タルト・ネオーズ その2

 酒場みたいなレストランを出る時、お姉ちゃんに頭を撫でられた。


 わたしが席に忘れた、桜色の丸く服らんだ小さな天使の羽が左右にくっついている帽子。

 わたしが小さい頃から不思議と、肌身離さず身に着けているものだ。

 お姉ちゃんはそれをわたしに被せてくれた。


「ありがと」


「首飾り探しに意気込むのは嬉しいけど、あんまり無茶しちゃダメだよ」


 指先でこつん、と鼻先をつつかれた。

 帽子を深めに被って、

「気を付けるよ」


「あ、そうそう」

 背中合わせで別れようとしたわたしを引き止めるお姉ちゃん。

 言い忘れかなと思ったけど、重大なことじゃなかったらしい。


「二人にちゃんと言っておきなよー」


 お姉ちゃんは、言い終わる前に既に後ろを向いて、手だけ振っていた。

 だから返事ができなかったし、わたしも「?」とぽかんとしていた。

 なんだろ? 考えても答えは出なさそうだったので、諦めた。いずれ思い出すと思う。


 そう、楽観視していた。

 だからわたしは、たんだ。



 空に浮かぶオーロラのような生地の、ぶかぶかのコート。

 丈が長く地面にあとちょっとで着きそうだった。

 袖は短く、それからコートの内側は、水色のスカートの下に、短パンを穿いている。


 生足を見せつけるように! ううん、ただ暑がりなだけなんだけどね。

 だからキャミソールみたいな、お腹を出した服装をしているわけなんだけど。


 でもこの格好、お姉ちゃんたちには怒られたなあ……。


 中でも、テュアお姉ちゃんだけは怒ってはいても、ちょっと違う。露出が多いことを危惧したお姉ちゃんは、コートと、スカートの下に短パンを穿くことをアドバイスしてくれた。


 おかげで他のお姉ちゃんからのお小言は随分と減った。ま、まあ、それでも別の用件で言われることが多いけど……。

 それも一人暮らしをしている今のわたしには、あまり関係がないかな。


 森林街から森へ。そして巨木・シャンドラ。

 雲に届きそうな高さを誇る、世界最大の目印を見上げながら、帰路を歩く。


 そして三本の木の間に挟まっている木造の家――わたしの家に辿り着いた。


 んで。


 シャワーを浴びてちょっとのんびりしてから首飾りを探しにいこうとドアノブを捻ったけど、扉は開かず、窓も固く……うんともすんとも言わない。


 つまり、閉じ込められている?


 そして、いつの間にか潜り込んでいた、妹二人……ベリーとショコナ。


 ベリーは赤毛のツインテール。

 ショコナも同じく赤毛のショートボブ。


 二人は双子で、髪型を揃えたらきっと瓜二つになる。

 どっちがどっちだが、分からなくなる自信があった。


 双子だと、差別化の意味も込めて好みや性格が正反対、とイメージがつきやすいけど、この二人は似ている。双子なんだから当たり前だとは思うんだけど、性格がなにからなにまで一緒だった。どっちかが無茶をしたら片方がたしなめる、ということができない。


 どっちかが無茶をしたら、片方も一緒に無茶をする。

 暴走に暴走を重ねて、雪だるま式に悪循環が膨らんでいくっていう問題があるんだけど、本人たちは特に気にした様子がない。


 ……それもそうかな。

 本人たちは楽しむためだったり、良かれと思ってやっているんだから。


 そんな二人はメイド服を着ていた。わたしの家……元々、住んでいたお屋敷のことだけど、そこの侍女さんが着ている制服だ。

 なんで着ているんだろう……二人のことだから、着てみたいから着ただけなんだろう。

 ここにいるのだって、来たいから来ただけだろうし。


 思いつきで行動する。考えることをしない。子供らしくて、微笑ましい。ちょっとだけ、わたしが言うのもなんだけど、度が過ぎてしまうこともあるけど。

 その時は怒られて、ダメなものはダメと覚えればいい。

 だからわたしの役目じゃないかな――。


 とりあえず、


「二人とも、どうしたの?」


 ベリーとショコナは同時にぷいっと視線を逸らした。この反応は……、なんだか怒ってる、っぽい……? 元々、この部屋にいたみたいだし、じゃあ、わたしの帰りをずっと待っていたことになる。……もうちょっと早く帰ってくれば良かったかな……。


