神と原初のドキュメント/家族になった神様と俺達なりのスローライフな日常

Nick

第一部 翻弄

序章 黒川家の人々

第1話 私、パラディンになりたい!!


 奴らの目的は、人間の命を狩ることだ。

 そして、その命を狩る者に冒険者達は日々、己の命を懸けて挑み続けている。

 

 「ブレイク来るぞ!!!!!!」


 「敵の背後に集まれっ!!」


 奴らは向かってくる命を狩ることを躊躇わない。そんな世界の中で彼らは生きている。互いに互いの命を懸ける日々。今日も、明日も。


 「そっちは危険だ!」


 「回復届かないよ!!!!」


 

 そんな戦いの中で俺は死んだ。どこに受けたダメージが致命傷だったかも分からない。一人、戦場となった外周で倒れ、天を見上げるように……。



 「あー、マキト死んじゃったー。スズさん一人しか回復いないのに…」


 「う、うん。私一人じゃもう無理かな」


 俺は少しイラつきながら大の字になって自分の部屋の天井を見ていた。とりあえず言い訳くらいはしたい。


 「前衛は俺には向いてないんだよ…。大体なんでこのタンクって途中で敵の位置を変えちゃうのさ!」


 ヘッドフォンの向こう側でスズさんが「むりムリ無理ーーっっ!」なんて叫んでいる。


 隣を見ると壊滅目前のパーティーの中で一人生き残っているナナカが諦めずに戦っていた。ちらっとモニターを見ると、ボスのHPが残り僅かだ。

 しかし、健闘空しくモニターの中の彼女はついに両膝を地面について倒れた。

 

 うんうん、頑張ったよ。だからさ、そんなにジト~っとした目で俺を見るのやめてくれないか。

 

 「なんで一番最初に死んじゃうの!」


 「だからそれは…」

 

 「どんまい」



 これは俺達のゲーム中の一コマであり、毎日当たり前に行われる俺達の日常だ。

 


▽▼▽



 パーティーを解散した俺達とスズさんはいつものお気に入りの場所に居た。そこには敵ではない羊のようなモコモコとした愛くるしい動物達が生息している。


 何度も訪れているこの場所に真新しい物は存在しない。だから初めて訪れた時の感動は当然あるはずがない。

 それでも、見慣れた景色を前に今日も三人で集まり、モニターの中の俺達は草原の中で横たわりながらモコモコ達に囲まれて馬鹿話をしていた。


 「ねえねえ突然だけどさ、二人は将来どうするの?何になりたいかなんて決めてるの?」


 それはスズさんの何気ない一言だった。


 「大人な真面目な話?」


 「そうそう。ウチって工場やってるんだけど、特に将来決まらなかったら兄ちゃんと工場手伝うのかな~なんてさ」


 「なんか色々大変そうだね」


 俺は憧れる職業とかは全く無い。きっと適当に学校に行ってその後は適当に働くと思う。


 「俺はゲームだけやって一生を終えたい!」


 「理解は出来るけど現実的じゃないね」


 「私もマキトに賛成する」


 「ほらね」


 「あなた達ね…気持ちは解るけどさ!」


 結構本気で言ったんだけど、やっぱり現実的じゃないよな…。


 「そうだ!私、パラディンになりたい!!」


 「ナナカはパラディンというよりも、狂騎士というバーサーカーがお似合いだと思うよ」


 ナナカがなりたいと言ったパラディンとは、俺達がプレイしているネトゲの物語の主人公がパラディンだ。



 私、パラディンになりたい。そんなことを言うちょっと変わった訳アリの幼馴染。

 夏が過ぎれば俺達は十歳になる。夏は暑くて嫌いだから、このまま家に引きこもりたい。俺はこのまま引きこもって歳を取ってどこからどうみても人畜無害で優しそうな爺ちゃんになりたい!

