期待の裏返し

箱崎自動車 ガレージ

箱崎自動車に着いて、差し入れを出すと真っ先に奈緒が食いつきたが上村先生に首根っこを掴まれる


「うげぇ!」

「奈緒、一旦作業止めるときは手洗いとお肌のスキンケアしなさいといつも言ってるでしょ!」

「いやいや先生、まだ作業するんだから別にいいんじゃん!」

「ダーメ」

「あー」


上村先生に首根っこを掴まされ、手洗い…もといお肌のお手入れに連行される奈緒

空いている作業机にビニール袋を置く、中身は殆ど食料品だ


「あら~こんなにたくさん…」

「静恵さん、これお返しします」


全く手付かずのお金を静恵さんに返す


「あらら?…あ~そうか、結衣ちゃんがその場に居たからか~」

「あはは…」


静江さんは状況を察し、結衣は苦笑いをする


箱崎自動車 応接室

ガレージでメカニック達に差し入れをし、リリス先輩と二人で会話したいと言い応接室を借りる


「2日間見て、作業の進捗は芳しくないですね…とくにボディ改造」

「箱崎さんも普通の整備業務もあるからどうしても手が回らない時があるからね…」


パッと見のボディの完成具合。リリス先輩は事務、受付をしながら作業を見て一日の動き見ていた

思ってることは同じらしい


「やっぱり誰か一人でも手が欲しいよね…奈緒は無理する傾向があるから…」

「無茶して過労でぶっ倒れても仕方ないですからね、だからこの場で呼ばなかったんですけどね。明日からはオレもボディ作業しますが…リリス先輩誰か戻って来れそうなメカニックな元部員いませんかね?」


難しい表情をするリリス先輩、結構無茶なことを聞いてるのはわかっていたが


「去っていた人達は殆ど別のチームに入ったとかだからね…もしかしてだけど、阿部君ならどうかな?」

「阿部?アイツは他のチーム入ってるとは聞いてましたが」

「あ、徹也と同じクラスだったわね。阿部君は少しの間だけどこっちのチームにいたのよ」


それは初耳だ


「ある日唐突に辞めちゃったの…奈緒と何か揉め事を起こしたってことはわかったけど、お互いに理由を聞いても話さないのよね」

「奈緒の性格を考えたら揉め事の一つや二つぐらいはあり得そうな気がしますが…奈緒に聞くのはまずいですかね?」

「無理だと思う、それどころか阿部君に触れる話をするとはぐらすか機嫌が悪くなるのよ」

「仲が悪いんですか?」

「そうだろうど…前はメカニック同士、話が合う関係だったけど…いつからだったかなチームが分裂してしばらくした後に急に仲が悪くなった…いや、奈緒が一方的に嫌ってるのか」


何かしら二人にあったんだろうな


「仮に阿部を引き入れてもチームの雰囲気が悪くなる可能性がありそうですね…どうしたものか、阿部なら口八丁で引き入れそうかなって思いましたがそういう事情だとな…」

「他だとこの状況での自動車部に来てくれる人はいないと思うし、メカニックの腕なら阿部君の他はいないのよね…」


これだと阿部に聞いても答えてくれなさそうな気がする

何か手を打たないとな


「リリス先輩、しばらくドライバーチームの練習指揮頼めます?今日の練習で結衣は流れと方向性はわかったと思うんで、コレ練習メニューとかメモしてるタブレット渡しておきます」

「…思ったけど徹也何台こういう端末持ってるの?貸すならフツーならノートとかでしょ」

「タブレットだけなら5台程…実際ジャンク品を直してノートがわりに使えるし、情報共有も容易になりますからね」

「なるほどね…」


リリス先輩は渡されたタブレットをスライドやタッチ操作していき、「ふむふむ」っと頷いていた


「頼みますリリス先輩。こっちも色々、頭を使う作業が増えたんで」

「ごめんね徹也、私の役割も担ってるのに…無理しないでね」

「なにを言いますか、ツライのはリリス先輩もでしょ?」


リリス先輩の右手首を見ながら、こういうときに何かしら動けないのは精神的にもツライと思った故にドライバーチームの指揮を頼んだ

その後チーム全体でミーティングを行い、時刻は19時過ぎに解散した



喫茶店 たかのす

一旦アパートに戻ってから、約束の待ち合わせの喫茶店に向かった

喫茶店のドアを空けて鈴が鳴る、アンティークな雰囲気といい香りが漂ってくる

時間帯とせいか待ち人以外の客はいなかった


「おやおや?いらっしゃい、徹也君だっけな?」


ダンディかつ紳士的な店主が笑顔で迎え入れてくれる


「えーと、鷹見さん?結衣のお父さん?マスターって呼ぶべきなんですかね?」

「んー、マスターの方がいいな…待ち人はあちらだよ」


奥のテーブル席に案内され、待ち人の所に向かう


「遅いわよ徹也、もう注文頼んでるわよ」


加奈はパンケーキを頬張りながら、文句を言ってくる


「男も支度に時間がかかるものなんだよ、女性と会うときは身綺麗にしてこないといけないだろ?」

「ふ…そんな変わってなわよ徹也」


おかしかったのか、こちらの返答に少し笑いながら返す加奈

数時間前の話。リリス先輩から阿部と奈緒の事情を聞いて、リリス先輩ですら詳細を知らないと考えると後は仲の良い結衣は知ってるかと思ってこっそり聞くものの結衣も知らないとのこと

