【警告】―地下世界から出ないでください―【2】その3
「サリーザ様、どうしますか? あいつ、消しますか?」
「いえいえ、やめておきなさい。チームを組んで地上世界に出るのであれば、近い内に死ぬでしょうし。……彼の影響も年々、薄れていくでしょう。
小さな子供を騙すことはできても、成長して知り得た現実に向ける、彼らの選択を変えることはできません。今回のは布石に過ぎませんよ、後々に効いてくるはずです」
ですが、とサリーザは振り向き、俺を見据える。
ゾッ、と背筋が凍ったのは、サリーザの俺を射抜く視線に乗る、殺意に近いものだ。
「年上の女性に向けて、名前を呼び捨てにする生意気さは許し難い」
「では」
「ええ。地上世界で見つけた、種族の秘宝にも思える槍の使い勝手を試したいですわね」
取り巻き三人のアンギラス族が、翼を広げて飛びかかってくる。
やべっ、と俺が足に座る子供たちをメガロに預けている時にはもう既に、目前にまで三人が迫っていた。
向こうの手が伸びて俺に届くのと、メガロへ子供たちを預け終わるのと同時——、
もう一つ、視界を覆うように、翼が広がった。
「……ぺタルダ」
――と。
翼ではなく、歩いて俺の後ろに追いついた影は、かぼちゃだったのですぐに分かった。
「アルアミカ……」
しかし、アルアミカもアンギラス族のはずなんだけど……。
アンギラス族にとって、飛べない劣等は大きな差になっている。
ぺタルダは空中で、三人の取り巻きそれぞれの腕を掴んで、順番に一人ずつ地面へ落とす。
綺麗な回転で羽根が舞い上がり、翼のはためきで、風が巻き起こる。
その登場によって、子供たちが一斉に、わぁーっ! と歓声を上げた。
「えッ、ちょっとなに!? 凄いことなんてなに一つもしてないのに!」
「子供たちは成果よりも分かりやすい派手さが好きなんだよ。
そういう意味では、ぺタルダの登場は百点満点だ」
「助けられたくせに、人に点数をつけないでよ……」
地に足をつけたぺタルダは、倒れる取り巻きを見下ろしてから前を見据える。
「まーだ、こんなつまらないことをしているのね……。ええっと、名前なんだっけ?」
サリーザだ、と俺が言うと、
ぺタルダは、あーはいはい、と、ぴんときていないようだ。
「ぺタルダ……ッ」
サリーザの方はさっきまでの強気がなくなり、足を一歩、後ろへ下げる。
不思議なのだが、サリーザの方が実力が上のはずなのに、いつもぺタルダと顔を合わせると距離を取る。俺には分からない、向き合った者同士のなにかがあるのかもしれない。
「い、いいでしょう……ッ、今日はこれくらいで勘弁してあげますわ……っ」
サリーザはそんなセリフを言い残して、一人、翼をはためかせて去っていく。
遅れて取り巻きの少女たちも、「サリーザ様っ」と後を追って飛び立っていった。
「なんなの……? いつもいつも、人の顔を見て逃げていくように……」
「ぺタルダの顔が恐かったりしてな」
「…………」
「無言は恐いって!」
冗談で言ったのに、本気と取られるとこっちも困る!
