【警告】―地下世界から出ないでください―その13
思い出してしまうとお腹は空くもので、僕たちは二人して、ぐぅ、とお腹を鳴らす。
僕とぺタルダが顔を合わせ、それから総司令に向けて頷く。
二人を部屋に残し、階層を一つ上がった。
広場には用意された夕食があり、それを各自、決められた分量、お皿に移して食べるらしい。切った野菜がごろごろと入った、赤色のどろっとしたスープを皿に移して、座れる場所を探すが、ちょうど良い岩がなくて二人でしばらく歩いてしまう。
立ったまま食べるのは行儀が悪い、とぺタルダに怒られたので、素直に自粛をして。
すると、椅子ではなく地面に座り、広場の端っこで一人で寂しく食事をしている女の子を見つけた。……ティカだ。
地面に座ることをぺタルダがどう思うかだが、良い場所は既に取られていると思えば仕方ないことだろう。僕はティカの隣へ向かう。
「……隣、座ってもいいかな?」
「……よくわたしがここにいるって分かったね」
分かったというか、見えたというか……。驚くことでもない気がするけど。
「アル、わざわざこんなところを選ばなくても……」
僕の後ろをついてきていたぺタルダが、ティカの目の前まで近づいてから、ザザッ、と前へ伸ばした足を引っ込める。
あと半歩ほどで、ティカの足を踏んづけていただろう。
危ないッ、と声に出す暇もなかった。
足下を見ないからだよ、と注意をしようとしたけど、ぺタルダの表情があまり見せない驚きに染まっていたので、なにも言えなかった。
そこにいたことに気づかなかったと言うよりは、曲がり角でばったりと衝突してしまったような驚き方だった。
「誰……? ねえ、アル……、――この子は?」
「さっき知り合った、ティカって子なんだけど……」
ふーん、とぺタルダがティカを見下ろし、ティカはぺタルダを見上げもしないで、手元のスープを飲んでいる。……なんだろう、この重たい空間は。
「ねえ、座ったら?」
「う、うん。じゃあ、お邪魔します」
ティカの隣に座り、僕の隣にぺタルダが座る。……なぜかティカとぺタルダは隣になりたがらない。初対面だし、打ち解けるまで時間がかかるかな、とは思うけど、食事を始めてから僕たちは誰も、一言も発しなかった。
時間が経つにつれて、ぺタルダが不機嫌オーラを隣からどんよりと出し始め、スープを飲む時のスプーンとお皿が触れ合う接触音も激しくなっていく。
……僕が間を埋めるべきなのだろうか……。
すると、さっき見た衝撃をそのまま持ってきた、かぼちゃを抱えたアルアミカの姿が。
「わっ!? なんでこんな端っこの寂しいところで食べてるんだっ!?
向こうに綺麗な岩の椅子と台が置いてあったのに!」
いや、でもさっき見た時は――、と、そうか。
どうやら僕たちが見た時とは状況が変わっているらしい。
せっかくのアドバイスだが、今更、ここから移動するのも億劫なので、ここで充分だ。それに、広場のど真ん中にあるあの場所での食事はかなり勇気がいる。
ティカは性格的に行きたがらないだろう。……だとすると、――あ。
一緒に食べようと誘ってみたけど、ティカからすれば迷惑だったかもしれない。
近くまできてくれたアルアミカと後ろにいるメガロは、手にお皿を持っていなかった。
「あれ? アルアミカは食べないの?」
「あたしはもう食べた。だからここにいるのはただの興味だ」
興味? と訊ねると、
「貴様ら、ゴイチ組織に入るんだって?
