第156話 登校と待ち合わせ

 side:寛人



「いやー、寛人くん。僕は良いものを見せてもらったよ。青春だよねー。うん、本当に羨ましいよ……若いって良いよね」


 遥香ちゃん達を家まで送り、透さんの運転する車の中に居る。

 そして今、盛大に遊ばれている最中だ。


「でも、もう少しだったね。もう少しで相澤さんとキスする所だったよね」


「──っ!」


 ──やっぱりあれって、そうだったの?


 そう思って透さんを見ると、目がキラキラしているんだ。

 あっ……ダメだ、新しいオモチャを発見した目になってるよ。


「見たかったよー、寛人くんがキスする所。見るのは寛人くんの結婚式だと思っていたんだ。それが今日見れるチャンスだったのに残念だったよ」


 透さん、チャンスって何!?

 遥香ちゃんとは頬っぺたにしかした事がないんだ。

 好きな子との初めてのキスを親の前とかないから!


 考えたら恥ずかしくなってきた。


「相澤さんはさ……寛人くんと会えて嬉しいんだよ。今まで会えなかったでしょ? だから、その分、色々な感情が爆発しちゃってると思うんだ」


「うん、そうかもしれない」


 たまに昔の遥香ちゃんに戻ってるから。


「まあ、僕が何を言いたいのは──僕と真理さんは寛人くんを信じてるから。相澤さんを泣かせる事だけはしないようにね」


 運転中の透さんは前を見ているけど、その顔は真剣だった。


「うん、それだけは絶対にしないよ」


 透さんが言いたい事は分かってる。

 俺は遥香ちゃんを泣かせたくないし、大事に思っているから。


 でも、透さん……


 真面目な話をしたのに、どうして話が最初に戻るの?

 信じてるから──そう言われた後、家に着くまで透さんに遊ばれた。





 家に帰ってから自室に逃げ込んだ。


 だって、透さん……母さんに報告するんだもん。

 母さんも「透さん、ズルイ! 私も見たかったのに!」って言うんだ。


 ズルイって意味が分からない。


 俺は部屋の電気も付けず、ベッドの上に寝転んだ。


 遥香ちゃん、どうしたんだろう?


 どうして急にあんな事を……

 少し様子も変だったし……


 それに、あの言葉──



『……私を嫌いにならないで』



 ずっと、あの言葉の意味を考えている。

 俺が遥香ちゃんを嫌いになるなんてないのに……


 あの様子は昔にも見た記憶がある。

 不安に思っている時の表情だ。


 えっ? それなら……

 あの言葉は本当の気持ちだった?


 俺の言葉や態度が悪かったのか?

 考えても分からないし、直接聞いてみようかな。

 スマホを操作していると、遥香ちゃんからの着信音が鳴った。





「寛人くん。はい、お弁当だよ」


 月曜日、西城駅で遥香ちゃんに会い、挨拶が終わる元気いっぱいでお弁当を渡された。

 ちなみに陽一郎はロボット化している。


「遥香ちゃん、ありがとう。でも、これ……大きくない!?」


 弁当箱じゃない。渡されたのは重箱だった。


「……? だって寛人くん、いっぱい食べるもん。何回かお弁当を作ったでしょ? あの量って多いと思ってたけど、寛人くんは全部食べてくれてビックリしたもん! 高校生の男の子っていっぱい食べるんだね!」


 遥香ちゃん、あれは……頑張ったんだ。

 俺は頑張って食べたんだ。


 ……どうしよう?


 正直に言おうかな?

 言ったら遥香ちゃんは悲しむかもしれない。

 でも、言わないと毎回この量になる。


 ──そうだ!


「遥香ちゃん、これって家の重箱だよね? それを毎回借りるのも悪いから、俺の使っている弁当箱を渡そうか?」


 これなら俺の食べる量を言わなくても伝わるはずだ──名案だな。


「寛人くんのお弁当箱? 借りても良いけど……それだと一緒に通学しない日はお弁当をどうするの? 重箱なら他にもあるから大丈夫だよ」


 ……名案じゃなかった。

 普段は母さんの作る弁当で、今日は「遥香ちゃんのお弁当、母さんも食べたいわ……そうだ! 写真を撮って送って見せて」と言われている。


「で、でも、遥香ちゃん。重箱って家でも使うんじゃない?」


「そうだね。うーん……寛人くんのお弁当箱を買おうかな……?」


 遥香ちゃんは何気なく呟いたけど、それこそ名案だよ!

 でも、遥香ちゃんに任せたら重箱を買いそうな気がする。


「俺の弁当箱を買うの? それなら一緒に買いに行かない?」


「──えっ!? 良いの? うん! 一緒に買いに行きたい! ふふふ……寛人くんとお買い物か……楽しみだね! でも、いつ買いに行くの?」


 それがあった、いつ買いに行こう?

