第156話 登校と待ち合わせ
side:寛人
「いやー、寛人くん。僕は良いものを見せてもらったよ。青春だよねー。うん、本当に羨ましいよ……若いって良いよね」
遥香ちゃん達を家まで送り、透さんの運転する車の中に居る。
そして今、盛大に遊ばれている最中だ。
「でも、もう少しだったね。もう少しで相澤さんとキスする所だったよね」
「──っ!」
──やっぱりあれって、そうだったの?
そう思って透さんを見ると、目がキラキラしているんだ。
あっ……ダメだ、新しいオモチャを発見した目になってるよ。
「見たかったよー、寛人くんがキスする所。見るのは寛人くんの結婚式だと思っていたんだ。それが今日見れるチャンスだったのに残念だったよ」
透さん、チャンスって何!?
遥香ちゃんとは頬っぺたにしかした事がないんだ。
好きな子との初めてのキスを親の前とかないから!
考えたら恥ずかしくなってきた。
「相澤さんはさ……寛人くんと会えて嬉しいんだよ。今まで会えなかったでしょ? だから、その分、色々な感情が爆発しちゃってると思うんだ」
「うん、そうかもしれない」
たまに昔の遥香ちゃんに戻ってるから。
「まあ、僕が何を言いたいのは──僕と真理さんは寛人くんを信じてるから。相澤さんを泣かせる事だけはしないようにね」
運転中の透さんは前を見ているけど、その顔は真剣だった。
「うん、それだけは絶対にしないよ」
透さんが言いたい事は分かってる。
俺は遥香ちゃんを泣かせたくないし、大事に思っているから。
でも、透さん……
真面目な話をしたのに、どうして話が最初に戻るの?
信じてるから──そう言われた後、家に着くまで透さんに遊ばれた。
◇
家に帰ってから自室に逃げ込んだ。
だって、透さん……母さんに報告するんだもん。
母さんも「透さん、ズルイ! 私も見たかったのに!」って言うんだ。
ズルイって意味が分からない。
俺は部屋の電気も付けず、ベッドの上に寝転んだ。
遥香ちゃん、どうしたんだろう?
どうして急にあんな事を……
少し様子も変だったし……
それに、あの言葉──
『……私を嫌いにならないで』
ずっと、あの言葉の意味を考えている。
俺が遥香ちゃんを嫌いになるなんてないのに……
あの様子は昔にも見た記憶がある。
不安に思っている時の表情だ。
えっ? それなら……
あの言葉は本当の気持ちだった?
俺の言葉や態度が悪かったのか?
考えても分からないし、直接聞いてみようかな。
スマホを操作していると、遥香ちゃんからの着信音が鳴った。
◇
「寛人くん。はい、お弁当だよ」
月曜日、西城駅で遥香ちゃんに会い、挨拶が終わる元気いっぱいでお弁当を渡された。
ちなみに陽一郎はロボット化している。
「遥香ちゃん、ありがとう。でも、これ……大きくない!?」
弁当箱じゃない。渡されたのは重箱だった。
「……? だって寛人くん、いっぱい食べるもん。何回かお弁当を作ったでしょ? あの量って多いと思ってたけど、寛人くんは全部食べてくれてビックリしたもん! 高校生の男の子っていっぱい食べるんだね!」
遥香ちゃん、あれは……頑張ったんだ。
俺は頑張って食べたんだ。
……どうしよう?
正直に言おうかな?
言ったら遥香ちゃんは悲しむかもしれない。
でも、言わないと毎回この量になる。
──そうだ!
「遥香ちゃん、これって家の重箱だよね? それを毎回借りるのも悪いから、俺の使っている弁当箱を渡そうか?」
これなら俺の食べる量を言わなくても伝わるはずだ──名案だな。
「寛人くんのお弁当箱? 借りても良いけど……それだと一緒に通学しない日はお弁当をどうするの? 重箱なら他にもあるから大丈夫だよ」
……名案じゃなかった。
普段は母さんの作る弁当で、今日は「遥香ちゃんのお弁当、母さんも食べたいわ……そうだ! 写真を撮って送って見せて」と言われている。
「で、でも、遥香ちゃん。重箱って家でも使うんじゃない?」
「そうだね。うーん……寛人くんのお弁当箱を買おうかな……?」
遥香ちゃんは何気なく呟いたけど、それこそ名案だよ!
でも、遥香ちゃんに任せたら重箱を買いそうな気がする。
「俺の弁当箱を買うの? それなら一緒に買いに行かない?」
「──えっ!? 良いの? うん! 一緒に買いに行きたい! ふふふ……寛人くんとお買い物か……楽しみだね! でも、いつ買いに行くの?」
それがあった、いつ買いに行こう?