もう噂が地下世界全体に拡散されてたぞ」
総司令に話したのだから、噂というか、それはもう報告ではないのかと思うが。
「正式に入隊するんだよね? なら、スタート地点が同じで良かったよ。同年代でも時期が違えば差が出ちゃうし……、それは知識の方ね。
戦う実力で差が出ちゃうのは、種族によってやっぱり違うから仕方ないにしても」
「メガロ……は、アルアミカもそうだけど、まだスタートしていないんだね」
「うん。決まった人数で、一つのクラスを作るんだけど、その定員に達しなければ、いつまでも始められないんだ。逆に、人数さえいれば、早くでも始められる。
……でも、待っても一年。十四歳になる寸前に授業が開始される形になるから、希望者が少なくても中止にはならないけど、総司令は早い方がいいらしいね。それは当たり前なんだけどね」
通称・ゴイチ組織と呼ばれている組織の目的を考えれば、早いに越したことはない。
クラスを作り授業をすることで、失敗を少なくするこの方法が、総司令がこれまでの体験から得た結果に結びつく、洗練されたやり方らしい……。
大人の経験を否定する経験を、僕たちは持っていなかった。
まだ僕たちは子供なのだ。
守られるばかりの、小さな弱者だから。
「二人は、じゃあ当然、入隊するってことだよね。じゃあ、ティカも――」
と、隣を見れば、そこにいたはずのティカの姿がなかった。
なんの痕跡も残さず、音もなく。
「あれ……? ティカは……?」
「アルブル、君はティカのことが見えるの?」
メガロの言葉の意味が分からなかった。見える、見えない?
まさか既に死んでおり、実在しない幽霊なのだと言うわけじゃないよね?
アルアミカは、ティカ? と首を傾げていた。
「そうじゃないけど、ティカはシルキー族なんだ。しかも強力な力を持つ、ね。だから視線を一瞬でもはずせば、姿は見えなくなって、彼女のことを考えなかったら、いつの間にか知識から消えている。誰かが話題に出したり、たまたま姿が見えたりすれば、一時的に消えていたティカの知識も戻るんだけど……。だからこそ、見える人っていうのは貴重なんだ。
……たぶんアルブルだけなんじゃないかな。ティカを見つけられる人って」
それは、僕がシルキー族だから?
でも、視線をはずした僕は、ティカの姿が見えなくなっている。
じゃあ、このままティカのことを考えなければ、知識や記憶からも消えるって?
存在感を消す……逃亡を助ける隠密性……いざ戦闘になれば頼れる力って思っていたけど、日常生活において、それが強力になればなるほど、支障が出る。
だって、それはすごく、孤独だ。
そして、ティカの性格も孤独に拍車をかけている。
やろうと思えば自分をアピールして、人に見つけられるようにできるはずなのだ。
でもそうしないのは、彼女自身が孤独を望んでいるから。
もしくは、孤独に慣れてしまい、諦めてしまっているか。
……どちらもあり得る……。
立ち上がった僕の手を掴んだのは、ぺタルダだ。
ぐいっと、自分の元へ引っ張った。
「探しに行くつもり? 最も難しいかくれんぼよ? 無駄骨に終わるかもしれない。そっちの方が可能性が高いのに……、なんであの子を探すの?
ついさっき出会ったばかりの子に、なんでそこまで……ッ」
「ティカがゴイチ組織に入隊するのか分からないけど、でも、そうでなくとも同じ地下世界でこれから一緒に暮らす仲間なんだから、放っておけないよ」
「放っておけない? そうやって上から目線で、『僕が見つけてあげないとあの子は一人になっちゃうから不幸なんだ』っていう決めつけは、一番、あの子にとっては屈辱だと思うわよ?
