第3話 落第者を認めない
「ッ、斬られた!?」
「読まれてたみたいだな……、なあ、もしかしてお互いに手の内が分かってるのか?」
彼女が撃つ、そして敵が斬ったことがすぐに分かったなら、元々の知り合いである可能性が高いだろう。
……この未知の土地でなにが起こっているのか、ワタルにはまだなにも分からない。巻き込まれただけだ……、なんの説明もされていないのだ。
なのに、いつ死んでもおかしくない戦場に立つなんて……つい本音がこぼれる。
「いくら天才のおれでもこれは死ぬぞ……?」
「あんたっ、なにしてんの早く逃、」
「遅いぞ、落ちこぼれ」
いつの間に――。
木々を渡ってこっちまでやってきたのだろう、小柄な少女の身軽さを活かした移動で、遠心力を存分に使った蹴りがベージュ色の髪を捉えた。
まともに一撃を喰らって倒れる。
重い一撃だ……脳震とうになってもおかしくない。
「あ、ぐ、ぅ……」
「立てないだろ、プリムム」
一瞬、目を離した隙に、小柄な少女の手に握られていたのは身の丈以上の剣だった。
振り回せば彼女の方が振り回されてしまいそうな剣――太刀、か。
細く長いそれが、彼女へ――プリムムへ突きつけられた。
「ター、ミナル……ッ」
「さっさと脱落しろ、落ちこぼれめ」
刃がずずず、とプリムムの手の甲へ突き刺さり――
つい、ワタルが飛び出してしまった。
急な横槍に驚いた小柄な黒髪少女――ターミナルの横腹へ。
ワタルの蹴りが直撃する。
踏ん張ることができなかった彼女は、剣を手から落とさなかったものの、受け身を優先して地面を転がっていく。
その隙に、ワタルがプリムムに駆け寄った。
「大丈夫か!? 手に刀が刺さって……え?」
手の甲の怪我が、なかった。
癒えた? そもそもワタルが見た錯覚だったのだろうか??
「怪我、なんてしないわよ……私たちは『化物』なんだから……っ」
怪我をしなくとも脳震とうは起こすらしい。
肉体は頑丈でも内面は脆いということか……。
だとしても、怪我をしないことは頑丈の証明にはならない。
怪我をしない、痛みをあまり感じない……だけど内面では疲弊しているのなら、それは肉体のアラートを無理やり切っているだけだ。
動かなくなるまで戦え。
まるで、そう言われているようだった。
立ち上がったプリムムは足下がフラフラだった。
よろけた彼女に手を貸すワタル……だが、その手が払われた。
拒絶の言葉こそなかったが、触っていいと言ってない、という目を向けられる。
「……そんなこと言ってる場合かよ……っ」
彼女とひと悶着あってもおかしくないところで、立ち上がったターミナルが、まだ幼さを残す声で言った。
「フンっ、まだ生き残っているとは驚いたなあ……落ちこぼれ。どーせ周りに守ってもらっていたんだろうがな。そう、【盾の力】とかな?」
分かりづらかったが、プリムムが少しだけ唇を噛んだ。
ターミナルの指摘が合っていたのだろう。
……落ちこぼれ、か。
彼女が周りを頼るのは、悪いことではないのだが。
ワタルが視線を巡らせる。
周囲の木々に、ターミナルの取り巻きがふたり、潜んでいる。
いつでも仕掛けられるが……、
今はターミナルが手で制していることで、攻撃がやってこないだけだ。
勝負を早く終わらせたいなら喋る暇もなく襲ってしまえばいい……のに、しない。
彼女――ターミナルは。
落ちこぼれに自身の実力を分からせたいのか。
「……ところで、オマエはだれなんだ?」
ターミナルの視線がワタルへ向いた。
「おれは……ただの通りすがり」
「だとしたら異常事態なんだがな……まあいい。先生がどうにかしてくれるだろ――それで? どうしてプリムムを庇うんだ?」
「その前に聞きたいが、どうしてプリムムを狙うんだ?」
「はっ、そんなの、参加者として相応しくないからだ」
「っ」
プリムムが息を飲んだ。
……自覚があったからか?
「選抜された三十名の中に、どうしてオマエがいるんだ? 成績は最下位、知識も戦闘も及第点には届かない――赤点常連者がどうしてここにいる……! 他にも優秀な学生はたくさんいるんだ……落ちこぼれが選ばれたことで優秀なだれかが落ちているんだよっ!!」
一位であるターミナルが選ばれていながら、二位の生徒は選ばれていなかった。
なのに、最下位であるプリムムが選ばれている……と。なるほど事情が見えてきた、とワタルが頷く。
つまり、選抜メンバーの中に相応しくない人物がいるから排除してしまおう……というターミナルの意見が、こうして襲撃に繋がっているのだ。
……まあ、分かる。
きっとワタルでも同じことを思っただろう。
ただし、選抜基準が明確であれば、だが。
「それさ、成績順で選抜されているのか?」
「……なんだと?」
質問しているが、ワタルの一言でターミナルも理解しているはずだ。
最優秀者がこれだけのヒントを与えられていながら、分からない、なんて通らない。
――選抜方式。
まず前提なのだが、選ばれたから、どうなのだろう?
なにも知らないワタルにとってはそこから疑問だ。
完全な部外者であるワタルが口を挟む権利はない。
ないが……、こうして巻き込まれている。不満を言うくらいはいいだろう?
とは言え、余計な首を突っ込むべきではなかった。警鐘がさっきからずっと鳴り響いている。しかし、むっとしたのだから仕方ない。
出会ったばかりだが、まだ自己紹介さえしていないが、プリムムを落ちこぼれと言ったのは流せなかった。
――ああ、イライラする……。
子供っぽい理由だが、腹が立ったのだ。
だからつい、言ってしまった。
得意気に話している少女へ、横槍を刺してしまった。
反省はしているが、後悔はしていない。
「成績順で選抜されているなら、プリムムが入っているならおかしい……それはおまえの言う通りだろうな。だけど、訂正されることなく始まっているのなら――この選抜メンバーが正しいということになる」
そう、選んだ側に、意図があるのだろう。
「成績順ではない、なにかで選ばれたんだろうな」
「……なにかって、なによ」
「さあ? そこまでは知らないけど」
プリムムの質問には答えられない。
だって、ワタルが選抜したわけでもないのだ……全ては推測だ。
ここまで言っておいて、間違っている可能性だって充分にある。
単純な成績順ではないだろう、という確信はあったが。
とにかくだ、ワタルが言いたかったことはひとつ。
「成績では測れないものが、プリムムにはあった、ってことだろ」
他人を成績でしか見られないターミナルへ。
相対的な優劣でしか人を評価できない少女へ――ワタルが言った。
「こうして選ばれてるんだ。プリムムの中で、おまえよりも優秀な部分があったのかもしれないな」
「私よりも、だと……?」
……そんなこと……
ターミナルの声は、消えそうなほどに小さかった。
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