第8話

*


 ナルヤ十武将の一人エブハン・ランドールは退屈な顔をして進軍を続けた。

 すると案の定、直属副官のゲタンも退屈そうな顔で不満を漏らす。


「指揮官に主力軍ではなく囮部隊を任せるなんてあんまりですよ」


 ゲタンの言葉にランドールは返答しなかった。それどころか、彼の発言を止めたりもしなかった。


「それより。エイントリアンの領主は嘆かわしいやつだとか?」

「はい、指揮官。見るまでもありません。諜報員によると領地軍もクズ同然です」

「クククククッッ。領主のやつ、今頃何も知らずに女どもと戯れているだろうな?」

「恐らく、そんなところかと。ただでさえ普段から酒と女に溺れているようなので」

「俺の槍がそんなクズの血で汚されるなんて堪らんな。王の命令だから仕方ないが……。よし。早いとこエイントリアンを滅ぼすとするか。それが俺の偉大さを証明してくれるはずだ!」


 *


[ナルヤ王国軍:12241人]

[エイントリアン領地軍:4914人]


 俺は[情報確認]を通じて兵力をスキャンした。こうして兵力の数値を確認できるのがこのゲームの強みだ。それが、このリアルな世界でもそのまま具現されていた。


 しかし、問題は。

 俺の命令どおりに動いてさえいれば、ここまでの被害は受けないはずだった。

 それなのに我が軍の数が急に減り始めていた。


[エイントリアン領地軍:4414人]


 はぁ。恐れていたとおりだ。烏合の衆も同然な連中が俺の命令どおりに完璧に動いてくれるわけがなかった。たった一日で完璧な訓練はできないし仕方がない。

 ただ、着実にダメージは与えていた。敵の1万5000人を超えていた兵力に変化が生じたのは確かだ。


 だから、ここまでは作戦どおりだ。

 こうなることも考えてはいた。

 実は、今回の待ち伏せ作戦には敵の数を減らすことよりも大きな計略が隠されていたのだ。

 通用するかはわからないが、俺は戦争の勝敗をその計略にかけていた。


 そのために、敵の先頭が山を抜けて平地に出てきたところで落とし穴にはまった瞬間、狼煙を上げて待ち伏せ兵に一斉攻撃を仕掛けさせたのだ。

 そうすれば、部隊に矢が降り注いで敵兵が山岳地帯を簡単に抜け出せない状況が作り出される。


 何しろここで勝利を手にできなければ意味がない。敵の総兵力がすっかり集結した状態での籠城戦なんかとんでもない。士気20の何の訓練も行き届いていない軍勢で籠城戦しても大して持ち堪えられないのが事実。

 それなら、むしろ敵の兵力が分散された状況で敵の指揮官を殺すことこそが最高の戦略だった。


 だから俺は、待ち伏せ兵4000人を除く1000人余りの部隊を率いて落とし穴の前に姿を現した。もちろん、ここで戦うつもりはない。敵が待ち伏せ作戦に引っかかったとはいえ、ここで戦うには敵軍の数が圧倒的に多すぎる。

 こんな状況で敵の指揮官が本隊と離れて出現したら? それに越したことはない。敵軍を絶滅できる可能性、そして指揮官を殺せる可能性がぐんと高まる。

 1000人の部隊で1000人の敵軍に紛れた指揮官を殺すのと、1000人の部隊で1万人の敵軍に紛れた指揮官を殺すのでは、その難易度が違う。


 だから、敵の指揮官を誘引する必要があった。

 俺の知る限りでは、囮部隊を率いるのはナルヤ王国で有名な武将の一人。有名であることがポイントだった。有名な武将であるほどプライドが高い。

 特に、自分が主力部隊ではなく囮部隊を任されたことに不満を抱いている可能性もある。こんなところでの失敗ともなれば、なおさら許せないだろう。

 そんな状態で見くびっていた敵軍に一発やられる? 普通なら憤りを隠せないはず。

 瞬間的な憤怒は理性を失わせるもの。特に戦いではなおさら。

 一発やられて憤りを感じない人など存在するだろうか?


 王や公爵が直接率いる部隊は規模が大きいため例外だが、小規模部隊は指揮官が先頭に立つ、それが兵法の常識だ。

 落とし穴にはまったのは敵の騎兵隊。その騎兵隊の中に指揮官がいるのは確かだった。そこで、俺は落とし穴の中で陣形を整えている敵の部隊に向かって大声で叫んだ。


「俺の土地を侵略するとはな。ナルヤ王国軍はよく聞け。貴様たちのその愚かさの罪を問う!」


 少し離れた場所からそう叫んだ後、俺は指揮官の旗を探した。旗の下にはただならぬ鎧で武装したひとりの男が目に留まった。


[エブハン・ランドール]

[年齢:37歳]

[武力:85]

[知力:59]

[指揮:70]


[所属:ナルヤ王国第2軍の先鋒隊の指揮官]

[所属内の民心:62]


「クッハハハハ! この俺を見くびるとはな。破滅するがいい。動ける騎兵隊は俺の後に続け!」


 敵の指揮官であろう男はうまい具合に俺の挑発に乗ってきた。

 問題は、敵将の武力がなんと85もあるということだが。

 有名な武将だ。ある程度予想はしていたが、さすがに85という数値には少し驚いた。

 だが、迷っている余裕はない。今は作戦を進めるのが先だ。


「ベンテ! 撤退するぞ!」


 俺は指揮官の突撃に対抗してベンテと共に逃げた。逃亡という名の誘引だ。


[ナルヤ王国軍:1221人]