助けを必要としない相手に助けようと付きまとうのは、鬱陶しいだけじゃないの」
「だったら、直接、そう言われたらやめればいいと思う。ティカを見ていれば、孤独……じゃなくて、一人が好きなんだなあって分かるよ。でも、一人が好きだからって、理解者が一人もいらないってわけではないと思うんだ。理解者なんて対等な呼び名じゃなくてもいい。僕は君を見ているから、っていう信者……宣言なのかな……。
とにかく、僕にとっては一番最初の友達なんだ。――だって、ぺタルダは家族だし、姉や妹みたいなものだし、マナさんやワンダさんは、親みたいなものだし……。だからさ、やっぱり偉そうかもしれないけど、放っておけない。忘れている内に壊れてしまうかもしれない。目の届く範囲にいてほしいって理由じゃあ、ダメなのかな」
僕のわがままだ。
相手の都合を考えない、僕の身勝手な行動。
「……ワンダも、そうだったのよね」
「?」
「知らない。勝手にすれば? 私は手伝わないから」
「……ぺタルダは、ティカのことがもしかして嫌いなの……?」
ぺタルダは、溜息を吐いて、掴んでいた僕の手を離す。
「……嫌いじゃないわよ。嫌うほど知らないし。ただ――いや、なんでもない。嫉妬して嫌うなんて、小さな子供じゃないの……。器も小さいわよねぇ、もうっ……」
「…………? じゃあ、行くね。遅くはならないからッ!」
ぺタルダにそう言い残して、飛び出し、ほんの数分で目的の本人を見つけられたので、なんだか肩透かしな感じがした。
もちろん、時間をかけたいわけではない。
早い、とは言っても、下りられる階段、全てを下りて――見つけられていないだけで、まだ下にもあるかもしれないことを考えると、今こうして迷うくらいには探し、走ったと言える。
人通りがなくなった通路を歩いていたティカの後ろ姿を見つけて、声をかける。
振り向いたティカが驚き、目を見開いていた。
「……どうして」
「えっ、うーん……、一応、僕もシルキー族だから、波長でも合ったのかな? それに影の薄さを強調させるだけだから、ティカを最初から探している人には効果が薄いのかもしれないね。
どうでもいい人をいちいち覚えていなくとも、こういう服装でこういう髪型で、と見える人を意識していれば、すれ違うティカのことも見つけら――」
「そうじゃないよ」
僕の言葉を遮るティカの口調は、静かなものだった。
だけど勢い良くぶった切られた。
「見つけられた理由じゃない。探そうと思った動機」
わたしを見つけて、あなたになんのメリットがあるの? ――と。
僕に向ける警戒心は、これまでで一番強い。
一度、受け入れてくれたのかと思ったが、僕の思い上がりだった。
僕は彼女に認められていない。ただの群衆の中の一人が、赤の他人にまで昇格しただけだ。
知り合いですらない。
友達だ、なんて、僕の思い込みだった。
「納得は、できないかもしれないけど、それでも言って……も?」
ティカは返答しなかったが、その場から立ち去らないことが答えだ。
早く言え、ということらしい。
「えっと、なにをどう言えば……、ぺタルダに説明したみたいに、ええっと――」
もたもたする僕に呆れたティカが、僕に背を向けようとして、僕は諦めた。
説明を。
めちゃくちゃでも、僕の本音をぶつけるのが一番、後悔しない。
「――綺麗だったからッ! いや、さっきの裸のことじゃなくて――だからと言って、綺麗じゃないわけじゃないけど、もちろん、それも綺麗だったんだけどっ、今はそっちじゃなくて――。
綺麗でもあって、格好良くて! 同じシルキー族で、親近感を持ったんだ。僕は記憶喪失で、本当の家族も知らないし、友達だっていない。ぺタルダやマナさん、僕の師匠のワンダさんくらいしか、この世界には仲間がいなくて。だから、初めての友達がティカだったんだ!
メガロから聞いたんだけど、ティカはシルキー族の力のせいで、ずっと一人だったんでしょ? でも、僕はそれに気づける、ティカを見つけられる! 偉そうだけど少し優越感だったんだ。だって僕しか、ティカの隣にいられないって、独占できるって!
いや、独占するってわけじゃないよ? 僕は健全に、ティカと友達になりたいんだ。なにかをしたいわけじゃないし、なにかを強要するわけじゃなくて――えっと、そうっ、ティカと一緒にいたら、毎日が楽しそうだなって! ぺタルダに、アルアミカにメガロっ、同年代の友達と、一緒に過ごしたくて。僕にとってはなんでもが初めてのことばかりで、なにも切り捨てたくなかったっ! ティカのことも――、大切な思い出を忘れたくなかったんだッ!」
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