【警告】―地下世界から出ないでください―【2】その11

 戦闘服を脱いで、それを掛け布団のようにしていたらしいが、左右に転がる寝相の悪さで取れてしまい、アンギラス族特有の白い服装が丸見えだった。

 下の方も、足首に脱ぎかけの服がかかっており、寝相の悪さのせいで眠りながら脱いだのだろうが、途中で諦めたのか、中途半端な位置で止まっていた。


 ここが敵陣でなくとも、空が見える外の世界でこうものん気に寝られるのならば、ストレスなんて一つも感じないんだろうなあ、と少し羨ましい。


 鼓動する胸を見れば、当然だが生きている。


 しかし……白い服装に褐色の肌というのは、目がちらちらと引きつけられるな。


「ッん――い、いたいッ!? 頬をつねって引っ張るなってッッ!」


「さっきの子たちの仲間かもしれないから起こそうか。いいから、じろじろ見てないで歩きなさい。肌を出すだけでそんな視線を奪われるなんて、男なんて簡単よね、フンっ」


 引っ張られ過ぎてひりひりする頬を撫でながら、安心して眠り続けるアンギラス族の少女の元へ。気配を消したわけでもないのだが、手が触れる位置まできても起きないというのは心配だ。


 警戒をまったくしていない。

 寝ようと思って寝たわけではないにしても。


 年下に見える幼い顔立ちだが、もしもさっきと同じ、サリーザのチームの一員なのだとしたら、同期で構成されるチームの法則を考えれば、年上ってことになる。


 青みがかった黒髪の毛先がくせっ毛なのか、跳ねていた。育ちの良さそうなサリーザのチームにしては、若干、身なりを整えていないため浮いて見えるが、サリーザたちが異常な執着を見せていると解釈しよう。


 こんな世界で身だしなみを整えようとするのはごく少数だ。


 そのごく少数が、俺の隣にいるわけでもあるけど。ぺタルダもマナも、そう言えば最低限の身だしなみを整える程度だ。いま考えるとマナは別の理由もあったみたいだが。


「……起きないね」

「個人差があるけど、体を触るよりも翼を触った方が敏感なんじゃなかったっけ? 昔、ぺタルダにやって怒られたことがある」


 ふーん、と相槌を打ってティカが翼を撫でると、


「んぁ、っ、んうっっ!?」


 と、寝息を立てていた少女からそんな赤面するような声が出て、


 一番驚いていたのは、顔を真っ赤にしたティカだった。


「わ、わたしのせいじゃないよだってアルがしろって非道なことを言うからぁっ!」


「しろとは言ってないだろ、というか非道でもねえって! ただの提案だ、提案!」


 他の部位よりは敏感だとは思っていたが、彼女の場合は人よりも優れて敏感だったらしい……、寝ていたからではなく、明らかにティカの撫で方でよだれを垂らしていた。


 頬を赤くさせた少女のまぶたが、ぱちりと上がって俺たち二人を認識する。


「ご、ごめんなさい、寝ちゃっていました……。ふわぁああっ」


 大あくびを披露した後、彼女は周囲を見回し、俺たち二人の元へ視線を戻す。


 彼女は制服を見て、俺たちを仲間だと思ったのか……、

 昔は習慣としてあったらしいが、今はもう誰もしていない敬礼をびしっと決めて、


「ところで、あなたたちは誰で、ここがどこだか、知ってます?」



「なるほどなるほど、そういうわけなのね、助かったわあなたたち」


 と、幼い顔立ちで、上から目線で物を言われると、無理して背伸びをした感じが出てしまっているが、これが本来のあるべき姿であり、関係性である。


 彼女は一つ年上の先輩であるのだから。


 チーム内での立ち位置がどうだとか、別チームとの関係性にはなんの影響も与えない。


 戦闘服に身を包んだ先輩。

 着せられている感が満載だった。


「興味深い話が聞けたわ。グレイモア……A、だっけ? そんな存在、今まで報告されたことなんてないから――すっごい大発見になるんじゃないかな!?」


 まるで自分が見つけたかのように、目を輝かせる先輩だった。


 先輩風を吹かせようとして、偉そうな口調を使っても、気分が高揚すれば素が出てしまい、台無しだった。

 元々、背も低く、子供っぽいのに跳ねながら俺に近づき、上目遣いをされると年上であることを忘れてしまう……。


 アルアミカっぽい……、のかな。


 あいつはあいつで、素が偉そうなんだけども。


「大発見になるのはいいですけど、それよりもまずは、伝えるわたしたちがここから脱出できるかどうか、ですけど……」


「脱出、か……。え、――わっ!?!?」


 先輩は今、ティカの存在を思い出したのか、驚いていたがすぐに平静を保とうとする。


 ティカの体質によるこういう反応は見飽きたので、俺たちもいちいち反応はしない。


 先輩はどうやら、人一倍、後輩の前では良いところを見せたいらしいから、俺たちも合わせるよう努力しよう。


 具体的には先輩のポンコツ部分には目を瞑って、見なかったことにする……など。


「そ、そうね、脱出しなくちゃね……、でも、今日はもう無理かな……」


 先輩との少ない情報共有をしている間に、完全に日が落ち、あたりは真っ暗だ。

 日の光を頼りにしていたため、夜になれば地下空間は先が見通せない。星の光があるので場所を選べば、互いに顔が見える程度には視界を確保することはできたが……。


 光が当たるということは、他人から俺たちの姿が遠目からでもばればれであることを意味している。普通のグレイモアなら問題はなかったが、グレイモアAの存在を知ってしまっている今、余裕を見せてもいられない。


