番外編 もう一組の常連客
満月が夜空にポッカリと浮んでいる。
俺………泉洋介は、いつものようにカウンターでコーラをすすりつつ店番をしていた。
突然、カランカラン、と店のドアについた鐘が鳴った。
「?あいよー、どうぞー」
俺は「月刊ベーシスト」をめくる手を止め、ドアのほうに目をやった。
こんな時間に客とは………誰だ?大原か?まさかあの小学生三人組じゃねぇよな………
ギイイ、と音を立ててドアが開く。
そこからひょっこり頭をのぞかせたのは、
「ちぃーっすイズミン、おひさー」
「こんばんは、泉さん」
「泉さん、ちわーっす!!」
「………こ、んばんは………」
紺色のブレザー制服に身を包み、背中に大きな楽器ケースを背負った男子高校生四人組だ。
その見慣れた顔ぶれに、俺は思わず頬をゆるめた。
「おう、お前ら久しぶり」
真っ白いドアの向こうから姿を現したのは、
sound studio LUFUの常連客、BLACK CROWNの四人だった。
★
BLACK CROWN。
ヴォーカルの
ベースの
ギターの
ドラムの
高校生四人組のバンド、とだけ聞くと今流行りの学生バンドを想像する人が多いだろうが、彼らはそれら学生バンドとは少し違う。
コンテストのとある審査員は、彼らをこう評価した。
「突出したセンスと才能を持つ、最強集団」だと。
彼ら最大の特徴は、メンバー全員が一律して高い演奏技術を持っていることだ。その丁寧な音作りと隙のない演奏はもはや文句をつける気を失せさせるほど完璧だが、これができるのはひたすら「上手い」を極めた彼らだからこそだ。個々の技術が高いゆえに、いたるところに技巧を凝らした演奏は時に「音の殴り合い」「超攻撃型」と評されることもある。
音楽という目に見えない敵に、最強の武器と最強の仲間で挑む。それがBLACK CROWNのバンドスタイルだった。
世間がそんな彼らの才能に注目するようになったのは二年前くらいからだった。
【全国軽音楽コンクール】という軽音楽大会の最高峰で、彼らは関東大会第四位という輝かしい成績を残した。
軽コンには音大生やメジャーデビューさえしていないが人気のあるアーティストなども山ほどエントリーするわけで、その中でたかが田舎の学生バンドが関東四位とは、普通に考えても凄まじいことなのだ。
ましてや、二年前のBLACK CROWNはメンバー全員が中学生だった。世間が注目しない理由がなかった。
関東大会では多くのテレビ局のカメラが彼らを囲み、その後いくつかの音楽雑誌は彼らの特集を組んだ。
動画投稿サイト「watch」では演奏動画が公開され、その楽曲の完成度の高さに再生回数はぐんぐん伸びていった。
ただ、彼らの本当の快進撃はここからだった。
翌年の軽コンでは、県大会をあっさりと一位通過、さらに昨年のリベンジとばかりに関東大会を二位で通過した。
そして最終決戦、全国大会では他バンドとの激戦の末、第五位。あと一歩、が足りず優勝を逃した。
それだけではない。全国大会に進んだチームの中から選ばれる「ベストプレイヤー賞」の「ヴォーカリスト部門」を柏木聖が、「ドラムス部門」を笹川雪がそれぞれ受賞。
とどまるところを知らないとは彼らのこと。
数多のメディアは一昨年以上に彼らを追いかけ、大きく報道した。そのおかげで世間にBLACK CROWNの名は知られ渡り、彼らは一躍有名人となった。
そんな大スター四人の、いきつけのスタジオこそがここ、sound studio LUFUである。
ここに来る時だけはアイツらもバンドマンから普通の高校生の顔になって、ぎゃあぎゃあ騒ぎながら日々練習に明け暮れている。
いつからか、そんな彼ら四人の背中を眺めるのが俺の日課となっていた。
バンドを組み始めた当初から彼らを見てきた俺にとって、BLACK CROWNはsound studio LUFUの誇りであり、彼ら四人は俺の誇りだった。
★
グラスに四人分のコーラを注ぎ、カウンターに並べる。
「イズミン寂しかったっしょー、俺らしばらく顔だしてなかったから」
