最速で最弱のエース

私は血の繋がらない父親と一緒にツーリングカーレースを観戦するのが幼少の頃から好きだった

それはいつもみる車とは違う異型の形、速さ、そしてかっこよさ

金網越しから、行けない時はテレビの放送で釘付けになるように見ていた

人の認識を遥かに超える速度で走り、競うその姿に憧れ…そしてそのヒーローに出会った

頭を撫ででくれた思い出、いつかそのヒーローの舞台に立ちたいと望んだ

周囲からは変な女の子扱いだった気がする

車が好きで車の走る姿が好きで…あのヒーローが大好きな、それが鷹見結衣という私だ。


いつの頃だろうか、あれは…そう目の前で車と人が壊れていく瞬間であった…

それは車同士の事故であった、正面衝突…車は原型を留めず、人はボロボロに血まみれな姿…

慌て出す周り、鳴り響くサイレン

ただただその光景を呆然と見た。車と人が死んでいく様を…ヒーローが死んでいく様を

その時に心の何処かが壊れたんだと思う




「結衣、大丈夫?」


奈緒ちゃんが心配そうに言ってくる


「うん、とりあえず先行のポジションだから逃げ切れればね」

「それだけならいいけど…加奈の奴、こちらの弱点をわかった上で仕掛けてくるよ」

「大丈夫、大丈夫だから奈緒ちゃん」


大丈夫、それは自分にも言い聞かせるように

そもそも、これは私自身が徹也君に伝えるべきことを伝えないからだ…加奈ちゃんはそのキッカケを与えてくれた

まあ、たぶん私と走りたかったという目的もあったかもしれないけど…加奈ちゃんと1on1の模擬戦をやるのは今年初めてか


シグナルが赤→黄色、そして緑…クラッチを繋げスタート、ワークスとS660のタイヤとエキゾーストが鳴り響く

2速…3速に入れ速度は3桁台、4速さらに速度を

上げる

迫るホームストレートからの第1コーナー

ブレーキング、間髪入れずにヒール&トゥで3速、2速に叩き込む

一気に減速Gがかかる、後方のS660そしてワークスからタイヤの悲鳴が上がる

アウトインアウトのセオリーかつ、最適な最短距離ラインを描いていく

続けて高低差の激しい二連続S字コーナー、抜けるとR40程あるキツイコーナー

最適で速いラインでコーナーをクリアしていってる筈

だけど、後ろのS660は離れないプレッシャーをかけてくる


「流石だよ加奈ちゃん…」



「なるほど、口だけじゃないなあの加奈って子。速い走りをする」


モニターを見ながらピットテントで2台の姿を追う


「S660もいいセッティングしてる。クルッと旋回してリアにトラクションをかかるような走りをするドライバーの技量によるものもあるが車の長所を活かした立ち上がり重点を軸に攻撃的なドライブスタイルを作ってる」

「嬉しいね、そう褒めてくるのは」


隣のラッシーチームの多田が照れくさそうに喋る


「でも、あれ暫定仕様って感じか?まだ煮詰める所もありそうだな。少しフロントを重くしてもいいかもな、元々MR駆動のS660は、リアが重くピーキー気味でアクセルが踏み切れなくなる場面もあるだろうしな…フロントに搭載されているモータードライブシステムでカバーしているにしてもだな」

「ふむ、加奈はあれで良いって言ってるけどな…」

「扱いが難しい車ほどドライバーによっては操る快感がいい場合もあるからな、実際そういう車も悪くはないが勝つ車は扱いやすく、汎用性の高い車だ」

「ふむふむ…参考にさせてもらうよその意見」


多田と話をしていると奈緒がどやしてくる


「ちょっと、敵にわざわざアドバイスあげる必要ないでしょ!?それもすごくいい感じに褒めちゃってさ!」

「いや、実際ホントにいい車だからな」

「う~…」


唸る奈緒、それに対し杏奈先輩が問いかける


「なら、うちのアルトはどう?徹也から見て」

「良くも悪くもスタンダードな仕上がり、ワークスの定番チューンに結構軽量化してるけど…軽過ぎ、いや重量バランスが良くはないな」

「重量バランス…?」


ワークスにS660は2週目に突入し、ホームストレートからコーナーに突っ込む…


「ワークスのコーナリングの動きをみると不安定な感じが見えてな、元の車体自体も結構走ってるせいもあって劣化して剛性が落ちてるのもあるけど…多分軽量化の際にあまり重量の上下のバランスを考えなかっただろうな。上は軽く、下は重くそういう見直しをしたいな…」


杏奈と奈緒の目が驚いた顔する


「あー…確かに結構古い車体で設立当時からずっと使ってたからいくら補強しても不安定なのかなって思ったけど」

「速くてよく曲がるちゃ、曲がるけど…」

「重量のバランスを見直せばさらによいコーナリングマシンにできるぞあのワークスは…現状、よくS660相手に逃げ切ってる結衣はいい乗り手だ」


ワークスとS660のバトルに5m程離れてるかどうかの距離を一定に持ちながら競り合った勝負をしている…傍から見ればだが、なまじ1on1のレースをかじっているからわかる