阿部に強引に聞く手も考えていたが、加奈が勝手に自分のスマホに連絡先を入れていたことを思い出しダメ元でメッセージを送った所、知っているとのことだった

〈食事を奢ってくれるなら話す、場所はたかのす〉ということ


「なるほどね、たぶんあの仲のヨリを戻すのは難しいわよ?特に奈緒は」


経緯と事情を聞いた加奈は、頬杖をつきながら難しい顔をしている


「とりあえず何があったのか聞かせてもらっていいか?」

「結衣も絡む話になるけど…当時商店街チームは分裂したてで不安とかで雰囲気がピリピリしていたからね、部員の離脱とか、阿部と奈緒が少し些細なことで口論になってたの…きっかけは知らないけど。その口論で阿部は『結衣があんなじゃなければ』って言ったらしいの」

「それで奈緒が怒ったか?」

「それも烈火の如くって感じらしいけど…阿部の言う事も間違いじゃないけどね、結衣のPTSDが原因で離れる部員もいたのも事実だったし」


簡潔にまとめると阿部の失言ということか、去年の地方予選で結衣のPTSDが発症したことで大幅に戦力ダウンし全国大会も惨敗したと聞いていた


「徹也、アンタならそう言われたらどう思う?」

「…期待されていた、期待の裏返しの言葉だと思って受け止めるな」


ドライバーとしてチームと周囲の期待を背負って戦う、ドライバーなら素直に受け止めることができる。というかそういう精神状態じゃないと、やってられない

友達としては受け入り難い発言だろが


「加奈もそういうのはわかるだろ?わざとヒール役で結衣をなんとかしようとしているんだろ?」

「んー…まあね…森先生もショック療法で直る可能性はあるって言ってたからね。結果は全然出てないけど」


加奈は少し苦笑い気味に言う


「ところで加奈、その話どうやって、誰に聞いたんだ?」

「阿部に問い詰めたら吐いた」


数時間前の自分と同じことを考えて、行動していやがった加奈


「なるほどそういう事情か…」


ここ数日、阿部と奈緒とそれぞれ接していたことで、恐らく原因は"そこ"じゃない、阿部は自分の所属しているチームに誘っていた。それは優秀なドライバーを得たいという気持ちもあっただろうが、断った時の阿部の反応はそれじゃない、恐らくというか、阿部と奈緒の関係は話が合うとかそういう関係じゃない、もっと親密になる関係の一歩手前…


「…なんとかなるかもな」

「私は関係修復無理だと思ってたんけど?」


加奈は驚いた顔をしてこちらに聞いてくる


「去年あたりの話だろ?今の奈緒は心情の変化してると思うぞ、お前の気持ちに理解をしていたみたいだし」


『加奈の気持ちもわからなくない』初日の自分と加奈と試合した後に奈緒がボソッと言ったことを思い出す


「そうなると俺の行動と口先しだいって訳か」

「徹也、アンタ凄いゲスい顔になってるわよ」


これからの行動を考えると楽しいことになりそうだったので、加奈に指摘される程の表情になったらしい


「とりあえず、結衣が絡んでいるなら結衣にも協力してもらうことになるだろうな…そこ!聞いてるだろ!結衣!」


空いてるテーブルに指を指すと、ビクッと動いた気配を感じる

カウンターにいたマスターも微笑を浮かべる


「結衣、大人しく出てきなさい」


マスターがそう言うと、テーブルの影に隠れていたウェイトレス姿の結衣がヒョイっと苦笑しながら出てきてこちらに来る


「あはは…徹也、いつ気づいてたの?」

「割と最初から、とりあえず座れ」


「はい」っと加奈の隣に大人しく座る


「随分手懐けられたものね結衣…というかバレバレだったわよ」

「加奈ちゃんも気づいてたの!?」


むしろ隠れていたつもりだったのかと、加奈と同じことを思うぐらいバレバレだった


「さて、結衣聞いた通りだが。阿部のことをどう思ってる?」

「全然気にしてないよ、むしろそう思われていたのは嬉しいかなって。期待されるのは悪く思わないし」


やはり、強いドライバーはそう思うだろうな。そして結衣という人間的にも


「しかし、阿部君が私を避けていた理由はわかった気がする。でも徹也、本当に二人の関係どうかなるの?私も事情を知らなかったとは言え、なんとかしようとしたけど…」

「なるべく丸く収まるようにする」


自分も阿部も心が痛い思いをする


「アンタ一体何するつもりなのよ…」

「まあ、明日以降のお楽しみだ…加奈、ありがとうな」


席を立とうとするが、加奈と結衣に片方づつ手首を掴まれる


「おい、二人共どういうつもりだ?」

「あら?もっとお茶しましょうよ徹也?もっと聞きたいことがあるからねー。マスター、チョコレートパフェ二つ♡」

「パフェ!?いやそれお茶じゃねーだろ!?そしてなぜ二つ!?」


手首を掴みながら、悪い笑顔を見せる加奈


「いやいや徹也、私も協力するんだからパフェぐらいいいでしょ?お客様♡」


結衣も悪い笑顔をしながら、手首を掴んでいる


「お前が食うんかい!?結衣!?」


今わかった。加奈と結衣、この二人ワルノリ出来る間柄なぐらい仲がイイ!!

この状況は良くない、逃げ出そうとするが、二人の力は男である自分でも振りほどけない程の力であり、逃げ出せなかった

RPGの逃げるコマンドで、失敗する状況ってこういうことなのかと


「はい、当店で一番お高い名物デラックスパフェ二つお待ち!」

「ま、マスター!?出来上がるの早すぎません!?あとデラックスパフェってなに!?」


その後、二人のガールズトークと思えないガールズ&カートークに巻き込まれ。パフェのせいで財布がスッカラカンされた

なんだよあのデラックスパフェ、喫茶店で出すものじゃない

まあ、可愛い女の子二人かつ、趣味の合う会話は楽しかったという点で、楽しんだというのは否定しないが

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