第14話

 *


 ボルド子爵の邸宅はハディン率いる領地軍に包囲され、おかげで彼の私兵はあっという間に制圧された。

 俺の前に連行されてきた子爵は自分にまったく非がないという顔をしている。


「閣下、これは一体! どうしてこんなことを!」

「とぼけるのか? 君が送りこんできたふたりの女がもうすべて自白したぞ」

「そ、そんな!」


 一瞬にして顔が真っ青になったボルド子爵は、すぐに平然とした顔つきになり首を横に振った。


「誤解です! 私が閣下を毒殺するなんて! そんなのはやつらの陰謀です!」

「毒殺? 俺は自白したとしか言っていないはずだが、なぜそのことを?」

「……」


 しらを切ろうとしたボルド子爵は黙り込んでしまった。自分自身に呆れた模様だ。

 意図したわけでもないのに自爆してしまったが、とにかくこれで領地の癌的存在を始末できる結果となったのは何よりだ。


「そそ、それは……。うっ、噂で聞いたんです!」

「まあ、そうでなくとも何かきな臭いものを感じていたところだ。調査に入るからおとなしくするんだな」

「こんなの横暴だ! おいっ、放せ!」


 当然、彼はおとなしくするどころか地団太を踏んで暴れ始めた。


「文官は邸宅の帳簿と書類を調べろ。それとハディン、君は兵士たちと子爵の全財産を探し出して集計するように!」

「はい、領主!」


 もちろん、それに構わず俺は邸宅の捜索を命じた。兵士と家臣が慌ただしくボルド子爵の家を調べ始めると、みるみるうちにボルド子爵の顔色が悪くなっていった。


「ふふっ、ふざけるな! すぐに俺の家から出て行け!」


 その足掻きに比例して、すぐに数々の金塊と財宝、そして土地の権利書などが集計された。そのほかにも倉庫いっぱいの穀物に、言葉にならないほどの贅沢品。

 そして、領主城の帳簿とボルド子爵の家から押収した帳簿を照合すると一致しない箇所がたくさんあった。つまり、子爵がかなりの税金を着服していたという話になる。


 俺が税金を上げようと言った時にボルド子爵が拒否したのにはすべて理由があったのだ。ボルド子爵は80%に達する税金にとどまらず、さらに裏で領民たちを収奪してほぼ100%に達する税金を巻き上げていた。追加で収奪した部分はそっくりそのまま自分の懐に入れて。

 おそらくそのお金で根回しでもしていたのだろう。


 ところが、これだけ重い税金が課されているのに領民たちの反乱は起きていない。

 その理由となるのは、まさに強力な身分制社会がもたらす恐怖心である。

 反乱を起こして領主を殺そうが結局は王国が介入する。

 何はともあれ、その結末は死。

 それでも、長い間これだけの税金が課されていればすでに何か起きていたはずだが、エルヒンが領主になって間もないため、今はまだ領民たちの不満が積もり始めた頃というか。

 エルヒンの父親は死んだばかりだから、ボルド子爵が領民を収奪し始めたのもここ最近ということ。


「かかかかかっ、閣下―!」


 ハディンが口角泡を飛ばす勢いで俺の元に駆けつけてきた。彼は戦争の後から俺に対する目つきががらりと変わった。尊敬の念が感じられるとでもいおうか。


「何をそんなに騒いでいる」

「これを見てください。書信です。ボルド子爵はナルヤ王国と内通していました!」


 そうか。それは確かに騒ぎ立てるほどのことではある。もちろん、ある程度予想できることではあった。俺を殺して領主になるためには外勢の力が必要となるだろうから。つまり、着服したお金でルナン王国ではなくナルヤ王国に根回しをしていたということだろ? 俺を殺したらこの領地をナルヤ王国に捧げて自分が領主にでもなろうと?


「つまり。ボルド子爵は80%まで税金を上げておいて、それにも満足できず裏で領民を収奪していた。さらには敵国と内通までしていたということだな?」


 書信を眺めながらそう言うと、ハディンは激しくうなずいた。


「ククッ。そうか。領主暗殺に内乱陰謀、税金収奪の名目でボルド子爵を下獄させろ!」


 腹が立つのはそんなやつでも貴族には変わりないということ。まだここは俺の国ではなくルナン王国の領地だから、王国法に基づき内乱陰謀など死刑に値する処罰は国王の許可が必要となる。

 まあそれでも、これだけの証拠があればいくら腐敗したルナン王国でも死刑を下すほかないだろう。他はともかくナルヤ王国と内通していたという事実はとても重大な内乱陰謀罪だから。

 もちろん、すべてはボルト子爵が企てたことで、領主になったばかりのエルヒンは何も知らなかったというシナリオを作らなければ。


「それと、王国法に基づき彼が着服した全財産を領地に帰属させる!」

「承知いたしました!」

「今後も領民を苦しめる家臣には全員このような処罰が下されるということを領地全体に知らせるように。これまで奸計を巡らせていたボルド子爵のことも天下に伝えろ!」


 そのようにボルド子爵を始末して財産をすべて押収すると、


[領地の資産が上昇しました。]

