペンダントを突き当りの壁にかざした。

 すると突然、壁に巨大なマナの陣が描かれる。魔法陣のような類だ。

 主にこの世界でスキルを発動すると現れる。

 マナの陣が消えると同時に壁が消えた。

 そして、そこには下へと続く階段があった。


「ご主人様、こちらです」


 侍従長は落ち着いた様子でその階段を下りて行った。領主城にこんな空間が隠れていたのか。言葉を失った俺は突然出現した空間をしばらく眺めてから慌てて侍従長の後を追った。かなり長い階段だった。周囲は暗黒だ。漆黒の空間。その空間で階段だけが光を放っていた。マナが関係する空間であることには間違いなさそうだ。

 まず入口の時点であからさまにマナが使われた空間だから。


 俺の前を歩いていた侍従長がようやく立ち止まった。ついに階段が終わったようだ。そこで俺も速度を上げた。階段を下りきって侍従長の隣に立つと、彼は前方を指し示した。


「あちらです。ご主人様。エイントリアン王国時代から他国の餌食になって国境の伯爵となったこれまでの間、国の復興のために集めてきた宝石であります!」


 その方向に目を向けると、俺は眩しさのあまり目も開けられなかった。目を細めて少しずつ眩しい光に慣れたところでようやくその正体が明らかになった。目の前にあるのはおびただしい数の金塊だった。


「つまり……。これがエイントリアン家が代々に渡って国の復興を夢見て集めてきた……その軍資金ということか?」

「そのように聞いております。ご主人様、どうか先代領主様の胸中をお察しください。そうしていただけたら、私は今死んでも思い残すことはありません!」


 こんな儲け物があるか? エルヒンというキャラクターにこんな多くの金塊とは。

 世界制覇のための費用としてはまさに都合がいい。

 思わず笑みがこぼれた。

 こうなるといろんなことが変わってくる。頭を悩ませていたものが一つ解消されたも同然だ。領地の運営と戦争の準備。その力の蓄え。それで十分だから!




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