第2話 未来からきた娘

「ふーん、ここがお母さんが通ってた学校なんだー」


 亜麻色のショートボブ。顔に薄い化粧をしている。


 校則違反になる、短過ぎるスカートと、なぜかシャツに透けた、黒い下着が見えている。

 彼女――、末来さんがぼくの隣の席に座って呟いた。


 これだけなら、彼女の母親が昔ここに通っていたのだろう、と思う。

 だけど事実は違う。


 なぜなら彼女の母親は、現在もこのクラスに在籍しているからだ。


「うわっ、うわうわうわっっ、はじめが若い小さい可愛いーっっ!!」


 と、興味津々にぼくの顔をぺたぺたと触ってくる。


 末来さん……は、この席の本当の持ち主と混ざるから、あらためよう。


 彼女は、末来はどめ……、ついさっき、声高々と自分が未来みらいからきたのだと言っていた。



「未来からってことは、はやりの子供なの? そっくりそのまんま、はやりじゃん!」


 クラスの女子たちが未来からきた彼女を囲む。

『はやり』というのは、彼女の母親……、

 本来なら、ぼくの右隣の席に座っているはずの女生徒のことだ。


「はどめちゃん? が、ここにいるなら、はやりはどこにいったの?」

「わたしがしばらくこの時代にいる間、海外にいくって言ってました」


「……本当だ、はやりから、『空港でスーツケースを引いてる写真』がきてる」


 クラスの女子たちが集まったアプリの『グループ』があるようで、そこに投稿されていた写真から、彼女が言っていることが事実だと信じ始める。


「どれくらいこっちにいるの?」

「どれくらいだろ……?」


 すると、彼女がぼくをちらっと見た……え、なに?


「そもそも、なんでこの時代にきたの? なにか面白いことがこれから起こるとか?」


 未来からきたのであれば、当然、過去であるこの時代のことを知っているはずだ。

 歴史的大発見や、記録的大災害まで。

 彼女の知識は予測ではなく事実として起こる。


「はい、色々と知ってますよー」


「それとも、歴史的な大事件が起きるからそれを阻止しにきたとか」


「歴史的な大事件は、わたしがちょっと邪魔しただけじゃどうにもできないですって。できることと言えば……、恋のキューピッドにはなれるかもしれないですね!」


「じゃ、じゃあはいはいはいっ! あたしの未来の旦那さんは誰なの!?」


 ぴょんぴょん跳ねながら、一人の女生徒が質問した。


「細かい個人情報はちょっと……、お母さんって、人脈が広いわりに深い付き合いのある人は限られてますから」


 すると、また彼女がちらりとぼくを見た。


「そうなんだ……じゃあ、あたしの今の彼氏が浮気してるかどうかも分からないよね?」


「ですねー。わたし、この時代じゃまだ生まれてないですから。たとえわたしが生まれてる時代のことを聞かれても、わたしの生活圏外のことは知りようもないです」


 検索すれば出てくるような事件なら知っているらしい。

 確かに、いくら未来からきたとは言っても、その知識には制限があるものだ。


「えー。じゃあ、未来からきたって証拠がなくない? 

 もしかしてはやりの悪ふざけに付き合わされてるだけじゃないの?」


 つまり未来からきた娘は偽物で、この時代の『末来はやり』本人なのだろうと。


 周りから、さっき投稿された写真について言われると、


「前に撮った写真を、今、投稿しているかもしれないし。

 他の人がスマホを操作すれば、はやり自身が投稿しなくても写真は届くでしょ?」


「そ、そうですけど……! わたし、ちゃんと未来からきましたよ!?」

「気になっていたんだけど……」


 別の女生徒が手を挙げる。ぴょんと跳ねなくとも見える挙手だ。


「タイムスリップしてきたことを、私たちに言ってもいいものなの? 