[+15,000,000 ルナン]


 領地の資産が飛躍的に上昇した。

[ルナン]はルナン王国の通貨単位だ。1500万ルナン。1年間の領地運営にかかる費用は1000万ルナンだ。つまり、1年間の領地運営に費やしても余るほどのお金を着服していたということ。

 現在のエイントリアンの資産は約3000万ルナン。

 そこにボルド子爵の財産を合わせると、


[45,000,000 ルナン]


 こんな数値になった。

 もちろん個人の財産にしては相当の金額だが、領地の運営資金とするには決して多いとはいえない。領地の運営に充てるだけなら十分だが、今後の戦争に備えて軍隊を育てることも考えると極端に乏しいお金だ。

 徴兵するだけでお金がかかる。そして、徴兵には制限もある。そもそも領地の人口が少なければ、徴兵人数を増やすことはできない。暮らしやすい領地を築けば、噂が広まって人口が流入するだろうから、多額の資金を費やしてでも農地の開拓は必要だ。

 つまり、戦争の準備はすべてがお金ということ。


 もちろん、今追加されたお金は大いに役立つだろう。今の領地に一番必要なのは兵力だから。ナルヤ王国との戦いで兵力が一気に減った。現在の領地軍の規模は約3000人だ。

 領地を防御するには完全に足りない。


[徴兵を行いますか?]

[現在の徴兵限度:15000人]


 ひとまず、徴兵に必要な費用を確認すべくシステムを起動した。そして、徴兵人数を1000人に設定してみる。


[2,000,000 ルナンを利用します。]


 1000人で200万ルナンなら1万人で2000万ルナンだ。やはり、とんでもなく費用がかかる。

 だが、これは投資すべきお金だった。あらかじめ精鋭軍を作っておくには少なくとも1万人は必要となる。今あるお金と人口の限界を考えれば、現実的な数字もまさに1万人。

 ただ、徴兵をした瞬間に民心は下がる。それは覚悟しなければならない。


「ハディン」

「はい、閣下!」

「ナルヤ王国の侵略でやむを得ず兵力の増員が必要だ」

「私もそう思います」


 ハディンがうなずいた。


「1万人ほどの徴兵を考えているんだが、君に訓練を頼みたい」

「そんな、急に1万人もですか?」

「兵糧ならここで押収した財産から十分に確保できる。何とかこの領地を守り抜くことが優先事項だ。領民をナルヤ王国の奴隷にさせるわけにはいかないだろ?」

「もちろんです。お任せいただければ……我が身を削ってでも強軍を作ってみせます! それでは……指揮官の座を解任される前から申し上げていた……」


 何か言いかけたハディンは急に黙り込んで俺の顔色をうかがい始めた。無駄口を叩いてしまったと思ったようだ。

 まあ、ハディンの指揮能力。その数値なら十分に信用してみるだけある。


「よし。信じて任せるとしよう。すぐに1万人の兵士を収集して訓練を徹底するように。本来の領地軍である3000人の訓練も同じだ!」

「はい、閣下!」


 それなら迷わず徴兵だ。


[20,000,000ルナンを利用しますか?]

[エイントリアン領地の兵力が+10000になりました。]

[領地軍の訓練度が10に低下しました。]

[領地軍の士気が20に低下しました。]

[領地の民心が20に低下しました。]


 そのように全兵力が13000人になった。

 多少上昇していた民心が一気に下がった。

 いくらナルヤ王国と戦争があったとはいえ、突然の大規模徴集だからこれは避けられない。急に民心が上がったのも戦争を阻止してくれたという希望によるもので、悪徳領主を見る目が変わったわけではないからなおさらだろう。

 さらに一瞬にして領地の資金が半分に減った。はぁ……。この世界でもやはりお金は重要だ。ものすごく重要なのだが、悪徳領主として残るわけにはいかない。税金もまた50%に調整したらその分の資金源も減る。ボルド子爵を始末したのはいいが相変わらず問題は尽きない。

 そこに、民心を高めなければならないという懸案まで目前に迫ってきた。


 *


 実際、天下統一を図るのに1万人は少ない方だ。だが、今はこれで満足するしかない。各種制限があるから。そもそも人口が足りないからもっと増やしたくてもそうはいかない。国境という危険がつきまとうエイントリアンの現在の人口はそれほど多い方ではないから。世界征服を達成するために俺がやるべきことは一つや二つではないということだ。


 一体どこから手をつけたらいいのやら。人材もお金もレベルも足りない。領地を育てるには、まずはレベルを上げなければならない。

 やることが山ほどある。

 決められたルートなどないため、むしろ余計に答えを見いだせない。

 ぼーっとした気分で領主城に戻った俺はすぐに寝室に向かった。夜も休まずに忙しく動き回ったおかげで、横になったらすぐに眠ってしまいそうだった。

 ところがその時、後ろを歩いていた侍従長が急に俺の前に出てきては土下座をした。


「ご主人様……」


 思いがけない行動をとった侍従長。なぜ急に土下座なんか?


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