ぺタルダは気を抜き、広がった翼を器用に服の中にしまい込んだ。
すると、後ろでがさごそと音がしていたが、やがて止まり、かぼちゃが前に飛び出した。
「いざ――ここで会ったが百年……めって、あれ? サリーザはどこに行った!?」
「アルアミカ? あいつならもう行ったけど……」
「なに!? ……ふぅ、今日はこのくらいで許してやろうか、あのアホウめ」
かぼちゃ越しに汗を拭う仕草をするアルアミカ。……なにがしたかったんだ。
こいつもこいつで、毎回、立ち向かおうとするけど遠かったりすぐに隠れたりとよく分からない。同じアンギラス族として交友関係があるのかどうかすらも曖昧だし。
「一方的なアルアミカのライバル心だよ」
「ふーん」
「ち、違うわい! 互いに認め合ったライバルだし!」
メガロは苦笑し、そうだね、とアルアミカをなだめる。
俺は周囲を見回し……、しかし、こうしてぞろぞろと集まっても、ティカはいないのか。
性格上、そして種族としての力がある以上、あまり部屋から出ない彼女ではあるが。
「って、思っていると後ろにいたりするんだよな、ティカ」
「…………気づくの遅い」
声が聞こえたら、背中の重みを思い出す。
俺の背中に寄りかかっていたティカが、頭で俺の背中を叩いた。
とんとん、と、どうやら遅かったことに不満らしい。
「こうして気づいただろ?」
「だいぶ前からいたんだからすぐに気づけ。……寂しいんだから」
二年前は一人でいることを好み、部屋から出ることが少なかったティカだが、最近は仲間が外にいれば、彼女も足を運ぶようになった。
一人の時間が好きなのは今も昔も変わらないが、昔よりも寂しがり屋にはなっていた。
「ごめんごめん」
「罰として、しばらくこのままのんびりするから」
言うと、本当に脱力して、俺に全体重を預けるティカ。
背中の感覚に安心していると、あぐらをかいている俺の足に、さっきの子供たちのように、ぺタルダが腰を下ろした。
疲れた、という意思表示らしいが、ぺタルダの短い意思疎通の言葉である「ん」には、どんな意味があるのか……。
「ああ、肩を揉めって……?」
頷かれたので、肩に手を伸ばす。力が強いだとか今度は弱いだとか注文が多かったが、それも乗り越え、前と背中の二人のご機嫌をなんとか取り、俺は思う。
この二人、広場にいる小さな子供よりも、手がかかる。
総司令に呼び出されて集まった一室には、俺たちと同じくチームを組まされた、二年間、共に授業を受けた仲間が集まっていた。
五人で一チームが六つ。
合計三十人が、一室に収まっている。
地上世界にあった、腐っていない貴重な木材を使って作られた椅子と机は、俺たちが種族を救えるように、という投資の意味があるらしい。
岩の椅子と机ではごつごつするから、木の机と椅子は助かった。
数度ならばまだしも、二年間もだと不満が募っていくだろうし。
授業とは言っても、総司令やマナなどの講師を前にして、話を聞くだけだ。問題への正解は、決して教えてはくれない。俺たちが考えて、自分なりの最善策を見つけ出せるようになる柔軟さを身に着けさせるための授業だ。
……それが二年間続き、その中には、種族の敵を想定した実戦形式の訓練もある。
全ての授業を終えた俺たちは、こうして相性の良い、選ばれたメンバーでチームを組み、地下世界から地上世界へ上がっていくことになる。
あくまでも、地上世界ですることは調査であるが。
「……なんでマナがいるんだ……?」
自分の席に座る俺たちの前に立つのは、相変わらず肌を見せない、色気のない服を着たマナだ。二年前は意地でも教えてはくれなかったが、知識が増えれば、肌を見せない理由も自分自身で分かるわけで。
マナはサッキュバス族であり、その力は肌を見せることで異性に性的な興奮を与え、生命力やメンタルを奪うという、ようするに、えっちな力だからだ。
マナ自身がそういったことに耐性がないために、俺たちには教えなかったのだ。
真面目な顔して、むっつりスケベ、と思われるのが心外だったらしいが、気にし過ぎだ。
むっつりスケベなのは、とっくのとうにばれているのだから。
すると、こそっと隣の席のぺタルダが、俺の耳へ身を乗り出し、
「まさかだけど、私たちに今更、地上世界へ行くな、とか言わないわよね……」
「それは――、いやでも、マナならあり得るかも。元々、反対だったわけだしな」
「一番前の席でこそこそと喋らないの。先生が前に立っているんだから、話を聞くっ!」
身内だからと言って甘くなるマナではなかった。容赦なく、おでこを指でこつんと小突く。うるさかったり居眠りをしている生徒によくするマナの教育だ。
見た目よりも威力は意外と強く、しゅー、と赤くなった痕がお互いに見える。
「……これから地上世界へ向かうって言うのに、緊張感が足りないよ、二人とも」
いつものような、軽い注意に思える声だったので、気が緩んでいた。
マナには心の余裕と油断を見抜かれていた。
総司令の前に、わざわざこうして前に立ったのは、身内である俺たち二人へ、喝を入れるためだった。
同時に、同じ一室の全員にも伝わると見越して。
「――本当に、一瞬の隙で、死ぬんだからね」
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