結衣の走り方に違和感、あまりにも綺麗なラインを取り過ぎである


「リリス先輩、結衣の致命的な弱点って…もしかしてバトルに弱いタイプか?」


そう言うと、頷くリリス先輩


「結衣は、人も車を傷付けるのをひどく嫌う傾向があってね…ブロックや横並びの勝負になるとひどく怯えてしまう…それも運転が不可能になるレベルに」

「速さでなんとか乗り切ってるが、プレッシャーにも弱いな…さっきよりコーナーの進入速度が落ち込んできてる…次の周のホームストレート、並ぶぞこれ…」


結衣の実力も相当なのだが、それ以上に加奈は攻撃的かつ、効果的に結衣のラインを潰し、進入速度を落とさせている



2週目最終コーナー手前上り坂のストレート、S660が仕掛けて来る

ヘアピンカーブアウトインアウトのセオリー通りのラインをとるワークス、対しS660はグリップポイントを直線を伸ばすライン取りに入りつつアウトに抜けるワークスのインを突くS660

ワークスとS660、ホームストレートに並ぶ

リア駆動のS660が立ち上がりで若干勝り、ワークスは軽量のボディに飛ばしていく並ぶサイドバイサイド


ツ!?並んできた…アクセル全開で振り切ろうとするが馬力が互角な以上簡単に離れることがない並び続ける

過去の記憶がフラッシュバックしてくる、無残な姿の車、血みどろの人…あの日見た光景が蘇る


怖い!怖い!怖い!怖い!怖い!怖い!怖いよ!!!なんで!なんで!嫌だ嫌だ嫌だ!

あの日の光景をワークスとS660…そして加奈の姿に差し変わり映る

このままだと殺してしまう恐怖が襲いかかる


そして気が付けば、アクセルを抜いていた…


5速に入れっぱなし、速度は40km/h以下まで落ち、ガタガタ大きく揺れる車内

そしてピットの前でエンストし止まるワークス



懸念してたことが起きた、無理でも止めるべきだったかもしれない。私は止まったワークス、結衣の元へ向かった


「結衣!」


ワークスの運転席を開ける、そこには震え顔面蒼白…泣いていた結衣の姿だった


「な、奈緒…ちゃん」


震えた声…シートベルトを外しワークスから結衣を降ろさせピットの皆のところに連れて行く

S660もピットに入り、加奈が降りてきた


「徹也、優輝、ちょっと結衣をお願い」

「ああ…」

「お、お姉ちゃん…」


近くに寄ってきた徹也に結衣を預け、加奈に詰め寄り胸ぐらをつかんだ


「加奈!!アンタわかってた上でやったでしょ!」


勢いまかせで、加奈に喰ってかかるが…加奈はこちらの目線を逸らしながら


「…悪かったと思うけど、結衣の為を思うなら、容赦も情けは不要よ。それに、そんなで潰れないことぐらい、奈緒だってわかるでしょ?」


今は別のチームとは言え、加奈も、結衣にとっても私にとっても大切な友達である。加奈の言い分も理解できる故に…加奈の胸ぐらを離す

加奈は徹也の元に駆け寄ると


「それが鷹見結衣というドライバーよ。勝ち目無いチームにあなたは付くことになるのよ?」

「なるほどな、確かに致命的だな。バトルが出来ないんじゃstGTの1on1方式のレースじゃマズイな」


徹也は同情をかけることなく事実を口にしていく、落ち込んいく結衣


「だがな、それがどうした?致命的で不利だが話にならない訳じゃないし勝てないことはない。俺はまだ結衣のことは全然知らないが車に対する思いと優しさはわかる」

「…随分肩を持つわね、とても名門明堂にいた者とは思えないわね」


徹也を煽る加奈、なんというか、らしくない行動だ


「どう思うが勝手だがな、最終的な勝敗に何かの奇跡を起きるとなるとすれば車という機械へ対する想い。その可能性なら結衣には持っている、おれはそう確信はあるよ」


徹也は結衣に向かって


「結衣、気にすることじゃないし誇りを持っていいと思う。そういう車を大切にする想いは大事なことだ」

「徹也君…」


徐々に結衣の悲しみの顔が晴れていく


「…たいしたものね、アンタの言葉に、なんというか、力強い何かが感じるというか、納得させられるというか…」


確かに、徹也の発する言葉は何か、魅力的と言うか、納得させられる不思議な感覚がある


「お互い、途中で停車なら、引き分けということだな。明確な勝敗はまだついていない」

「確かに、これは無効試合ね…それで?」


微笑み言う加奈と徹也…まさか?


「ああ、そうだ…ここからは選手交代だ」


その場にいた全員が驚き、近くにいた結衣は鳥肌が立つ…徹也から感じる威圧感、オーラというべきか

知っている、これはトップクラスのアスリートが持つものと同じものを


「リリス先輩、別に構いませんよね?」


リリス先輩に確認をとる徹也に対し驚きながら返答をする

先ほどの優しい口調と雰囲気が一転する、敵意剥き出しの強い意志


「え、ええ…」


リリス先輩が戸惑う程である


「条件は、私が有利だけど…それでもやるのかしら?」

「何言っている、元からそういうつもりだったんじゃないのか?」

「察しがいいわね」

「生憎、人を観る眼には自信があるんでな…勝負だ」

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