【警告】―地下世界から出ないでください―【2】その5
地上世界に出てから歩き続けて、一時間ほど。
日の光がないために、年中涼しい地上世界は、砂漠地帯も例外ではなかった。雨や雪は降らないくせに、風はきちんと通るため、開放的な砂漠は風がよく通り、どの場所よりも寒く感じる。
障害物が少ないために見えた影に、俺は危機感を増大させた。
後ろについてきている仲間たちに伝え、身近にあった体を隠せる岩へ移動する。
ヤツらは耳が良い。
足音一つ聞き逃さないが、距離が開いていれば大丈夫だろう……。
見える豆粒ほどの大きさの『ヤツら』がいる場所との距離が、安全だとは言い切れないが。
「そこら中にグレイモアがいるわけだし、あいつら同士の足音で、俺たちの足音をかき消してくれればいいけどな……」
グレイモアは、感覚があっても知能はない、と言われている。
音に反応をしても、それが俺たちであるのか、同じグレイモアのものであるかは分からないはず……、分からなくとも音に反応して追いかけてくることもあるので、気は抜けないが。
「……気づかれてはいないみたいね。
正確には、気づかれたけど興味の対象が他に移った……ってところみたいね」
「まさか、別のチームがなにかやらかして、そっちに反応したのか?
でも、調査範囲が被らないようにはなっているよな?」
「距離はあるはずだから、ばったり出会うことはないでしょうけど……、そもそもグレイモアの耳がどの程度の距離を聞き取れるのか、正確には分かっていないし。地下世界が襲われていないのなら、聞き取れる範囲の予想もできそうなものだけど」
過去にいくつか、地下世界がグレイモアに襲撃されたが、それには原因がある。入口をたまたま見つけられてしまった――地上付近で音を立ててしまった――入口を塞がないミス、などなど……、気をつけていれば回避できるものだ。
できているからこそ、俺たちの地下世界は未だに無事であるし、今では最も大きく、多くの種族が暮らしている安全地帯になっている。
日常生活の音を聞いていれば、グレイモアが穴を掘ってでも、地下世界へ足を踏み入れてもおかしくはない。それがないのは、つまり聞こえていない、と思うべきか……。
単純に、穴が掘れなかったりするのか?
「あ、その辺をうろうろしていたのが数体、一斉に同じ方向へ進み始めたわね」
「先にはなにがあるんだ?」
「機能なんてしていないけど、廃村……いや、町かしら。アル、……どうする? 私たちも向かう? わざわざ敵が集まる場所に行く必要はないと思うけど……気になるわよね?」
ああ。グレイモアが集まる場所には、逃げ遅れた人がいると相場は決まっている。
それに、以前に別の誰かが調査したとは思う町だが、取りこぼしが必ず存在するはずだ。調査をすれば、音を立ててしまう……その音でグレイモアを引き寄せ、調査どころではなく、必ず仕方なく切り捨てる箇所があるはずなのだ。
俺たちはそこを意識して引き当てるように、調査をするのだ。
さて――。
リーダーと副リーダーに任せて、後ろでのんびりしている仲間にも、きちんと働いてもらわないと、俺たちが納得いかない。
道中、危険はグレイモアだけではなく、ここを通った調査隊が、グレイモア用に仕掛けた罠があったりもする。あれもこれも意識すると、一歩一歩が慎重になり、結果、まったく前に進まなくなってしまう。
というわけで。
「おいっ、なんであたしが一番っ、先頭なんだッ!」
「なんで……って、前からリーダーをやりたがっていただろ。
今だけ譲ってやるから、見える町まで頼むぞ」
「意地でも渡さなかったその地位を今だけ明け渡す貴様の邪な考えが透けて見えるようだぞ!