 のんびりと景色を眺めずに、走ってくれば良かったぁ……。


「ごめんね、さっきまでテュアお姉ちゃんと一緒だったから……」


「姉さま!?」

「テュア姉さまはきてないの!?」


 さっきまでだんまりだった二人は、水を得た魚のように、一気にぴちぴちと声が跳ねた。

 わー、やっぱり人気だなー、お姉ちゃん。


 二人して窓に張り付き、外を見るけど、もちろん、お姉ちゃんの姿はない。

 今頃、どこでなにをしてるんだろ。

 首飾りを探しているってことは知ってるけど、『どこで』までは知らない。


「いないじゃん」

「嘘つき」

「嘘つき」


 十一歳の双子ちゃんは、交互に喋る。声も似ているので一人が区切りをつけて喋っているような一貫性があった。統一感があるからこそ、区切られていることで違和感。


「嘘じゃないよー、さっきまで一緒にいたの。

 でも、用事があるからって、お姉ちゃんとは別れたんだよ」


「会いたかったのにー、使えないタルトめ」

「タルトめー」


 双子のお姉ちゃんがベリーだから、先に喋るのは基本的にベリーだ。強めで、乱暴な口調はベリーのもので、それを真似したり、乗ったりするのがショコナだった。


 当然、ショコナが先に喋ることはあるし、ベリーの方が乗ったりすることもある。テュアお姉ちゃんに似たらしく、自由な二人だ。

 ――だから二人とも、ロワお姉ちゃんが苦手だったりする……。

 そんなわたしも、ロワお姉ちゃんは苦手……。


 苦手な姉妹の方が多いんじゃないかな、と思う。


「タルトー、お腹が空いたぞ、甘いものが食べたい気分だ」

「生クリームを所望するぞ」


 目を輝かせながら、なにかを期待しながらわたしを見上げる二人。

 ……そんな期待の眼差しで見られても、わたしにも蓄えが自分以外にあるわけじゃないし、裕福なこともできない。だから二人の期待には応えられない。


「甘いものはないけど、……小腹が空いた時のサンドイッチくらいなら作れるよ。

 食べる? 野菜もきちんと挟むからね、ちゃんと食べなきゃダメだよ」


「…………いいもん」

「ベリー」


 わたしに背を向けたベリーを、ショコナが追いかけた。どうしたんだろ。野菜、抜いてあげた方がいいかな。確かに、お屋敷でそういう教育は嫌というほどされているだろうし、わたしの家まで遊びにきて、それを強要されるのも嫌だよね。


 取り出しかけた緑色と黄色の野菜をしまいこんで、二人を追った。

 キッチンから部屋へいく、その途中――、


「いっ!?」


 がんっ、と音がしたら足の指先に激痛。

 すぐに屈んで手で押さえる。

 力強く押さえていないと涙が出そうだった。


「た、タンスの角が……」

 小指が、ぐにぃ、と外側に曲がっていた。


 幸い、折れてはいない。一瞬の痛みなので、ひびも入っていないはず。……それにしても、運がない……。こんなこと、滅多にないのに。

 自分の家なら目隠ししても日常生活を送れると思っていたけど、見えていて小指が当たってしまうなら、まだまだだった。


 動いたことに、動かされたことに、動かしたことに気づけないなんて……。注意深く見ていないからこういうことになる。次からちょっとは周りに意識を向けようと思った。

 そして、三歩でそれを、わたしは忘れるのだ。


 失敗を繰り返す。前を向き過ぎて後ろを振り向かないのと一緒に、過去の失敗を瞳に映さない。トラウマを作りにくいけど、学習しない。

 うーん、良いのか悪いのか……。

 ロワお姉ちゃんなら間違いなく悪いと言う。でも、テュアお姉ちゃんなら褒めてくれる。


 この選択は、お姉ちゃん二大派閥、どっちにつくか、を暗示しているみたいだ。


 あ、一応、わたしはテュアお姉ちゃん派。ロワお姉ちゃんが嫌いなんじゃなくて、それ以上にテュアお姉ちゃんが好きなだけ。だから、誤解しないでほしい。


 誰が心を読んでいるか分かったものじゃないしー。


 痛みが治まったところで、立ち上がり、二人を追いかける。

 玄関付近で、ベリーの後ろからショコナが抱き着いていた。

 ドキッとする状況である。


 ……話しかけづらかったので、わたしは見守ることに。双子にしか分からない気持ちがあって、それを払拭できるのも、やっぱり双子だけ。

 姉妹だけどわたしじゃきっと役立たず。

 だから物陰からこっそりと窺うことに留めた。


「……大丈夫。落ち着いた」

「心配をかけないでよね」


「ごめん。ありがと、ショコナ」

「もうこれっきりにしてほしいよ、ベリー」


 二人は頬をこすりつけ合いながら、耳元でぼそりとなにかを言い合っている。


 互いに毛繕いをしているように見えた。体を舐め合って、と言うと、えっちな感じに聞こえちゃうけど。動物みたいだから、たとえてみたんだけど……でも、それに近いものなんじゃないかな、と思う。


 二人の雰囲気がピンク色になる。機嫌は、治ったのかな……? 

 わたしの指の痛みも引いてきたし、声をかけるなら今しかないかもしれない。


「ベリー、ショコナ」

 声をかけると二人が振り向く。

 良かった、いつも通りの二人だった。

「ごめんね」


 ベリーが、目を見開き、嬉しそうな顔をする。

 その表情に、わたしも顔が緩む。


「サンドイッチの野菜抜くから、元気出してよ」

 両手を合わせて、ちょっと傾けた。


 このままお腹いっぱいになれば、二人も満足してくれるだろうと期待して、わたしは二人の変わった表情に気づかぬまま、この時はキッチンへ戻ってしまった。


 だから、その後のベリーの呟きも、聞けない。



「……そういうことじゃ、ないのに……。絶対、覚えてないじゃん……っ!」


 その時はもう、ショコナもベリーと同じ気持ちになっていた。

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