優しい少女の物語

詠月

優しい少女の物語


 あるところに、とても優しい心を持つ少女が住んでいました。


 どんなに辛いことがあってもいつも笑顔を絶やさず、困っている人には躊躇いなく手を差し伸べ、ふわふわとした可愛らしいその笑顔は子供から年寄りまで全ての心を癒やす。我が儘を言うこともなく、子供のように騒ぐこともない。

 そんな少女を町の人々は温かい目で見守り、大切に想っていました。


 少女も人々も幸せな日々。

 笑顔と平和で溢れた穏やかな世界。






 ……なんてお話はありませんでした。





 少女はずっと、孤独でした。


 生まれてすぐに両親を亡くし、幼い頃から大切に育ててくれた祖母は数年前に他界。残されたのは森にある小さな小さな家と僅かな思い出のみ。少女は一人で生きてきたのです。


 祖母が他界した時、一人で生きていかなければいけないのだと気づいた少女は途方にくれました。

 これからどうすればいいのかと。

 一人でどうやって生きていけばいいのかと。

 当時彼女は十三歳でした。


 少女は人が嫌いでした。

 普通の人より珍しい銀髪を持つ彼女は、幼い頃から幾度となく危険な目に遭っていました。

 拐われそうになったり、売られそうになったり。


 けれどもう守ってくれた祖母はいない。悪意と自己にまみれた人間だらけの世界でひとりぼっち。


 少女は覚悟を決めました。

 一人で生きていく覚悟を。強くなる覚悟を。



 少女はまず髪を切りました。

「売れそうだ」と汚い大人たちが言った髪。

 それでも祖母が「きれいだね」と誉めてくれたから、ずっと伸ばしていた髪。

 切ったものを五つに分けて束ね、商人に売りに行きました。そして貨幣になって返ってきたそれで染色剤を買い髪を黒く染めました。



 次に市場に出かけ、仕事を探しました。

 生きていくにはお金が必要。そのためには働かねばならないとわかっていました。けれど少女はまだ子供。仕事なんてあるはずもなく。

 幸い、髪が思ったより高く売れたのでその残金で花や野菜の種を買うことができました。上手く育てられるようになれればお金になります。

 早速その日から少女は種をまき育て始めました。





 ◆◆◆




 時は流れ、ちょうど一年が経った頃。

 夕暮れに染まる町を、少女は売れなかった花を抱えとぼとぼと歩いていました。

 腕と足は折れてしまいそうなほどに細くなり、頬や服は薄汚れて。


「お花……いりませんか?」


 少女の声に振り返る人はいませんでした。


「お花……」

「君さあー」


 いつから見ていたのか。

 地面に商品を並べたカーペットを敷き呼び込みをしていた、少女よりふた回りは生きてきたであろう男が声をかけた。



「もう少し笑ったらどうだい? ただでさえ花なんて売れにくいものを売ってんだ。そんな暗い顔で売ってたってもっと売れねぇぞ?」



 笑う……?


 さあ行った行った、と追い払うように手を振る男に背を向け、再び歩き出しながら少女は考えました。


 笑うこと。

 そんなことは忘れていたのです。



 誰にも助けてもらえない。

 何も変えることができない。

 この苦しい生活に嘆くことはしても、笑うことはしていなかったのです。



 森へ帰る途中にある橋から、少女は川を見下ろしました。

 そこに映っていたのは、みすぼらしい格好をした子供の姿でした。ボサボサの髪に汚れた服。瞳には光がなく、表情が抜け落ちてしまったかのように無表情。これでは確かに売れないだろうなと彼女は納得しました。


 彼女は久しぶりに自分の姿を見ました。

 家に鏡などないのです。いや、もうとっくの昔に売ってしまっていました。

 彼女の家には物などないも同然で。環境も容姿も全てが昔と変わっていました。



「……」



 少女はそっと、水に手を入れてみました。


 冷たい。

 けれどぬるいその感触に少女はそっと瞳を閉じて。


 次に開いたとき、彼女は再び変わりました。




 ◆◆◆




 その日から少女は悲しむことや嘆くことを一切止めました。


 代わりに、いつも笑うようになりました。

 楽しそうに。

 明るく見えるように。

 常に笑顔を顔に張り付けて過ごすようになりました。



「そこの方、とっても綺麗なお花はいりませんか?」



 そうすると可笑しなことに、花はたくさん売れるようになったのです。彼女の笑顔は評判が良く、あんなに売れ残っていた花は飛ぶように売れていきました。


 そのお金で彼女は、同じように困っている人々を助けました。食料をほんの少し分け与えたり、商売の仕方を教えたり。完全に依存されないように、どこまで手を差しのべるかや距離感を完璧に計算して少女は日々を過ごしました。


 そうすると「貧しくも心優しい、可愛らしい少女が花を売っている」という噂が町中に溢れていくようになり、花を買う客がもっと増えました。


 一人になってから五年の月日が流れた頃には、少女はすっかり別人になっていました。

 十八という年齢に相応しい美しい容姿に、質素ながらも華やかな服装。鮮やかな黒髪に細い手足。


 そして何より、その笑顔に人々は惹かれました。


「困っている人には躊躇いなく手を差し伸べ」て、「我が儘を言うことも騒ぐこともない」優しい心を持つ少女と信じて疑いませんでした。



 それが全て計算し尽くされたものだと、気づく者はいませんでした。



 少女は今日もまた笑います。



「お花、いりませんか?」



 胸に孤独と花を抱えて。



“幸せ”を演じましたとさ。

 めでたしめでたし。



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優しい少女の物語 詠月 @Yozuki01

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