13曲目 あなたに①
ライヴ直前に姿を消した近藤。
彼は今一体、どこにいる?
「さっきから近藤の姿が見当たらないんです」
私の言葉に、大原先生は、んんー?と首を傾げた。
「あいつのことだから、トイレにでも篭ってんじゃね?」
「いや、それ俺も思ってさっき手当たり次第探したんですけど………どこにもいなかったです」
栗原が困ったように言う。
「教室は?あとは、学園内で迷ったとかは?」
「教室からは三人一緒に歩いてここまで来ました。んで、さっき俺がドラムのチューニングしてて、小川が蒼井先生と話してた間にどっか言っちゃったみたいで………」
「ちょっと目ぇ離しただけで居なくなるとか、赤ちゃんかあいつは」
大原先生は、はあ、とため息をついた。
「今来てないってちょっとやばいな。せっかく客もたくさん入ってきてるってのに」
「え!?」
大原先生の言葉に、私と栗原は慌てて暗幕の隙間から客席を除き、そして息を飲んだ。
ステージを囲むように円形状に設置された客席には、たしかに人の頭がたくさん並んでいた。ヒト、人、ひと。席はほぼ満席だろう。後ろの方には立って見てるひともいるくらいだ。青いセーラー服と、紺の学ランが入り混じってなんか青い。
「す、すげぇ人………!やば、やばばばばば」
「栗原くん、落ち着いて」
急に壊れた栗原の背中を蒼井先生がさする。
「それにしても小川さん、すごい人だね。あれ、よく見たら中等部や高等部の生徒もいるみたいだ」
そう。
一週間ほど前、突然「客が来ないかもしれない」という焦燥感に囚われた私は、大原先生が作った雑な告知ビラに加えて、自作のライヴ告知ビラを作成し学園内のいたるところに貼り付けた。さらに白仙学園には中高合同軽音楽部があることを知り、中等部へ侵入。運良く合同軽音楽部の部長さんと出くわし、大量のビラを押し付けたこともあった。
しかしこんな形でビラの効果を感じることができるとは。
「あの時の小川さんの暴走は怖かったなぁ」とビラ作りに協力してくれた蒼井先生は語る。
「でも、宣伝したかいはあったね。沢山の人が見にきてくれてさ」
創部に必要なのは初等部の過半数の票。
だからほんとうは、中等部や高等部に声をかける必要はなかったのだ。
けれど、どうせ大きなホール(しかも高等部の隣の)でやるのなら、なるべく大勢で盛り上がりたいではないか。
沢山の人に演奏を聴いてもらいたいではないか。
そう、私たちがこれからやるのは票を獲得するための「街頭演説」ではない。軽音楽部の創部がかかった重要なライヴであるには変わらないが、それよりももっと大切なこと。
今から私たちが演るのは、紛れもない「ライヴ」である、ということだ。
………なのに。
「………近藤、どこに行ったんだろ」
ヴォーカリスト不在では、ライヴが始められない。いや、ヴォーカリストじゃなくても誰かが欠けたらバンドは成立しないのに。
私たちがヤキモキしているその間にも刻々と時間は過ぎていく。
さっきからチラチラと時計を確認していた大原先生が珍しく表情を曇らせた。
「おおう、時間になっちったよ………」
「お、俺もっかい探しに行きます!!」
「おい」
そういって駆け出そうとする栗原の肩を大原先生は掴んだ。
「待て。お前までいなくなってどうする」
「そ、そうだけど………」
「客を待たせるわけにはいかん、お前らはステージを始めろ。なんか適当に一発芸でもやって場を繋いどけ」
んな無茶な。
「栗原、なんかできる?」
「お、俺!?いや小川やれよ!!」
「なんか一曲歌うとか」
「無理!俺ポニ○しか歌えない!!」
逆になんで◯ニョだけ歌えるの?
「じゃあポ○ョ歌ってよ。私がギターで適当に伴奏してあげるから」
「いやだよなんでだよ!助けて大原先生………ってあれ!?いない!」
「ああ、大原先生なら今近藤くん探しに行ったよ」
そう言って蒼井先生がステージの奥を指差す。
消えるの、早っ。
★
「す、すごい人の数………!!」
白百合統記念館ホールは、尋常じゃないほどの熱気に包まれていた。
みんな学園内のいたるところに貼り付けられたポスターを見て集まってきたのだろう。そこらのアーティストに引けをとらないレベルの客が集まっている。
私、
「ほんと、すごい人の数!さすが光、やっぱ人を惹きつけるのが上手いなぁ」
そういって赤みのかかったポニーテールを揺らすのは、同じクラスである
今まであまり話したことがなかったが、今日はひょんなことから一緒に軽音楽部のライヴを見にきている。
アリーナの左側の後ろの方に僅かに空いていた二席に並んで腰を下ろす。
「開演遅れてるみたいだけど………」
「まああの三人のことだから、なんかまたトラブったんじゃない?気長に待とう!」
「う、うん」
楓ちゃんの明るい声はよく通る。
ガヤガヤとうるさい聴衆のなかでも、真っ直ぐ私の耳に届く。
それだけじゃない、ピンと伸びた背筋。いつも同じ位置に結ばれたポニーテール。シワひとつない、制服。
光ちゃんと同じ、堂々としたその眼差し。
………隣にいると、自分はなんて小さい存在なんだろうと思う。
物理的にも、精神的にも。
「………桜良さぁ」
「!?ひゃいっ!?」
急に声をかけられ、思わず声がうらがってしまう。
「あはは!なにそのひゃいっ!って!面白いなー桜良は!」
コロコロと笑う笑う楓ちゃん。わ、笑えてもらって助かった………
「ご、ごめんね。なに?」
「ん?あ、いやさー桜良、最近由香達となんかあった?」
由香。
その響きに、私の心臓がどくりと音を立てる。
「桜良、前は由香とか花凛とよく一緒にいたじゃん。でも最近その光景見かけてないなって」
楓ちゃんが心配そうに私の顔を覗き込む。
「ケンカでもした?」
………ケンカ?