 逃げながら[情報確認]をしたところ、およそ1221人の騎兵隊が後を追ってきていた。1万人以上の兵力が山岳地帯で追いやられている状況だ。

 これほど絶好のチャンスはない。

 敵将の武力がもう少し低ければ、今頃勝利の雄叫びをあげていただろう。


「罠を発動させろ!」


 我が軍の白兵戦はまったく信用ならないため、誘引してくる場所にも事前に罠を仕掛けておいた。

 逃げながら待ち伏せ兵に向かってそう叫ぶと、仕掛けておいた罠が騎兵隊めがけて発動した。後ろを走っていた騎兵隊の馬がヒヒィィーンという鳴き声を上げながら竹槍に刺されたり、罠を避けようとした勢いで転倒したりと、すぐに現場は修羅場と化した。


「よし、今だ! 一気に矢を浴びせろ!」


 ベンテが兵士たちを急き立てながら叫ぶ。そして、自らも矢を手にして向かってくる騎兵隊を数人射抜いたが、それでも気が済まなかったのか、刀を抜いて走って行くと次々に兵士を斬り倒した。


 竹槍と矢の雨の効果により突進してくる騎兵隊が急激に減り始めた。

 あっという間に我が軍の士気が高まる。


[エイントリアン領地軍:902人]


 敵兵は大幅に減ったが、依然として問題は敵の指揮官。

 彼はやみくもに槍を振り回しながら突進してきた。矢も竹槍も、彼の槍にことごとく破壊された。

 そして、見事な馬術で竹槍の罠を越えてきては我が軍の兵士を次々に斬り倒す。


[エイントリアン領地軍:700人]


 さらに、あの敵将の周りの敵軍が奮闘しだしたおかげで、我が軍の数が急激に減り始めた。


 強かった。

 確かに強かった。

 あれだけ強い武将ともなれば特有のスキルを持っているに違いない。

 だが、現レベルではそういった固有スキルはシステムに表示されない。

 俺はそうした強い敵を倒さなくてはいけない。

 それが勝利の条件。

 よりによって、その条件が武力85を超える怪物だなんて!


「おい、そこ! 領主はお前か? 死ねーっ!」


 そして、さっき大声で叫んでいた俺を見つけたといわんばかりにそのまま槍を投げつけてきた。彼が投げた槍は何かスキルでも使ったかのように高速回転しながら俺の元に飛んできた。


 確かに、このゲームで27にもなる武力差は絶対的だ。

 戦争で武力にこれだけの差がある武将を倒すには、敵の兵力を圧倒するだけの兵力が必要となる。

 現在の敵兵が700人ほどなら、少なくともその5倍の兵力がなければ優位は占めれない。

 このゲームにおける強い武将とは、そのくらいとても重要なポイントなのだ。


 キーンッ!


 だが、阻止できる。いや、阻止できると思う!

 方法は用意してある。

 そう思った瞬間、あいにくランドールの槍を阻止したのはベンテだった。


 死を覚悟した矢面。


「どくんだ、ベンテ! 命令だ! 俺を信じろ!」


 身を挺して主君を守る。それはもちろん尊敬に値する忠誠心だ。

 しかし、今の状況ではそれが明らかに足枷となっていた。

 今の俺の武力は酷いありさまだが、ランドールを相手に戦える方法はある!

 俺はすぐにアイテムを読み込んだ。

 生き残らなければならない戦闘でこうして無謀に躍り出れるのは、ある意味これのおかげだった。


 まさに俺が持つ最高の武器であり保険!


[特典アイテムの大通連を使用しますか?]


 メッセージが目の前できらめき、俺がうなずいたその瞬間、特典アイテムが発動した。



 *


 前日の領主城。

 兵士たちに落とし穴の設置と待ち伏せを命じた後、俺はひとまず領主城に戻ってきた。

 一つ思い出したことがあるからだ。ある重要なことが頭の中を駆け巡った。


 システムは栄光に挑戦する機会を与えると言っていた。

 そして、寝て起きたら俺はこんな世界に転移していたのであって。

 つまり、まさに今の状況が栄光に挑戦する機会というわけだ。その栄光が何かはわからないが。とにかく今重要なことは、そうなると特典に関するメッセージも本当であるということ。


 転移する前日の夜、俺は特典という言葉に惑わされて寝る直前までゲームをしていた。結局、いくら探してもその特典とやらは見つからなかった。だが、その特典がこの世界に転移してから入手できるものなら、ゲーム内で見当たらないのは当然だった。


 確かメッセージには特典は始まりのMAPから探検を通じて獲得せよとあった。自動支給ではないということだ。それなら間違いなくどこかに特典が隠されているはず。

 では一体始まりのMAPとはどこのことなんだ?

 始まりのMAPだから……。

 初めて目を開けた場所?

 ほかならぬ領主城の寝室?

 寝室に入って部屋中を見回す。くまなく探したが寝室に何かを隠せる空間などなさそうだった。

 マップというだけに、寝室に限らず領主城全体のことを意味しているのではないだろうか?


 すぐに俺は領主城のあちこちをすべて探し回った。寝室、書斎、侍従やメイドの居所、キッチンまで全部探した。しかし、特典と呼べるものはどこにも見当たらなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る