天上に向かう塔の先には
鳴川レナ
そこは、施療院と呼ばれている
『スカイタワー』
この街の中央にある天まで伸びる白亜の塔。石灰、カルシウム、雪、骨、雪花石膏ーー白いものを全て練り込んだような多様な白を放つ。
今、一人の少女が、スカイタワーに歩いていっている。少女は、スカイタワーを憎いような鋭い目で見つめる。空を裂く塔をーー。
スカイタワーには、羽の生えた人たちが歩いていく。羽化病だ。羽の生えた人々は、塔に収容される。羽化病は、雨に撃たれるとかかるようになったものだ。いわく、地球が汚染されたせいらしい。白みを帯びた粘性の雨にあたると、遺伝の情報構造が崩れて、人間は羽をはやす。
羽は人間の栄養を全て吸い尽くして、まるで植物に養分を吸い尽されたように、最後は美しい白い羽だけが残る。
スカイタワーは、白い羽を治療するために作られたものだ。空の上に近いほど、羽は治しやすい。羽付きと呼ばれる人々は、自ら進んで塔へと向かう。その歩みは、羽根に力を取られて、ゆっくりとしたものだ。
少女は、今、まさに白い、酷薄な塔に入ろうとしていた。止まった冷徹な墓標のような塔に。
「入るなっ!!」
突然、男が少女の腕を引っ張った。少女は、まるでついさっき生まれたように、目を見開いた。少女はなずがままに、男に腕を取られて、塔から遠ざかっていく。
「だ、だれ?どうしてーー」
少女の声は、とてもか細い。もう人生は終わったものだと思っていたから。塔から戻ってきた人はいない。けれど、塔に行かないわけにはいかない。力はどんどん失われていく。それに、白い羽は他の白い羽を増やす感染源。
みんな、進んで、塔へと吸い込まれていく。その先に何が待っているかも知らずに、どうしようもない、仕方ないと、そうウイルスと化した自分を、どこかに隔離するために。
「見ろ、あの煙をーー」
ある程度遠ざかってから、彼は、塔の上を指した。今日は快晴だ。塔の天辺近くから黒い煙が漏れている。焼却の煙。
「あそこに行けば、お前は死ぬ」
だから、どうしたというのだろう。羽が生えたものに居場所はない。羽は、生えているだけで他の人を傷つけてしまう。居場所はない。私たちに居場所はない。それに、どのみち時間もない。
「分かってる」
「それでもいくのか」
「行くよ、みんな行ってるから。それに、みんな一緒。だから怖くない」
もう怖いとか思う気持ちもないけど。疲れると思考は回らなくなる。無感覚、無感情、無関心ーー。何も感じることはできない。ただの歩く機械。そう、最後までベルトコンベアが、ゴミ処理場に運んでくれるまで。溶鉱炉が何もかも溶かしてくれる。
「その羽、治せるとしたら」
「なお、せる?」
少女は、胡乱げな目に、少しだけ光を灯す。でも、まだ瞼をしっかり開ける力もない。
「そうだ、薬がある」
「そんなものがーー」
「ただし、数量はごく僅かだ。とてもではないが公表できる量じゃない。一万人から一人を選ぶ、そんな乏しい資源だ」
「嘘。そんな嘘。いっぱい聞いてきた。わたしがまだ少ししか羽が生えてない時に、よく聞かされた。全部、ただのデマだった」
「嘘じゃない。見ろ」
彼は服を脱ぎ捨てる。その背中には、羽の跡。かつての羽の痕跡。肩甲骨は翼の名残り。それは切り落とされたというよりも、収まったように収容されたように。
「打ちたいか」
彼は、注射器を見せる。真っ赤な液体が、入ったガラス。
「打ったとしても、死ぬ人間もいる。これは都合のいい薬じゃない。100%死ぬ人間を、1/500で生きてる可能性を残す薬だ」
わたしは自分のほっそりとした腕を見た。わたしには生き残れる生命力があるだろうか。こんな脆弱な肉体が、生を望むだろうか。
「どうして、わたしにーー」
「お前が、一番可能性があると思ったからだ」
冗談。他にも鍛られた肉体の人はいた。絶対に治ってやるというふうに、決意していそうな人もいた。
これも嘘なんだ。
でも、別に、どっちでもいいか。
もう死ぬことは決まっているんだ。
騙されて死ぬのは塔に向かってもかわらない。
「薬を打つ方が怖いのか。あんな訳の分からない塔に向かうよりも」
「ううん、怖くない」
そう言った瞬間、男は、サッと少女の腕を取って、注射を打ち込んだ。チクリとした痛みーー、それを感じた瞬間、少女の意識は途絶えた。
わたしは選んだんだ。
よく分からない中で、よく分からないなりに。
天上に向かう塔の先には 鳴川レナ @morimiya_kanade
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