 

 プロローグが終わり、俺達はどうなってしまうのか。逆に人生のプロローグを終えないで足踏みしたまま生きた方が気が楽で良いんじゃないだろうか。


 「スズさんって人生のプロローグっていつ終わったの?」


 「はい?」


 そんなおかしなことを言ったり思ったりの新たな夏が始まろうとしている。



▽▼▽



 夏休み前の最後の登校日。

 担任の先生の話を私は適当に聞きながら左に席五つ分離れて座ってるマキトを横目で見る。


 学校でのマキトは家の中とは全然違う。

 家族といる時の表情を学校ではほとんど見せず、そんなマキトに対してクラスメイトが一定の距離を置く様子はもう当たり前になっている。


 私は…マキトには楽しい学校生活を過ごしてほしいと思っている。

 ただ、周りはマキトにそうさせてはくれなかった。



 その全ての原因は私にある。



 私は三歳の頃に交通事故で両親を失い、その後は親戚の家をたらい回しにされる事もなく、マキトの母親の実家の黒川家に、マキトと私とマキトのお爺ちゃんの三人で暮らしている。

 

 私の両親とマキトの母親のミサキおばさんは学生の頃からの友人であり、そんな縁があってという事だ。


 たまに母方の祖父母が私に会いに来るけど、父方の親戚には今まで誰とも会ったことが無い。今よりも幼かった私はその事については静観していた。



 しかし、何故三人暮らしなのかと言うと、マキトの父親のユウゾウおじさんは現在単身赴任中であり、しかも私が黒川家で暮らすことになった時にミサキおばさんが元々マキトと住んでいたマンションを引き払ってしまった。

 そんなミサキおばさんは仕事の関係で事務所を借りてそこで寝泊まりしているらしい。どんな仕事をしているのかは教えてもらっていない。


 マキトも家族とバラバラな生活をしている事になる。


 今ではのほほんとした生活を送っている私だけど、両親を失って絶望した私を守ってくれたのが黒川家の人達だ。その中でもマキトの存在が私にはとても大きく、日々を振り返ると、必ず最初に出てくるのはマキトだ。



 私に両親がいないことや、兄妹でもないのにマキトと暮らしていること。それと私自身がクォーターで目の色や顔立ちが皆と少し違う事が原因で悪目立ちすることがある。


 その私の悪目立ちからいつも助けてくれるのがマキトだった。

 私は、わたしは、マキトのことが大好きだ。今の私には無理だけど、将来マキトに何かあったら、今度は私が助けると心に誓う。


 

 私は視線を前に戻し、再びマキトへと向けた。そして私は強く、酷く、嫉妬する。


 マキトは担任の先生を見惚れるように見つめている。そして嫉妬が生み出した私の怒気にマキトは気付いたらしく、その一瞬の気まずい表情を私は見逃さない。

 チラチラと私を見ては目を逸らし、再び私を見ては目を逸らす。感情を隠した無表情な私を何度も見て来るので、とびっきりの笑顔を見せてあげた。


 「ひぃっ!!!」


 私の笑顔を見て微かな叫び声を上げて怯えるマキト。

 

 気が付けば時間は過ぎ、クラスメイト達が騒ぎながら教室を出ていく。

 私も帰る準備…いや、これから数時間後に起こる戦いの準備をしなくてはならない。

 立ち上がるとマキトが慌てて目の前に駆け寄って来たけど、気まずいのかそれとも怖いのか私を見る視線が定まっていない。


 「………」


 「な、ななな、何で怒ってるんだ?」


 少しだけ意地悪したつもりだったのに目の前で本気で怯えるマキトを見て内心ショックを受けた私は「行く所があるから…」と言ってマキトを置いて一人で学校を出た。 


 目的地へ向かう最中に見つけた『7777が揃うともう一本』と書かれた自動販売機にお金を入れ、『期間限定九州産激旨つぶつぶミカン』のボタンを押す。



 ピッ…ピッ……ピッ………びいいいいいいいいいっ!!!



 『7777』が揃った瞬間、故障でもしているのか音割れした爆音が辺りに鳴り響く。私は予想していなかった出来事に腹が立ち、「お前まで私に怯えるのかよ!」と自動販売機に蹴りを入れてその場から逃げた。

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