勝利
魔物は、体のどこかにコアを持っている。
それを破壊しない限り、奴らは永遠に体を再生し続ける。
故に、魔物はその強さに関わらず、人間にとって厄介な相手なのだ。
幸い、目の前の魔物は、魔法も使えず、知能もそう高くはない。
ただ、食事のために本能のままに攻撃してくるタイプだ。
とはいえ、アウロラの体力がいつまでもつか分からない以上、楽観視はできなかった。
彼が負けるようなことがあれば、ここにいる全員が食われる。
「このっ……!」
アウロラは、魔物の攻撃を躱し、時にハンマーで軌道を逸らしながら、攻撃を続けた。
その度に、蹴った砂のように魔物の身体は霧散するも、すぐに元の形へ戻ってしまう。
その戦いの様子を観察していた俺は、手応えを覚えて舌を舐めた。
魔物は一瞬で元の形に戻れるからか、アウロラの攻撃を防ごうとはしない。
にもかかわらず、左足だけはしっかりと攻撃を避けているのだ。
なぜ、その箇所だけを庇うのか。そんなことは考えるまでもない。
「左足の付け根らへんだ!」
俺の声に頷き、アウロラが魔物の頭蓋から左足までを一気に砕くべく高く飛ぶ。
しかし、魔物は自らの弱点を悟られたことに感づいたのか、飛び退いた。
「逃がしません」
中空を蹴ったアウロラが、コマのようにハンマーを振り回し魔物に接近。
その回転に巻き込まれるようにして、魔物の体が徐々に削られていく。
魔物が逃げ切るよりも、アウロラの方が速かった。
あとはただ、左足を破壊するのを待つばかり……と、不意に魔物の左足だけが遠くへ飛んだ。
コアを破壊されることを恐れ、奴は左足を切り離したのだ。
「だから、逃がさないって……言ったでしょう?」
それを見逃さず、アウロラは回転を利用してハンマーを投擲した。
恐ろしいまでの速度でハンマーは逃げた左足へ迫り、それを撃ち抜き、地面に突き刺さる。
何かが割れる甲高い音が響いたかと思えば、魔物は耳をつんざく悲鳴を上げながら、霧散した。
後には、手のひら大の黒い石だけが残った。
破壊した魔物のコア――『魔石』だ。
アウロラは肩で息をしつつ、霧散した魔物を見つめる。それから、トドメをさしたと理解すると、パタパタと走ってハンマーを拾った。
淡い光が弾けて、元の細くて質素な杖に戻る。
「……ありがとう。お陰で助かった」
俺は杖を腰に下げるアウロラに歩み寄ると、頭を下げた。
助けるつもりが、助けられてしまった。やはり、この身体はいろいろと不便すぎる。
彼はキョトンとして俺を見ると、眉根を寄せてそっぽを向いた。
「いえ……お礼を言うべきは僕の方です。ありがとうございました」
抑揚のない声で言う。
その頬は微かに赤い。もしかしたら、照れているのかもしれない。
「俺がいなくてもなんとかできてたよ」
「杖を持ってきてくれたのは、あなたですから」
「……なら、お互いありがとうってことで」
「そうですね」
アウロラが薄く笑う。
それに微笑み返す。と、視線の端で魔石がキラリと輝いた。
俺は魔物が霧となって消えた場所に座り込むと、ひび割れたそれを拾い上げ、明かりに透かした。
魔物は、魔石の濃淡で強さがわかる。
濃度が濃ければ強く、淡ければ弱い。
今回のアズは、下の中レベルだろうか。
「あなたは、魔石も鑑定できるんですか?」と、アウロラ。
「軽くな」
そう応えてから、俺は魔石を彼の手に握らせた。
「ほらよ」
「どうして、これを僕に?」
「お前が倒したから、お前が貰うのが道理だろ」
「僕が、倒した……」
まじまじと手のひらを見下ろして、彼はちょっと嬉しそうにした。
「ありがたく貰います」
凄まじく強いのに奢るわけでもなく、かと言って、謙遜が過ぎるわけでもない。
感情表現が独特な、なんとも不思議な少年だ。
俺はふと、イーシャを思い出して慌てて頭を振った。
* * *
その後、掴まっていた御者の男が町に走り自警団の人たちを呼んでくれて、ならず者たちは全員お縄についた。
その間、スキルが発動するのを恐れて隠れていた俺は、今、馬を引いてアウロラと一緒に街道を歩いている。
「へぇ。ばーさんと二人暮らしなんだ。俺、突然行って大丈夫か? 迷惑だったりしない?」
「大丈夫ですよ。……たぶん」
「たぶん、って……そこは言い切って欲しかったんだけど……」
まだ宿を取っていないと話した俺に、アウロラはうちに泊まればいいと提案してくれた。
しかも、強奪された荷を店へ届けるついでに、預けていた俺の馬まで取ってきてくれたのだ。
もう彼には足を向けて眠れない。
「あなたは、ひとりで旅を?」
「おう。会いたい人がいてさ」
「……凄いですね」
「ん?」
「見たところ、僕とあまり年は変わらないように見えます。それなのに、ひとりで旅をしているなんて……凄いと思います」
「凄いってことはねぇよ。ただ、ちょっと……自分の欲望に忠実っていうか」
笑って頭を掻く。
ちょっとではなく、かなりだが……ここは、控えめに申告しておく。
「僕からしたら、凄いですよ」
アウロラは薄く笑うと、薄紫色になりつつある夕空を見上げた。
「あの……旅の話、もう少し聞かせてくれませんか」
「まだ家出て1週間だけど、それで良ければ」
俺は頷く。
アウロラとの会話をとても楽しむ自分がいた。
それもそうだろう、レオンは家から出たこともなければ、まともな友人ひとりいなかったのだ。こうして年頃の近い相手と話すのはとても新鮮だった。
ふたつの影が、街道に長く黒く伸びる。
アウロラの家に辿り着くまで、他愛もない話は尽きることはなかった。
* * *
この日から、俺は第2の人生を歩き始めたんだと思う。
非力で、子供で、前世とは比べようもないほど自分ひとりでは何一つできない――そんな俺が、イーシャと再会し、恋を成就するまでの長く険しい運命の歯車が、ゆっくりと音を立てて回り出したのだ。
第1話 おしまい
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