明日も一緒に登校する予定だし……
「今日の放課後はどうかな?」
「今日の放課後? 私は昨日は1日練習したから大丈夫だけど、寛人くんの部活は大丈夫なの?」
秋季大会期間中、登板した後の月曜日は病院で透さんに診てもらっている。
だから今日はその日なんだ。
「今日は病院に行く予定だから部活には参加しないんだ。遥香ちゃんさえ良ければ、病院に行った後、一緒に買いに行かない?」
「うん! 絶対に行くね。明日もいっぱいお弁当を作れるね!」
ゴメンネ、遥香ちゃん……
その"いっぱい"を阻止するためなんだ。
頑張ったら食べれるよ?
だけどさ……この重箱は重いから、絶対に前より多いもん。
お弁当の話をしていると、東光大学附属の正門前に到着した。
「もう着いちゃった……早いね」
「そうだな。俺も遥香ちゃんと居たいけど、学校だから仕方ないよ。それに、夕方には会えるから」
「そうだね、学校が終わったら連絡するね」
遥香ちゃんと西川さんが学校に入るのを見送り、ロボット陽一郎を回収した。
◇
「寛人くん、足は大丈夫みたいだよ。急な登板だと聞いていたけど、症状は出なかったんだよね?」
放課後、透さんの診察を受けていた。
遥香ちゃんは部室に寄って帰るみたいで、学校の近くで待ち合わせになっている。
「うん、球数は少なかったから」
「だからといって、無理はしない事。寛人くんは高校2年生なんだ。これから先も野球を続けるんでしょ? 大学に行くのか、プロに行くのか決まってないって聞いてるけど、先があるんだからね」
透さんにも言われたけど、まだ進路を決めていない。
プロに関しては、甲子園が終わってから10球団が挨拶に来たと聞いている。
「分かってるよ。その進路に関わるから聞いておきたいんだけど──」
◇
透さんの診察が終わり、受付に向かって歩いていた。
聞いてみて正解だったな。
どちらにしても来年の夏は甲子園に──
「寛人くん! 待ってたよ!」
「えっ! 遥香ちゃん? 待ち合わせは学校の近くだったのに、わざわざ来たの?」
遥香ちゃんが急に目の前に現れたんだ。
驚かそうと思って隠れてたらしい。
「ふふふ、驚いた? 早く会いたかったから病院まで来ちゃった」
「ああ、驚いたよ。俺も早く会いたかったから来てくれて嬉しいよ。じゃあ行こうか?」
遥香ちゃんに甲子園で投げてる姿を見せる約束だから──
病院を出てから2人で歩いている。
電話でも聞いていたけど、やっぱり今までの遥香ちゃんとは違う。
違和感しかないんだよな……
聞くしかないか──
「遥香ちゃん、今朝から思ってたけど……距離が遠くない?」
いつもは俺の真横に居るのに、今朝から遥香ちゃんは俺から少し離れてるからだ。
「──大人になるもん」
電話でも聞いた言葉だった。
「だから俺から離れてるの?」
「うん、人の居ない所でしか寛人くんにくっ付けないもん。もう大人だから──」
遥香ちゃんの何かが間違ってる気がする。
あの事があってからだし、もう一度話した方が良いかもしれない。
「遥香ちゃん、買物に行く前に中央公園に寄らない?」
遥香ちゃんを中央公園に誘い、人の居ないベンチに座っている。
「ふふふ、またこの場所だね。寛人くんと何回も来たもんね」
キャッチボールをしたグラウンド横のベンチだ。
そこで気になった事を聞く事にした。
「──えっ? 大人になるって、そういう理由だったの?」
「……うん、そうだよ。子供の私じゃ嫌われるもん」
聞いたのは正解だった。
遥香ちゃんに無理をさせたらしい。
「遥香ちゃん、無理しなくて良いよ? 俺は今の遥香ちゃんが好きなんだし……大人とか子供とか関係無く、遥香ちゃんを嫌いになるなんてないから」
遥香ちゃんは黙って聞いているので話を続けた。
「俺が大人だからって言ったのは──」
遥香ちゃんに俺の想いを伝えた。
人目があるからって事、高校生だって事、離れられると悲しいと思う事や、何があっても嫌いならないって事。
それに、先日のキスの件は──俺も遥香ちゃんとって……
──俺の全てを伝えた。
「じゃあ、今のままの私で良いの?」
「うん。前にも言ったけど、俺達は俺達のペースで行こうよ。幼馴染でもあり、恋人でもあり……急ぐ必要はないよ。人目があるから気を付けようって言いたいだけなんだ」
これから7年間を埋めれば良いんだ……
「うん、そうだね。私が焦っちゃったみたいだね……」
少し離れて座っていた遥香ちゃんは隣に座り直し、俺の肩に体を寄せて安心した表情になっている。
しばらくの間、そのままの状態で居ると、遥香ちゃんが俺を見上げてきた。
「そうだ、寛人くん……グローブとボール持ってる? もし、持ってるならキャッチボールをして欲しいの!」
いつもの遥香ちゃんの笑顔が見える。
「ああ、持ってるから良いよ。じゃあやろうか?」
遥香ちゃんにグローブとボールを渡し、久しぶりのキャッチボールを楽しんだ。
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