そう言ってダルそうな笑顔を見せたのは柏木聖。去年の夏に染めた青色がまだらに残る髪を手でとかしている。いわゆるイケメンと呼ばれる部類の人間で、顔も声も華があるのだが………
「唯一この店に貢いでるおれらが居なくなってこの店潰れてたらどうしよーって話してたんだよねー、ね、アッシー」
口数が多すぎる上に、余計なことしか言わない。
聖に話を振られたアッシーこと芦崎真夜は、妙に大人びた笑みを浮かべて答えた。
「すいません、泉さん。聖の野郎が数学と物理で赤点取りやがりまして、その補習でなかなか四人で練習できる機会がなくてですね」
「おいアッシー!!それ言わないでってさっき言ったよね!?秒で約束破るじゃん!」
「え、聖さん数学赤点てマジすか!ぷぷーっ」
今度は聖の右隣で立花心月がわざとらしく吹き出した。
「うるさいっ!名前書き忘れて0点だったお前よりはマシ!」
「それ去年の話じゃないすか!」
「それ言ったら解答欄全部埋めて名前も書いてあるのに物理六点だったお前はどうなるんだよ」
………こいつ、物理六点だったのか………
この四人が通う県立藍美高校は、偏差値六十そこそこの準進学校である。
そこにぎりぎりとはえ受かっている聖は「馬鹿」ではない、はず。
ただ、音楽に夢中になり過ぎて勉強そっちのけなだけで。
俺は目の前でぎゃあぎゃあ喧嘩する3人から、その輪には入らず一番端でパリパリとハニーナッツをついばむ笹川雪に視線を移した。
厚ぼったい前髪に隠れて表情が見えない。
「ユキ、お前まぁた髪伸びたな。ドラム叩くとき邪魔じゃねぇ?切らねぇの?」
俺の声に、彼がびくっと肩を震わせた。
恐る恐る、と言った感じで顔を上げる。
「………周りが見え過ぎると、怖いから」
「あっそ」
「究極の人嫌い」の雪は、いつもこの調子だ。学校でもライヴでも、BLACK CROWNのメンバー以外とはほとんど話さない。神経質そうな瞳を伏せて、極力人と目を合わせないようにしたがる。
………相変わらずだな、どいつもこいつも。
最近は大原が連れてきた小学生の相手ばかりだったが、やはりこの四人が居てこそのsound studio LUFUだ、そう思った。
★
「あれ、イズミンケータイ鳴ったよ」
久しぶりの彼らとの談笑を楽しんでいたら、カウンターの上に置いておいた俺のケータイが突然ブブッと音を立てた。
「ん?………ああ、大原だ。しかもメールだし」
「大原って誰?イズミンのお友達?」
「まーそんなもん」
大原からのメールには、ふざけた文章と共に一本の動画が添付されていた。
動画のタイトルは【記念館ライブレポート】。
あ、そういやあの小学生のライヴ今日だったな。
わざわざ大原からメールが届くってことは、ライヴは成功したんだろうか。
俺はチラッと四人の様子を見た。
そうだ。ちょうどいいタイミングだ。
「おい、お前ら、ちょっと見て欲しいもんあんだけど」
「何?イズミンの彼女?」
「いねーよ」
聖の雑な煽りをかわしつつ、スマホを彼らの方へ向ける。
「最近俺が気になってるバンドなんだけどさ、見ろ、小学生バンドだ」
彼ら四人の瞳が少しだけ大きくなったのを確認して、
俺は再生ボタンをタップした。
★
十分後。
大原から送られてきたビデオは、音質こそ悪いものの会場の盛り上がりがよく伝わってきた。
全て再生されたところでビデオの停止ボタンをタップする。
「………どうよ。すげえ奴らだろ」
俺は胸を張ってみせた。「こいつらが最近入ってきた sound studio LUFUの常連だ」
「………いや、あのさー」
聖が困ったようにぽりぽりと頬をかく。
「なん、つーかさ、こいつらさ………いや、イズミンの常連にこういうこと言うのもアレなのかもだけど………」
「なんだ、言いたいことあんならはっきり言え」
「じゃ、言うわ。こいつら下手くそすぎ」
切り替えの速さよ。
「俺が今までに聞いた聖さんのライヴの感想の中でも、トップレベルに最悪な感想っすね」
心月が呆れたように言った。