 明日も一緒に登校する予定だし……


「今日の放課後はどうかな?」


「今日の放課後? 私は昨日は1日練習したから大丈夫だけど、寛人くんの部活は大丈夫なの?」


 秋季大会期間中、登板した後の月曜日は病院で透さんに診てもらっている。

 だから今日はその日なんだ。


「今日は病院に行く予定だから部活には参加しないんだ。遥香ちゃんさえ良ければ、病院に行った後、一緒に買いに行かない?」


「うん! 絶対に行くね。明日もいっぱいお弁当を作れるね!」


 ゴメンネ、遥香ちゃん……

 その"いっぱい"を阻止するためなんだ。

 頑張ったら食べれるよ?

 だけどさ……この重箱は重いから、絶対に前より多いもん。


 お弁当の話をしていると、東光大学附属の正門前に到着した。


「もう着いちゃった……早いね」


「そうだな。俺も遥香ちゃんと居たいけど、学校だから仕方ないよ。それに、夕方には会えるから」


「そうだね、学校が終わったら連絡するね」


 遥香ちゃんと西川さんが学校に入るのを見送り、ロボット陽一郎を回収した。





「寛人くん、足は大丈夫みたいだよ。急な登板だと聞いていたけど、症状は出なかったんだよね?」


 放課後、透さんの診察を受けていた。

 遥香ちゃんは部室に寄って帰るみたいで、学校の近くで待ち合わせになっている。


「うん、球数は少なかったから」


「だからといって、無理はしない事。寛人くんは高校2年生なんだ。これから先も野球を続けるんでしょ? 大学に行くのか、プロに行くのか決まってないって聞いてるけど、先があるんだからね」


 透さんにも言われたけど、まだ進路を決めていない。

 プロに関しては、甲子園が終わってから10球団が挨拶に来たと聞いている。


「分かってるよ。その進路に関わるから聞いておきたいんだけど──」





 透さんの診察が終わり、受付に向かって歩いていた。


 聞いてみて正解だったな。

 どちらにしても来年の夏は甲子園に──


「寛人くん! 待ってたよ!」


「えっ! 遥香ちゃん? 待ち合わせは学校の近くだったのに、わざわざ来たの?」


 遥香ちゃんが急に目の前に現れたんだ。

 驚かそうと思って隠れてたらしい。


「ふふふ、驚いた? 早く会いたかったから病院まで来ちゃった」


「ああ、驚いたよ。俺も早く会いたかったから来てくれて嬉しいよ。じゃあ行こうか?」


 遥香ちゃんに甲子園で投げてる姿を見せる約束だから──




 病院を出てから2人で歩いている。

 電話でも聞いていたけど、やっぱり今までの遥香ちゃんとは違う。


 違和感しかないんだよな……

 聞くしかないか──


「遥香ちゃん、今朝から思ってたけど……距離が遠くない?」


 いつもは俺の真横に居るのに、今朝から遥香ちゃんは俺から少し離れてるからだ。


「──大人になるもん」


 電話でも聞いた言葉だった。


「だから俺から離れてるの?」


「うん、人の居ない所でしか寛人くんにくっ付けないもん。もう大人だから──」


 遥香ちゃんの何かが間違ってる気がする。

 あの事があってからだし、もう一度話した方が良いかもしれない。


「遥香ちゃん、買物に行く前に中央公園に寄らない?」


 遥香ちゃんを中央公園に誘い、人の居ないベンチに座っている。


「ふふふ、またこの場所だね。寛人くんと何回も来たもんね」


 キャッチボールをしたグラウンド横のベンチだ。

 そこで気になった事を聞く事にした。


「──えっ? 大人になるって、そういう理由だったの?」


「……うん、そうだよ。子供の私じゃ嫌われるもん」


 聞いたのは正解だった。

 遥香ちゃんに無理をさせたらしい。


「遥香ちゃん、無理しなくて良いよ? 俺は今の遥香ちゃんが好きなんだし……大人とか子供とか関係無く、遥香ちゃんを嫌いになるなんてないから」


 遥香ちゃんは黙って聞いているので話を続けた。


「俺が大人だからって言ったのは──」


 遥香ちゃんに俺の想いを伝えた。

 人目があるからって事、高校生だって事、離れられると悲しいと思う事や、何があっても嫌いならないって事。

 それに、先日のキスの件は──俺も遥香ちゃんとって……


 ──俺の全てを伝えた。


「じゃあ、今のままの私で良いの?」


「うん。前にも言ったけど、俺達は俺達のペースで行こうよ。幼馴染でもあり、恋人でもあり……急ぐ必要はないよ。人目があるから気を付けようって言いたいだけなんだ」


 これから7年間を埋めれば良いんだ……


「うん、そうだね。私が焦っちゃったみたいだね……」


 少し離れて座っていた遥香ちゃんは隣に座り直し、俺の肩に体を寄せて安心した表情になっている。


 しばらくの間、そのままの状態で居ると、遥香ちゃんが俺を見上げてきた。


「そうだ、寛人くん……グローブとボール持ってる? もし、持ってるならキャッチボールをして欲しいの!」


 いつもの遥香ちゃんの笑顔が見える。


「ああ、持ってるから良いよ。じゃあやろうか?」


 遥香ちゃんにグローブとボールを渡し、久しぶりのキャッチボールを楽しんだ。

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