第4話 島の外と船の中

「アクアの真上に生命反応があったからびっくりしたよ。まさかバケモノがしがみついているんじゃないかって、一応確認と討伐をしにきたの。

 ま、咄嗟にウリアだって分かって攻撃を止めることはできたけどね」


「いや、止められてなかったじゃない。

 私が叫ばなかったら、マルクの剣がギンの首元を斬っていたわよ」


「それならその程度の男だったってことでしょ。

 どうせここを生き延びても近い内に死ぬわ。良かったわね、隣に長くいてくれそうな彼で」


 ユキノが後ろを振り向きギンを一瞥する。


 視線に気づいたギンがユキノを見る。着物を着た和服少女は、ぱちんとウインクをした。行動の意味が分からずギンは首を傾げる。

 用はなく、それだけだったらしく、ユキノが再びウリアへ意識を向けた。


「無反応なんて、つまんなーい!」

「無駄よ、ギンは島暮らしで、あんたみたいな女子に会うのは初めてなんだから」


「違うわよ、あんたのことよ」

「?」


 こちらもまた訳が分からず首を傾げる。

 なんでもないわよ、と言って速度を上げたユキノを、ウリアが追いかけた。



 その後ろをギン、ブルゥ、マルクが、近過ぎず、遠過ぎずの距離を開けて歩いている。

 マルクの警戒の視線がギンへ向く。マルクへ、警戒の視線をブルゥが放っている。

 互いに牽制し合う、トライアングルの中で、唯一、ギンだけが浮いていた。


 警戒の視線が当たり前に飛び交う島の中で暮らしているギンは、背中に突き刺さる視線など気にも留めない。殺意と実際の行動を感知して、初めて彼は動くのだ。



「うわぁ……」


 小さな声で呟いたのはブルゥだ。

 体が小さいからこそ広がる世界が、みんなよりも大きく広く見える。気持ち的にはギンも同じだった。ウリアとユキノとマルクは、見飽きているのか反応をしなかった。


 狭かった通路が段々と広がっていき、多くの人々が会話をする喧騒が聞こえてきた。機械的な音や生活感が増していく。

 塗装されたクリーム色の壁紙が、鉄の潜水艦というイメージを払拭していた。


 自動ドアが開き、中に進むとそこはショッピングモールだった。百年前は一般的な生活の中心として、あらゆる場所に施設として設置されていた。

 今はもう、大地の上には一つもない。

 このバケモノセカイでは貴重なものだった。


「す、すごいよギン! 人がいっぱい! バケモノが一匹もいないよ!」


「なんだこれ! 乗り物か!? ブルゥ、乗って押したらすげえ進むぞ、絶対っ!」


「はい、あんたたちやめなさい。

 ショッピングカートで遊ばないでくれるかしら、恥ずかしいから」


 ショッピングカートが取り上げられた。じっと、欲しそうに見るブルゥへは優しいのに、ギンへの当たりは強い。

 次にはしゃいだら問答無用で外に出されると言われたので、おとなしく従っておく。


 従う必要はまったくなく、ギンの実力なら一人でも充分にバケモノセカイで生き残れるが、人間社会に溶け込むとなると難しい。

 そこはウリアの助けが必要なので、切っても切れない関係なのだ。


 そんな細かい考えをギンは持っていない。野生の勘でも言うのか、ウリアを切り捨てることは感情優先でしたくないので、黙って従ったに過ぎない。


 上手いことギンの手綱を握っているウリアを見て、着物の少女は、ほお、と感心した。



「どこに向かっているの?」


 ウリアがユキノへ問いかける。

 今はエスカレーターに乗り、上階を目指していた。


「コントロール室。船長にちょっと会いにね。あんたたちの報告もあるし、後は待機時間が長過ぎるから、ちょっとサービスでもしておこうと思って」


 自動で斜め上へ動く床を見て、ギンは不思議そうに、


「自分で動いた方が速いよなあ……?」


「うん。なんでこんな面倒なことをするの? とんっと跳んでいけば一瞬なのに……」


「君たちみたいな思考回路を持つ人が少ないからだし、君たちみたいにとんとんと跳んでいけるわけじゃない人たちばかりだからだよ」


 二人の後ろに控えるマルクがそう言った。はー、なるほどなあ、とギンは頷き、ブルゥも疑問がなくなったようだ。

 さっきまで牽制し合っていた三人(……ギンは除く)は、いつの間にか仲良くなっていた。


 警戒するような人物ではないとマルクが分かったのだろう。

 きっかけがマルクだったので、彼が解決すればおのずとブルゥも警戒をやめる。

 敵意がない人間は味方だと判断する二人は、マルクのことをもう仲間だと思っていた。



「マルクはなんでも知ってるんだな」

「君たちがなにも知らな過ぎるんだよ。確か……島暮らしなんだっけ?」


「そうそう。この前、初めてウリアに連れられて、島から出たんだよ。島の中にいた俺はなんにも知らなかったんだなって分かった。世界は広くて、色んなものがあって、未知のものばっかりだった。もっと早く外に出れば良かったよ――」


「わたしも……、外に連れ出してもらって、よかった」


「……そうか。でも、良いことばかりじゃないんだよ。ギンのいた島もそうだけど、おれたちが住む島・ゴッドタウン以外は、バケモノたちが支配する【バケモノセカイ】だ。

 ギンもいつか、島の中にいれば良かったって思うことになるさ」


「ならねえよ」


 ギンが切り捨てるように言う。

 自信満々な本音の目に、マルクが僅かに引いた。


「俺も強い方だしな。ブルゥはまだまだだけど」

「わ、わたしはだって力が……!」


 しゅんと落ち込むブルゥを見て、ギンが頭をわしゃわしゃと撫でる。

 嫌がらないが顔を俯かせて顔を赤くするブルゥ。

 ウリアを含めた三人の時ならまだしも、マルクの前では子供っぽい扱いが恥ずかしいらしい。


 ブルゥの性格ではその手を払うことができないのでなす術がない。


 二人のやり取りを見ていたマルクは、ギンの言葉に質問をすることをやめた。

 その自信の確信が得られないまま、マルクは彼の言葉をただの強がりだと解釈する。


「それくらいにしておきなよ。女の子の逆襲は怖いんだから」


「へえ、まるで見てきたような言い分ね、マルク?」

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