美少年の宿命???

* * * 


「くそ、見失った!」

「探せ! まだ近くにいるはずだ!」


 路地に響く、野太い声。

 荒々しい足音。


「なんでこうなった?」


 建物の影に隠れて息を潜めていた俺は誰にともなく呻く。


 足音が幾つも近くを行ったり来たりする……その度に冷たい汗が背を伝い、胃がひっくり返りそうになった。


 ――遡ること、半時間ほど前。

 露店で買い物を終え、足取り軽く散策を続けていた時のことだ。


 ふいに視線を感じて俺は歩みながら背後を振り返った。


「え……」


 下級妖精が、俺の横を飛んでいく。その手にはためく旗。そこには『ベッドイン・トリガー』と下手クソな字で書いてあった。

 この旗には見覚えがある。何者かが初めて発動したスキルを敏感に察知した妖精が、ふざけた名前を付けたのだ。


 俺は慎重に辺りを見渡して、ギクリとした。


 少し離れた場所に、目を血走らせた男が立っている。

 それも、ひとりやふたりじゃない。

 5、6、7……もう少しいたかもしれない。

 だが数なんてどうでも良かった。俺は身の危険を感じて、即座に走り出し――そして、今に至るわけである。


「あのガキ……見つけたらただじゃおかねえ」


 凶悪な面をした男が、獣のようなうなり声を漏らしながら側を駆け抜けていく。


「丸裸にひん剥いて――カワイイ服を片っ端から着せてやる!」


 そう天に向かって吠えたかと思うと、そいつの後ろを走っていた男たちが「うおおおおおっ!」と呼応した。


「俺は! 甘いもんをたらふく食わせてやりてえ!」


「俺は抱っこしてほっぺたスリスリしたい!」「お兄ちゃんって呼んで欲しい!」「足舐めたい!」


 カタギじゃないような風貌の男も、至極真面目そうな軍人風情も、エプロンをつけたお茶目なオッサンも関係なしに、気色悪いことを喚いて……俺を、たぶん、探している。


「出てきてくれー! 俺の天使ちゃーん!」

「大好きだーー!」


 襲われても殴り飛ばす腕力もなく、振り切るほど速くも走れない俺は、前世でのどんな冒険も霞んでしまうくらいのピンチのただ中にいた。


「クソ……早くどこかに行ってくれ……」


 影に身体を押し込めるようにして、膝を抱える。


 先ほどみかけた下級妖精を思うに、男たちの豹変に関わっているのは何者かのスキルだろう。俺のスキルだとすれば相性は最悪だ。イーシャに出会う前に、いらん経験をすることになってしまう。


 気配が十分遠ざかってから、俺は立ち上がった。

 どこかの店でフードのついた服を買おう。それで防げるかどうかはわからないが。

 いや、スキルの持続時間がいつ切れるかもわからない。

 しばらくは人目を避けて行動を――


 真剣に思案していると、目の前を小さな影が幾つか横切った。


「はんにん、かくほです」


「であえ、であえ」


 神出鬼没の下級妖精たちが、きゃっきゃと笑いながら表通りに向かって飛んで行く。

 俺は咄嗟に彼らと真逆へ走り出し――ドンッと何かにぶつかって、尻餅をついた。


「あ」


 と、思ったが、もう遅い。

 俺は恐る恐る顔を持ち上げる。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 目の前には、ずんぐりむっくりした男が鼻息荒く立っていた。


「やっと見つけたよお……ぼくの天使ちゃん……」


 男は、だらしない笑顔でそう呟くと俺に飛びついてきた。

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