 ほら、タイムパラドックス、とか? 普通は隠すと思うんだけど……」


 それはぼくも思った。

 ただ、信じてもらえていない今、隠しているのと変わらない。


 結果的に、タイムパラドックス的な心配はないと言える。


「やけに信じさせたいみたいだけど、私たちが信じないといけない理由があるとか?」

「それは……、生活する時に、嘘を吐きたくなかったからで……」


 彼女が視線を落として、しゅんとうなだれる。


「……はやりじゃないことは分かってるよ。はやりはそうやって落ち込まないし、逆に信じない私たちを怒るもの。証明しないけど、そういうもんだと思って信じろって具合にね」


「……はは、それは、お母さんらしいですねー」


 娘も認める母親の性格は、未来でも変わっていないらしい。


「――あ! 分かった、はどめちゃんは宝くじで一攫千金を狙うつもりなんだ!?」


「いやいや、はどめちゃんも中学生でしょ? 

 中学生でお金のために過去にくるなんて、勿体ないことはしないと……」


「……っ、し、調べ忘れてたよ……っ」

「おい。もっと夢のある使い方しなよ、タイムトラベラー」


 悔しがる彼女は「冗談ですよー」と言うが、未練がないわけでもなさそうだ。

 この時代で億万長者になっても、それを元の時代まで維持するには苦労するだろう。


 彼女もずっとこの時代にいるわけでもないだろうし、大金があってもできるのは投資くらいだ。過程を見届けられない以上、未来で大変なことになった場合、原因を探るのが大変になる。

 不用意なことはしないだろう。


「ふーん、未来が分かるなら占い師とかやれば人気が出ると思ったんだけどなー」


「わたしは未来を見るんじゃなくて、知ってるだけですから。

 知らない未来のことはなんとも言えないんですよ」


「未来の人も万能ってわけじゃないんだね」


 タイムスリップしたことを信じている者、信じていない者、半々くらいだろう。

 少しの差で、信じていない生徒の方が多かった。


 彼女を囲んでいた女子生徒たちは、いつの間にか散っていた。

 そろそろ朝のホームルームが始まる。


「じゃ、はどめちゃん、あとで学校を案内してあげる」

「未来の話も、できる範囲でいいから教えてくれるかな? 真偽がどうあれ興味がある」


 そう言って、最後まで残っていた凸凹コンビの二人が自分の席に戻っていく。

 ふう、と彼女が一息ついて、


 三度、ぼくを見た。


「はじめ」

「…………」


古代こだいはじめくーん?」


「…………」

「……あれ、全然、向こうとキャラが違うんだけど……」


 未来のぼくはどんな大人なのだろうと興味が出た。


 彼女は、未来のぼくを知っているのだろう……、ただ、関係性が想像できないな。つまりぼくと末来さん(――この子の母親の方)と未来では連絡を取って会うような関係……、

 彼女の反応から、ぼくがこの子の父親、ってことではなさそうだ。


 もしもそうなら、彼女が未来からきたのだと明かしたことで、タイムパラドックスが生まれやすくなってしまうはず……、未来の奥さんが隣に席にいるとなると、変に意識してしまうし……それで関係がぎくしゃくすれば、結婚をしない未来に変わってしまう。


 そうしたら、彼女の存在も消えてしまうはずだ。


「……ね……ば……って……――ねえってば!!」


 わっ!?

 び、びっくりした……。


 気付いたら目の前に彼女の顔があった。


「聞いてる!? さっきから無視しないでよ。未来では呼んでもいないのにわたしの部屋に上がり込んでちょっかいかけてくるくせに……なによもう、調子狂うな……」


「…………」


 ぼく、未来ではそんな感じなのか?

 自分のことだが、考えられない未来だ。


 人違いじゃないのか?

 でも、古代はじめって、ぼくの名前を知ってるしなあ……。


「喋りなさいよっっ!!」


 彼女がぼくの両頬を掴んで左右に引っ張る。


「いたい」

「ここまでやってやっと喋るってどういうこと!?」


 ひりひりと痛む両頬を擦っていると、こそこそと周囲の声が聞こえてくる。


「(古代が喋るなんて……。いつも無表情でなにを考えてるのか分からないやつだって思ってたけど、ちゃんと血の通った人間だったんだな……)」


「(あの二人って、どういう関係……? 未来で一緒みたいだけど……)」

「(まさか、はどめちゃんの父親じゃないよねえ)」


 色々な憶測が飛び交う。

 未来のことは否定できないが、ぼくが血の通った人間だということは保証しよう。


 それにしても、自分から喋ることが少ないだけなんだけど……、

 え、クラスメイトからそんな風に思われていたのか……。


 かなりショックだ。


「……はじめ。最近、頭でも打った?」

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