第133話 コンテストの表彰式

「遥香ちゃん、あの子っていつもオニギリを食べてるの?」


 舞台の袖に向かっている間、小声で遥香ちゃんに聞いてみたんだ。

 気にしないと決めていたけど無理だった。


 俺達を先導しながも食べているんだ。

 何を食べているのかはもう言わない。


「うん、いつも食べてるみたいだよ。体育の授業中にオニギリを持ってて怒られたって聞いた事があるよ」


「体育の授業中? そうなんだ……」


 だから生徒会長も突っ込まなかったのか。

 食べているのが当たり前なんだろう。


「私は食べていないと動けないのよ。体育の授業中くらい食べても良いと思わない?」


 どうやら聞こえてしまったみたいだ。

 本人は聞こえ事を気にした様子もなく答えていて、同意まで求めてきている。


「そ、そうだな。食べても良いと思うぞ」


 食べていないと動けない意味が分からないし、授業中に食べるのは駄目だろう。

 しかし言葉の圧が凄すぎて、そう答えるしかなかった。


「そうよね! 吉住くんなら分かってくれると思ったのよ! やっぱり私の王子様ね!」


 アンタの王子様になった覚えはない。

 その言葉に遥香ちゃんは不安そうな表情になっている。


 遥香ちゃんもそんな言葉を真に受けないで欲しいと思ったけど、不安にさせたくない気持ちの方が強かったんだ。


「悪いな。俺には遥香ちゃんが居るんだよ。そうだ! お、奥村なんかどうだ?」


 咄嗟に奥村の名前が出てしまった。

 理由は分からないけど、何故か奥村の顔が頭に浮かんだんだ。


「え? 奥村くん? そうね! あの子も良いわよねー!」


 そう言って、獲物を見付けた肉食獣の様な目をしてオニギリを食べ始めた。


 その後は奥村の好みを聞かれたが、知らないと言える雰囲気ではなかったので『鳥の唐揚げ』と答えて、遥香ちゃんも頷いていた。


 そして舞台の袖に到着して、俺達は解放されたんだ。


「あなた達は名前が呼ばれたら出てきて。それまで待っててね」


 肉食獣は俺達の返事を待たず、司会をしている生徒会長の所へ向かった。


「寛人くん、なんか怖かったね……」


 やっぱり遥香ちゃんも怖かったらしい。


「うん、怖かった……急に目付きが変わったもんな……」


 だって、今も舞台で奥村を見ているんだ。

 俺達は奥村の無事を願うしかなかった。



 落ち着きを取り戻し、舞台を見ると生徒会長が順位を発表していた。


「それでは、第4位を発表します! 投票数は7票! 坂本琢磨くん!」


 スピーカーから琢磨の名前が聞こえ、会場からも拍手が送られている。


「あの面白い人は4位なんだー。寛人くん達が投票したんだよね?」


「うん、俺達が投票したんだ」


 俺達5人と和也を足して6人が投票した。

 その時に1票増えてる事に気付いたんだ。


 無記名だから誰が投票したのかは分からないけど、俺達が入れなくても0票は免れていたらしい。


 そして生徒会長が次の発表をしている。


「次の1位から3位は大混戦でした! 3位は18票、2位は19票、1位は20票! その差は2票!」


 会場からも大歓声が沸き起こっている。

 少し間を置いた生徒会長が声を上げて3位と2位を発表した。


「そして! 今年の1位は……奥村達也くんでーす!」


 会場から更なる大歓声が上がっていた。

 奥村は何度もバンザイをしていて、その姿は選挙に当選した人にしか見えない。


「奥村くんって凄いね。優勝したんだねー」


「ああ、俺も凄いと思うよ」


 選挙ポスターなのに投票されたんだ。

 やっぱり強豪校の4番打者だから人気者なんだと思った。


 次の女子生徒は人数が多いので、上位5名しか呼ばれないみたいで、生徒会長が5位から発表していた。


 男性出場者は舞台上で待機していて、落ち着きのない琢磨が俺達に気付いたんだ。

 琢磨は俺達を変な目で見ていて、それを見た奥村にも気付かれてしまった。


 2人は何をしてるんだ? と言いたそうな目をしているので、軽く手を上げて返事をしたんだ。


 琢磨が何か言おうとしていたけど、その前に生徒会長の声が聞こえてきた。


「それでは今から表彰式に入ります! しかし……その前に……今年は殿堂入りの発表がありまーす!」


 会場にもの凄い大歓迎が鳴り響いた。

 中には俺や遥香ちゃんの名前を呼ぶ声も聞こえる。


「……驚くってこの事だったのかな?」


「そうだね……寛人くん……私達……この中に出ていくの?」


 俺も驚いたけど、遥香ちゃんはもっと驚いていて不安そうにしている。


「遥香ちゃん、すぐに終わるから」


 俺は安心させようとしたんだ。


「寛人くん……うん……」


 遥香ちゃんの不安は消えなかった。

 こんな時、昔はどうしてたんだっけ……



 あれは初めての発表会の時だった。


「出たくない……人がいっぱいだもん……」


 遥香ちゃんが観客の多さに驚いて、泣き出しちゃったんだ。


「遥香ちゃん、僕も見てるからね」


「嫌だよ。もう帰るもん……」


 何を言っても泣き止んでくれなくて、僕とお母さんは困っていたんだ。


「他の子も演奏してるから、遥香ちゃんも頑張ってみようよ」


「お家に帰りたいよー。うわぁぁぁん」


 遥香ちゃんは更に泣いちゃって、僕は泣き顔が見たくなかったので「お家に帰ろう」って言いそうになった。


 だけど、遥香ちゃんが頑張って練習していたのを思い出したんだ。


 僕は遥香ちゃんと手を繋いで言った。


「遥香ちゃん、大丈夫だよ。僕も一緒だよ」


「うん。寛人くんが居るから頑張る……」


 まだ不安そうにしていたけど笑ってくれたんだ。


 そして遥香ちゃんはピアノを演奏した。



 遥香ちゃんの正面に立ち、その小さい手を握り言葉を伝えた。


「遥香ちゃん、大丈夫だ。俺も一緒だから」


 そして遥香ちゃんに微笑んでみせた。


「うん。寛人くんが一緒なら大丈夫だよね」


 遥香ちゃんも俺の手を握り返してくる。

 その表情から不安は消えていた。


「ああ、大丈夫だ」


 もう一度安心させる言葉を伝えると、生徒会長から俺達の名前が呼ばれた。


「殿堂入りは……相澤遥香さんと、西城高校の吉住寛人くんです!」


 舞台へと向かい、観客席を見ると陽一郎と西川さんの姿を見付ける。

 2人は口がポカーンと開いていた。 


 驚くのは分かるよ、俺達も驚いてるんだ。


 そして表彰式になり、お姫様の1位には俺が、王子様の1位には遥香ちゃんが賞状を渡す事になった。


 お姫様の1位に賞状を渡し、遥香ちゃんが奥村に賞状を渡そうとした時。


「ちょっと待ったー! 私が渡すのよ!」


 オニギリ女の声が聞こえて、遥香ちゃんから賞状を取り上げたんだ。

 生徒会長も驚いた顔をしていたけど何も言わなかった。


 会場の人は演出の1つだと思ったのか、笑いと同時に歓声が上がっている。


 この時の、奥村の引きつった笑顔は記憶に残りそうだった。


 こうして無事にコンテストが終わった。



────────────────────別の物語にされた気がするのは私だけかな…

全部オニギリ女のせいなんだよ…

この人には退場してもらおう(*´・ω・)

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