――意図は分からんけども!」
じゃあ透けて見えてねえじゃねえか。
しかし、貸し一だぞっ、と言いながら、迷いなく進んでくれるアルアミカ。
一歩先に罠があるかもしれないのに、危険に怯えない足取りだった。
……罠があるかもしれない、という発想自体がまずないのかもしれないが。
順調に砂漠地帯を進む俺たちの体を震わせたのは、前から吹いた風だ。寒い場所で風が吹くとさらに寒いのか、と言えば、ぺタルダに当たり前でしょ、とツッコミをもらう。
さっきは岩に隠れていたので多少は防げた風も、前になにもなければ全てを体で受けることになる。寒いのは当たり前だ。俺は戦闘服の上にコートを着ているから、寒いで済んでいるが、俺でこれなら、戦闘服だけのメンバーは、寒いよりも痛いに変わっているのではないか。
心配で周囲の様子を見る。
リーダーは、仲間に目を向けるのも役目の一つだ。
前を歩くアルアミカは、メガロを呼んで肩車をさせている。体格に差があるからこそできることだが……、というか、さり気なく仕事を押し付けられているが、メガロは気にした様子もなさそうに、前を淡々と歩く。……本人がいいならいいけども。
そう言えば、あいつら二人は初めて出会った時から仲が良かったよな……。
暖を取れている様子の前二人の確認が終わったので、次に振り向き、女子二人を確かめる。
「ぺタルダ、ティカ。寒さは大丈夫か?」
「なによ、寒いって言ったら抱きしめてくれるわけ?」
両手で自分を抱えて、寒さを誤魔化しているぺタルダは、鼻と頬が赤くなっている。
確認するまでもなく、体が正直に寒さを訴えていた。……抱きしめる、か。ぺタルダは冗談で言ったが、旅先ではなんだかんだと人肌が一番、暖が取れる気がする。
一緒に俺も暖を取れるので、一石二鳥でもあるし。
現に、メガロとアルアミカは似たようなことをしている。
……けど、そうなるとティカが余ってしまうことになるな。
「……抱きしめるかはともかく、一応、三人でくっついた方が暖かいよな」
「今、躊躇ったわよね? ……ヘタレ」
掘り下げないためにも、言い返さないことにした。
話を変える意味でも、さっきから静かなティカを見る――が、……いない。
毎度のことだが、まったく慣れない。
あいつは俺を、何回、焦らせる気だよ……ッ。
「ね、ねえアル……、
冗談のつもりだったんだけど、本当に寒くなってきたから抱き着いて温まっても……」
「ごめんぺタルダ、ちょっと後で! ティカがまた消えた!」
ぺタルダの用件も聞かず、後回しにし、俺はきた道を引き返す。
地上世界で、ティカが俺になにも言わずに姿を消すわけがない。音もなく攫われた? 寒さが限界に達して、助けを呼ぶ暇もなく倒れた?
ティカの力が働いたわけでないのならば、俺たちが置いていってしまった可能性が高い。
予想通り、ティカは俺たちが進んできた道で、立ち止まっていた。
手の平を見つめ、その体は僅かに震えて、頬が赤い。
「なにやってんだ、敵がいる中ではぐれるなって言っただろ」
「これ……、アンギラス族の翼から抜け落ちた羽根……だよね?」
ティカの手の平には、確かに羽根がある。すると、再び吹いた風によって、手の平にあった羽根が彼方へ飛んでいき、見えなくなってしまう。
しかし前方からもう一枚、いや、数枚の羽根が、俺たちの頭上を通り過ぎていった。
「……俺たちが向かう先に、アンギラス族がいる、ってことになるのか? いや、もっと遠くから流れてきた場合もあるが……。いこうとしてる町に、生き残りがいるとしたら……」
この羽根が信号なのだとしたら、ゆっくりはしていられない。
「……生き残りじゃないかもしれないね」
「ん?」
「なんでもないよ。遅れてごめん。さっ、いこっか」
ぺタルダと違い、ティカは寒さを訴えたりしないが、見ていれば分かる。
握った拳の指同士が擦り合わされ、寒さを誤魔化している。
……寒いなら寒いと言えばいいのに。
助けを求めないティカを追い越し、んっ、と俺は手を差し伸べる。
「……べつに、いらないよ。大丈夫だから」
「俺だって寒いんだ、ちょっと手を貸せって。人肌で暖まるのが効率良いんだからさ」
無理やりだったかもしれないが、ティカの手を握って、先へ連れていく。
止まって待ってくれていた仲間の元に辿り着く頃には、俺たち二人は手の温かさを取り戻していた。
「結局、ティカはなにしてたの?」
「羽根がね、落ちてたの。でも、なんにも分からなかったよ」
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