ちがう。あれは………
“これ以上、人の不幸を見て笑いたくないのっ!“
頭に響くのは、あの日の私の声。
口が乾く。
違うよ。けんかじゃないの。私が勝手にやったことなの………
嫌な汗がおでこを伝う。
はあ、はぁ、と息が切れる。
「………?桜良?大丈夫!?」
自然と涙が溢れる。
あの日の由香の言葉と表情を思い出して、また怖くなってしまう。
………なにやってんだろ。
「ご、ごめん………なんでもないっ………!」
突然泣き出したりして、楓ちゃんを混乱させて。
「とりあえず、ちょっと外の空気吸おう!」
楓ちゃんが私の手を引いて立ち上がる。
私は楓ちゃんに引っ張られるままに、記念館ホールを飛び出した。
★
楓ちゃんが連れていってくれたのは初等部の中庭。
小さな可愛いベンチが沢山あって、真ん中には「月の塔」と呼ばれる大きな時計塔が立っている。
「人多かったもんね。ちょっと一休みしよー」
そう言って楓ちゃんは私をベンチに座らせた。
私はハンカチに顔を埋めたまま、あげることができない。
「ごめんね。言いたくないこと、聞いちゃったよね」
ううん、楓ちゃんは悪くない。
本当に謝らなきゃなのは、勝手に泣いた私の方。
「よく光にも注意されるんだー、もう少し空気読めって」
ううん。そんな楓ちゃんの優しさにみんな救われてるんだよ。
「………ごめん………」
「えー?なになに、桜良が謝ることないでしょ!」
「私、由香とね、ケンカしたわけじゃないんだ」
私は涙を拭って顔を上げた。
「え?」
「ただね、ちょっと一緒に居るのが辛くなっ………」
その時だった。
「うおおああ八頭ぁあああー!!」
「ん!?えええ栗原くん!?!?」
突然、ゴリラばりの雄叫びを上げながら、同じクラスの栗原明石くんが中庭に侵入してきたのだ。
呆気に取られる私と楓ちゃん。
あれ?栗原くんって確か………
猛スピードで滑り込んできた栗原くんは、若干こけそうになりながら私たちの目の前で止まった。
「は、っはぁ、や、やがしらっ、あのっ、っは」
「お、落ち着け栗原くん。どうしたどうした」
膝に手を着き、息を切らしながら喋り出そうとする栗原くんの背中を、楓ちゃんは「どうどう」と言いながらさすった。
「あ、あれ。栗原くんって軽音楽部じゃなかったっけ。ライヴは?」
「いっ、いまっ、小川がっやってて………それより、八頭!そして、石川さん!伊吹、がどこに居るか知ってる!?」
「近藤くん?」
楓ちゃんが首を傾げる。
「知らないけど」
「ま、まじかー!!どうしよう、アイツ軽音楽部のライヴあるってんのになんか居なくなっちゃったんだよ!」
「「ええ!?」」
思わずハモる私と楓ちゃん。
「だから開演遅れてたの?」
「そう!あーもう、どうしよう!中庭にも居ねえし、神隠しにでもあったかな!?ブタにでもされちゃったかな!?」
「もしかして栗原くんってジ○リ好き?」
楓ちゃん、それ今聞くことかな………
っていうか。
「私、さっき近藤くん見たよ」
私の声に、栗原くんがぐるんっと振り返った。
「ほんと!?どこで!?」
私に掴みかかる勢いで栗原くんが近づいてくる。
ち、近い………栗原くんって爽やかな感じの顔してるのに、なんか暑苦しい。
「ら、ライブ始まる前だけど、なんか高橋くん達と一緒に高等部の方に向かって歩いてたような………」
「高橋?」
その瞬間、一気に栗原くんの顔が青ざめた。
「………なんだ、そっちか。いや、それ、けっこうやばいな」
「なんで?」
楓ちゃんがまたもやきょとんと首を傾げる。
「なんでもなにも、あの二人………いや、伊吹と高橋達は」
あ、そうか。
私はようやく理解した。
高橋くん達と近藤くんが一緒に居た意味。
そして、栗原くんには言ってないけど、
あの時、近藤くんがものすごい怒った顔して怒鳴っていた、その意味を。
近藤くんはこう言っていた。
ふざけんなよお前ら、離せ、と。
栗原くんは、今までに見たことがないほど、怖い顔をしていた。
怒っている。
あの、温厚な栗原くんが怒っている。
「………んだよ、あいつら。伊吹になにする気だ」
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