 ヤツらに限れば、視覚でばれるのだから。


「それにしても、先輩は手ぶらなんですか?」


「……あはは……いや違うよ、ちゃんと持っていたんだよ?」


 過去形なら、落としたか失くしたか……、どっちも同じか。


 荷物を失くし、外で無防備に眠れる……、実力者か馬鹿かの二択だが、先輩はどちらかと言えば、馬鹿の方に入りそうな匂いがするが、どうだろう。


「もし――」


 三人で円になるように囲んで座り、先輩が少し声のトーンを落として、


「生きて帰る自信がないのなら、情報だけでも伝える方法があるけど、どうする?」


 簡単なことだ。俺たちが生きて戻り、口頭で伝えることが無理ならば、紙に書いてしまえばいい。風に乗せてしまうと遥か遠くへいってしまうので、できれば地下。

 すぐには無理かもしれないが、二度目の探索時に誰かが見つけてくれることを祈って、この場に置いておくのだ。

 ……生きて戻れなかったことを考えて、残しておくのも利口な方法である。


 生きて戻れたら口頭で伝えればいいし、置いておいても損でもないかもしれない。


 従おうとした俺たちに、しかしこの方法の穴を先輩は忠告してくれた。


「そういう安心感って、大丈夫だって分かっていると気が抜けたりしちゃうから、おすすめはできなかったりするけど。諦められない理由を自分で失くしちゃってるわけだからね。

 戻ったらあの子に告白するから死ねない! みたいなことに近いかもしれないけど、でもそれだって逆に、死に暗示がかかっちゃってたりもするんだよね……」


「どうしたって、死と隣り合わせは変わらないよ」


 先輩は、そうだね、と笑った。

 その笑みだけは、やけに大人っぽく見えた。


「先輩の、チームリーダーは……サリーザ?」


「うんっ、そうだよ。もしかして知り合い? でもごめんね、あたしは新入りだから、今のチームメイトとはあんまり仲良くないの。既に仲良し組で固まっちゃってるし、リーダー以外の三人は、リーダーに心酔している傍付きみたいなもんだし、わざわざあたしと入れ替えた意味があるのか疑問が残るのよねー……」


 チーム内メンバーの入れ替えは、滅多に起こらない。同じ目的を志し、共同生活を繰り返せば、どれだけ不仲でも仲は改善されていくのだが、相手がサリーザであるとすれば、改善されるのも難しいか。


 彼女は地上種と天上種の時代遅れな差別を今でも意識している。


 今ではほとんどの地上種と天上種が共存していると言うのに――。


 だとすると、そこに溶け込めている先輩は……。


「――先輩は、もしかして」


「あたし? もうっ、あたしが地上種を毛嫌いするように見える? 

 そもそも天上種から嫌われているんだよ?」


 天上種というか、アンギラス族からだけなんだけど、と先輩が苦笑しながら。


「あたしの体質なんだけど、肌が焼けやすくて。あたしも日光浴が好きだからよくするんだけど、だから年がら年中、肌が真っ黒なの。

 ただ、アンギラス族ってみんな真っ白なんだよね……白さは純潔を表し、潔白を証明するって。でね、肌の色が黒いと、こう……予兆みたいなものなんじゃないかって勘違いされて、あたしは昔から良く思われていなかった。

 ……堕天、って知ってるかな。全身が真っ黒になって、天使から悪魔になってしまう状態のことを言うんだけど、これってアンギラス族との敵対と追放を意味するの。——裏切り者、ってね。そんなわけで、あたしはチーム内でも、種族の中でも、弾かれてて……。あはは、なんか格好悪い話をしちゃったね、ごめんね。でも、あたしは地上種の味方だから安心してね。地上種と言わず、全後輩の味方だから、お姉さんに頼っておっけーっ、ぶい!」


 重くなりかけた空気を元に戻そうと、茶化した態度を見せたが、俺たちは先輩の気遣いに応えられなかった。

 先輩の過去や現状に、同情したから、ではなく。

 サリーザのチームの一員だと知った時点で話すべきだったことを、今まで忘れていたからだ。


 忘れてはならず、絶対に伝えなければならないことなのに。

 たとえ、先輩たちの仲が良くなかったとしても、それでも仲間なのは変わらない。


 思い出せたのは、堕天という言葉のおかげだった。


 俺たちは引きつった笑みを見せる先輩に伝える。


 助けることができなかった、二人の先輩の格好良い、その死に様を。

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