「俺は結構うまいなって思ったんですけど。特にヴォーカル」
「ああ、それは俺も思った。ただ声が甲高いだけじゃなくて出せる音域が広いんだろうな。それに声にもピッチにも安定感がある。聖と同じタイプのヴォーカルだ」
真夜がそう言って聖にいたずらっぽく笑いかけた。
「俺と同じ?冗談じゃないね。こんなに下手でよく堂々とステージに立てるな」
聖のあまりの酷評に、俺は思わず
「じゃあどの辺が?どの辺を聴いてお前は下手くそだって思ったんだ?」
そうたずねていた。
少し責めるような口調なってしまったかもしれない。
聖は顎に手を当てて「うーん、全部」とつぶやいた。
「なんかもう、全部。全部が下手くそ。こいつら、即席バンドでしょ。息が全然合ってない。アンサンブルのイロハができてないんだ。極め付けはベースとドラムのズレ。ベースがしっかりしてるからかろうじて音楽が成り立ってるけど、ドラムがちょっと走り気味だよね。多分ヴォーカルに釣られて前のめりになってんだろうけど、とにかく危なっかしい。これじゃヴォーカルが安心して歌えないよ。そんで………」
「はいストップストップ。長い長い」
気付けば俺は手でストップをかけていた。
こいつの話は長い。胃もたれする。
「なんだよイズミンが聞いてきたんじゃん」
「聖さんて悪口になるとびっくりするほど饒舌になりますよね」
「ちょお、ユズ!これ悪口じゃない、
「小学生相手に大人気ない」
苦笑を含んだ真夜の言葉に、聖は急に真顔になって「それは違うよ」と言い返した。
「バンドやるのに小学生とか高校生とか関係ないだろ。そいつらから生み出さられる音楽が立派なのものなら立派なバンド、下手くそなら下手くそなバンド、それだけだ。アーティストを測る物差しはそれだけでいい。もし今アッシーが『小学生にしてはうまい』とか考えてるなら、それは逆にこの
聖らしい言葉だ。
真夜は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに「そうだな」と笑った。
「悪い、さっきの言葉は撤回する。そうだよな、彼らが
聖の隣では心月が「なるほどぉ」と頷いていた。
「でも気になるなーこのバンド。いつか生で聞いてみたい」
「イズミンの常連なら、そのうち会えるでしょ」
聖はそう言って椅子から立ち上がった。
「さ、俺らも練習始めんぞ。イズミン、今日も三時間コースで」
バタバタと螺旋階段を登っていく四人の後ろ姿を見送ってふと振り返った俺は、カウンターに一枚の紙が残されているのを発見した。
「おい、これ忘れ物じゃねーの、って………」
【summer festival inクロツスタジオ】
カウンターに残されていたのは、一枚のビラ。
小山市にあるライヴスタジオが企画する、バンドフェスの告知ビラだった。
半分から下は参加申し込み用紙になっていたようで、既に切り取られている。
「クロツのサマフェス、あいつら今年出るのか………」
確か去年は出てなかったよな、と思いつつビラを眺めていた俺の頭に、ふと閃きが走った。
“いつか生の演奏、聞いてみたい“
「………お、いーこと考えちゃった」
俺は急いでスマホを操作し、大原に電話をかけた。
コールが三回鳴ったところで、大原の馬鹿でか声が俺のケータイから飛び出す。
『おいイズミン!?俺今仕事中なんだけど!』
そうだ。こいつ曲がりなりにも教師だった。
「あーわりわり。そうそう、軽音の動画見たぞ。とりあえずお疲れさん」
『どーもどーも。つか、ちゃんと撮れてた?音悪くない?大丈夫?』
「撮れてた撮れてた。それよりお前ら軽音楽部さ、これからの活動予定とか決まってんのか?」
『ん?………なに、急だね。まだ白紙だけど?』
俺は思わずニヤリと笑った。
「なら、駆け出しバンドマンズにぴったりの初舞台、俺が紹介してやる。大原お前、クロツスタジオって知ってるよな………」
《2nd albumへ続く》
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